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134.風のように駆け抜ける

 アダンの話を聞いたその日の内に、私は王都を飛び出していた。一刻も早くミモザに追いつきたくて。


 彼に謝りたい。あなたの思いをないがしろにしてごめんなさい、って。


 お礼を言いたい。私を気遣ってくれてありがとう、って。


 思いの丈を伝えたい。私のたった一人の、この世で一番大切な伴侶に。


 そんなことを思ってしまったら、もういても立ってもいられなかったのだ。


 最低限必要なものだけをカバンに詰め込んで、小さな馬車を借りて旅に出る。急ぎの荷物や手紙なんかを運ぶ時に使われる、とても速く走れる馬車だ。


 この特別な馬車を借りられたのは、ヴィットーリオたちのおかげだった。




「……こういう訳だから、しばらく留守にするわ。その、また戻ってくるから……」


 あいさつもなしに飛び出すのもよくないなと思って、出発前にひとまずヴィットーリオに声をかけておくことにしたのだった。


 ちょうどロベルトも一緒に執務中だったので、二人に状況を説明しておく。


「……ジュリエッタ様」


 一通り説明を聞き終えたヴィットーリオが、やけに重々しい声で言った。


「貴女はずっと、辺境の森の中で過ごしておられた。ミモザ様と二人きりで」


 いきなり何を言い出したのかしら、と首をかしげていたら、彼はさらによどみなく続けた。


「貴女がたはお互い以外の何物にも縛られない、そんな存在です。私は貴女がたと共にあの辺境で過ごして、そう思いました」


 その言葉に、ロベルトが無言でうなずいている。感じ入ったように、深々と。


「しかし……私たちは、貴女がたをこの地に縛りつけてしまっている。貴女がたといられることはとても嬉しいのですが、でも、同時に心苦しくて……」


 ヴィットーリオの声は、かすかに震えていた。けれどすぐに、彼は堂々と言い放つ。


「……これも、何かの機会だと思うのです。ジュリエッタ様、どうかミモザ様と共に、元の自由気ままな暮らしに戻られてはどうでしょう」


 その言葉が彼の望みと反しているのは、一目で分かった。彼の幼さを残した顔は、悲しげにこわばっていたから。


「……ヴィットーリオ。あなた、本当に立派になったわね」


 ひときわ優しく笑って、語りかける。


「ミモザは透明化の魔法を覚えた。あの辺境からここまで、何の気兼ねもなくまっすぐに飛ぶことができる。それこそ、あっという間にあそことここを行き来できるようになっているの」


