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133.ミモザの悩み事

 声がしたほうを振り返ると、いつも通りにのんびりとした態度のシーシェが立っていた。その隣には腰の引けた様子のメリナと、ほんの少し苦笑を浮かべたアダンもいる。


「あっ、ちょうどよかったわ。ねえ、ミモザを見てない?」


「見てないな」


 もう何度目になるか分からない問いかけをぶつける。しかしシーシェは、即座にそう言い切った。腹立たしくなるほどさわやかに。


 がっくりうなだれながら、恨めしい目でシーシェを見上げる。今の気分に、この能天気な男は似合わなさすぎる。


 と、その後ろから戸惑いがちな声がした。


「……あなたがミモザ様を探してさまよっているって、今朝方からささやかれてるんですが……本当だったんですね」


 シーシェの後ろに隠れるようにして、メリナがこちらの様子をうかがっている。明らかに私を恐れている。


「あなたのあまりの剣幕に、今王宮では『魔女様ご乱心』って噂が流れ始めていて……その、式典の直後ですし、うかつなふるまいは控えて欲しいんですが……」


「だって、ミモザがいなくなっちゃったんだもの! 旅に出ます、探さないでって書き置きだけ残して!」


 冷静なメリナの言葉に、ついかっとなって言い返す。するとシーシェが、やはりのんびりと口を挟んできた。


「ミモザ様は、少し一人になりたかったんじゃないか? 長く連れ添っていれば、そんなこともあるだろう」


「でもでも、それならちゃんと言ってくれるわよ! こんな風にいきなりいなくなるなんて、絶対におかしいの!」


「……まるで駄々っ子ですね」


 そんな感想をもらすメリナを横目に、ぶんぶんと頭を横に振る。


「だって……何も言わずに私を置いていくなんて……そんなはずないのよ……」


 そうつぶやきながらも、思い出さずにはいられなかった。一度だけ、前にもこんなことがあったのだと。


 あれはずっとずっと昔、まだ私が普通の人間として暮らしていた頃。私は人の世界で生きたほうがいい。そう考えたミモザは、何も言わずに突然行方をくらましたのだった。


「まさか……私が式典にこだわったから? やっぱり私は人として生きるべきだって、そう思ったの?」


 ぽろりと、そんな言葉がもれ出てくる。口にしてしまったせいで、余計に不安がふくれ上がってくる。駄目、このままだと泣きそう。


 と、今まで黙っていたアダンが声をかけてきた。


「実はその件について、貴女に話しておきたいことがあるのですよ。お時間、よろしいでしょうか?」




 それから少し後、私はアダンと二人きりで彼の私室にいた。ここでなら他の人に聞かれずに話ができるからと、彼はそう言って私を招き入れたのだ。


「どうぞ。気分の落ち着くお茶ですよ。……優れた薬師でもある貴女にお出しするのは、少々気恥ずかしくはありますが」


 私の目の前にことりと置かれたカップからは、優しい香りの湯気が立ち昇っている。なじみのある薬草の香りは、ほんのちょっとだけ心を慰めてくれた。


「……いえ、とてもいい香り……」


 目を細めて、湯気を胸いっぱいに吸い込む。さっきまでずっと血相を変えてミモザを探していた反動からか、どうしようもなく元気が出なかった。


「……昨夜のミモザ様も、同じような顔をしておられましたよ」


 そんな私を静かに見守っていたアダンが、不意にそんなことを言った。はじかれたように顔を上げ、アダンのほうに身を乗り出す。


「ミモザが、ここに!?」


 はい、とうなずいて、彼は語り出した。


 昨夜アダンは、深夜まで王宮に残っていた。最近魔術師たちは、王宮の見回りを自主的に始めていた。昨日彼は、その当番だったのだ。


「そうして静まり返った王宮を歩いておりましたら、たまたまミモザ様を見かけまして……一番高い塔の上で、ぼんやりと空を眺めておられました」


 その様子が気になったアダンは、えっちらおっちらと塔を上ってミモザに声をかけた。


「何か、悩んでおられるようですね。私でよければ話をうかがいますよ。そう申しました」


 ミモザはしばらくためらった後、そろそろと胸の内をアダンに打ち明けたのだそうだ。




 僕の中に、二つの気持ちがあるんだ。絶対に両立しない、そんな気持ちが。


 ジュリエッタを独り占めしたい。僕だけを見ていて欲しい。そんな気持ちと。


 たくさんの人に囲まれて幸せそうに笑っているジュリエッタを見ていたい、そんな気持ちが。


 辺境にいた頃は、悩むことなんてなかった。


 一年のほとんどを彼女と二人きりで過ごして、たまに人里に下りていって大はしゃぎする。それで、二つの気持ちの釣り合いが取れていたから。