 私が何を言おうとしているのか分からないらしく、ヴィットーリオが目を丸くした。


「そしてメリナたちは、魔法を活用して探査網を作ろうとしている。王宮と辺境が彼女たちによってつながるのも、そう遠い話ではないわ」


 みんな、いつまでも同じところに立ち止まってはいない。少しずつ成長して、新しいことができるようになっていくのだ。そうして、世界は変わっていく。


「もし私たちがここを離れたとしても、とっても気軽にここまで遊びに来ることができるのよ。王都のそばの小屋にいる今と、同じくらいに」


 感慨深いものを感じながら、優しく語りかけていく。


「あるいは、探査網を利用してお喋りすることもできるかもしれないわね。辺境と王都、遠く離れたままでも」


 そう言って、ヴィットーリオの頭にぽんと手を置いた。


「……だから、泣かないの。もう二度と会えないみたいな顔しないで。どうなっても、必ずまた遊びに来るから」


「……はい」


 ヴィットーリオが、はにかんだようにくしゃりと顔をゆがめる。彼はしばらく、私になでられるがままになっていた。




 そんなやり取りの後、彼は協力を申し出てくれたのだ。急ぎ辺境に戻られるのであれば、王宮の伝令用の馬車を使ってください、と。


 御者一人しか運べない小さな馬車で手綱を取りながら、ひたすら前へ前へと急ぐ。


 大きな宿場町には、王宮が管理している馬小屋がある。


 緊急の伝令など、とにかく先を急ぐ用件の時には、その馬小屋で次々と馬を替えながら進むのだ。


 そうすれば速度を落とすことなく、馬を使い潰すことなく旅ができる。私もそのやり方で、先に進むことになったのだ。本当に、ヴィットーリオには感謝しかない。


 日が落ちるぎりぎりまで馬車を走らせて、宿場町に飛び込んで。馬の手配をして宿を取って、さっさと食事を詰め込んで、すぐに眠って。


 そうして夜が明けてすぐに、また宿場町を飛び出して。昼食も、馬車の上でとる。とにかく止まっている時間が惜しかった。


 今まで、ここまで急いで旅をしたことはなかった。ここまで焦りながら、先へ先へと進み続けたことは。


「私の長い人生で一番、面白くない旅だわ…」


 ちょっと涙目になりながら、御者席でそんなことをつぶやく。


 こうしている間にも少しずつミモザに近づけているのだと、そう信じて。というか、無理やりにそう信じ込んで。


『あの、ちょっといいですか?』


 そうしていたら、服のポケットから何かが飛び出した。青い塊……あ、鳥だわ。メリナの使い魔。今喋ったのはこの鳥ね。


「え、ええ。……どうして私の服の中からあなたの使い魔が出てきたのか、聞いてもいい?」


『先日渡した使い魔の卵、あれは改良したものなんです』


 メリナはちょっぴり得意げに、そう言い切った。


『こちらから操作して、卵から小鳥へとふ化させられるように設計しました。それに、そちらが卵に魔力を注ぎ込むと、私のところに知らせがくるようになっています。こうすれば、いちいち使い魔に長距離移動させる必要もありませんから』


 どうやら今回渡された卵は、前に王都の南西に旅した時に渡されたものよりずっと高性能らしい。より速やかに、より簡単に連絡が取れるようになっている。


 じゃなくて。どうして彼女は、いきなり連絡してきたのか。まさか、世間話をするため……ないと思う。話しかけてきたのがシーシェならともかく。


 すると使い魔は私の肩に止まり、まるで違う声で話し始めた。しわがれた、かさかさの老人の声。


『陛下の命により、我ら魔術師は全面的にジュリエッタ様に力を貸すこととなりました。失踪されたミモザ様を何としても探したいという願いをかなえよと、陛下とヴィットーリオ様はそうおおせになりました』


 これは魔術師の長だ。可愛い小鳥に偉そうな爺さんの声。似合わない。


『我らには大したことはできませぬが、できることはいたしましょう。……今の我らがあるのは、一応、ええ一応、あなたがたのおかげでありますからな』


 長の声は大変不服そうだった。それも当然だとは思う。


 私とミモザは若手の魔術師たちや見習いたちとはすっかり仲良くなってしまったけれど、長たち年寄り組とはまだちょっと距離がある。というか第一印象は最悪だったし、お互いに。


 そんなこんなで、私たちは長たちと適当に距離を保っていた。


 だから今までにも見習いたちの勉強会やら何やらに首を突っ込みまくってはいたけれど、こんな風に魔術師たちが総出で手を貸してくれる、なんて事態は初めてだった。


「ありがとう、恩に着るわ」


 素直にそう礼を言うと、小鳥は黙りこくってしまった。どうしたのかなと思っていたら、やがてまたメリナの声がした。


『……長、退室してしまいました。あなたに礼を言われた瞬間、ものすごく驚いてましたよ。……驚きすぎてぽっくりいってしまうかもって、心配になるくらい』


「礼を言っただけでそうなるって、私は何だと思われてるの……」


『自由気ままな危険物、でしょうか』


「あ、メリナまでひどいわ!」


 そんなことを話しながら、馬車を走らせていた。ちょっとだけ気分が上向いたのを感じながら。




 そうして、私はさらに爆走し続けた。肩に青い小鳥を乗せて。


 時折メリナや他の魔術師、あとはこっそりメリナのところを訪ねてきたらしいヴィットーリオなんかとお喋りしながら。一人じゃないということのありがたさを、全力で噛みしめながら。


 思えば、私が本当に一人きりだった時間なんてほとんどなかった。濡れ衣を着せられて辺境に流されてから、ミモザと出会うまでのわずかな間だけ。


 それからずっと、ミモザは私のそばにいてくれた。一度だけすれ違いかけたけれど、あの時は無理やりに彼を探し出して、そうして彼を捕まえた。


 だから今回も、捕まえてみせる。絶対に。


 きりりと顔を引き締めて、前を見据える。と。


『あ、ちょっと止まってください!!』


 メリナのあわてたような声が、耳元で聞こえた。

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