 でもここにいると、二人だけでいたいって気持ちがどんどん大きくなってしまうんだ。


 よそ見なんかしないで、僕があなたの伴侶なんだよ。そう言ってしまいそうになる。


 けれどそうしたら、彼女の今の幸せに水を差してしまうから……。


 式典に『辺境の魔女』として参列していたジュリエッタ、とっても綺麗だった。他の人たちが目に入らなくなるくらい。


 後夜祭ではしゃいでいるジュリエッタ、とっても楽しそうだった。彼女、本当はにぎやかなのが好きなんだなって、改めて痛感したよ。


 僕、どうしたらいいんだろう。答えが出なくて、ここで頭を冷やしてたんだ。


 ……でも、ね。ありがとう、アダン。あなたと話せて、頭が少しだけ整理できた。


 決めたよ。僕、少しここを離れる。気持ちが落ち着くまで、一人で自分の心と向き合ってみる。


 そうして、笑顔で彼女のもとに戻ってくるんだ。いつもみたいに、彼女を優しく見守るために。




「ミモザが、そんなことを考えていたなんて……」 


 私のせいだ。私がミモザの優しさに甘えてわがままを通したせいで、彼に辛い思いをさせてしまった。


「どうしましょう……」


 打ちひしがれて頭を抱える私に、アダンは穏やかに語りかけてくる。


「ミモザ様はお二方の関係を保つため、一時的に貴女から離れることを選ばれました。そのやり方にも、一理あるとは思います」


 何も言い返せない。アダンの言っていることは合っている。そう思えてしまって。


「ですが、ジュリエッタ様にはジュリエッタ様の思いがあるでしょう」


「私の、思い……」


 それは決まっている。ミモザを探したい。今すぐにでも会って、謝りたい。


 きっと彼はもう、王都を離れてしまっている。私がすべきなのはミモザの行方を尋ねて回ることではなく、彼を探すために力を貸してと、みんなに頼み込むことだ。


 でも、それは私の自己満足に過ぎないのではないか。ミモザはそれを望んでいないのではないか。そう思えてしまって、動けない。


「貴女がまた別の解決策を選ぶというのなら、私はそれを応援いたしますよ」


 そうやってうじうじと悩む私に、アダンがそっとささやきかけてきた。その言葉が、背中を押してくれているのを感じる。


 決めた。悩んで立ち止まっているなんて、性に合わない。ただ待っているなんてできない。


 探そう。ミモザを。そうして謝ろう。許してもらえるとは思わないけれど、それでも精いっぱい。


「……私、ミモザを探しにいくわ」


「当ては、あるのですか?」


「ないわ。ただ、もしかしたら……いったん辺境の小屋に戻っているんじゃないかって、そう思うの。だからまずは、そこまで行ってみる」


 話をしてくれてありがとう、と礼を言って立ち上がりかけた私を、アダンはやんわりと押し留める。


「分かりました。ですが、少しだけお待ちいただけませんか。きっと貴女の役に立つ情報をお出しできると思います」


 その言葉を見計らっていたかのように、入り口の扉が叩かれた。そうして入ってきたのはメリナと二人の魔術師。


 何か大きな紙を巻いたようなものを手にしたメリナが、きびきびと進み出てくる。


「おそらく、ミモザ様が王都を発たれたのは昨日の深夜から今日の明け方といったところでしょうが……ミモザ様は既に、かなり遠くに行かれてしまっているようです」


 そう言って、彼女は巻いた紙をテーブルの上に広げた。


「これって、王国の地図ね。……この光る線は何かしら。魔法の一種みたいだけれど」


 地図の上には、たくさんの光る線が走っている。王都と主な街道、東の街と南西の街辺りを覆いつくすように。


「この地図には、魔法陣が組み込まれているんです。この光る線は、私たちが作っている途中の探査網を表しています」


「……探査網?」


 聞いたことのない言葉に思わず眉をひそめると、メリナはちょっと得意げに説明してくれた。


 彼女たちは使い魔の魔法と感知の魔法を組み合わせることで、探査網を築こうとしているのだった。それが完成すれば、王宮にいながらにして国内の様々な異変を察知することができる。


 そしてここにいるのは、その探査網を作っている面々なのだそうだ。魔術師たちの中でも特に使い魔の魔法を得意とするメリナに、感知の魔法を得意とする者たち。


「この探査網は魔力を検知することもできますので、ミモザ様が透明化の魔法を使っていても見つけ出すことができます。もっとも、探査網の範囲にいれば、ですが」


 すらすらとそう説明していたメリナが、ふと口ごもる。


「……きっとジュリエッタ様はミモザ様を探しにいくだろうから力を貸してくださいと、そうアダンに頼まれたんです」


 そして彼女の連れの魔術師が、言葉を添えた。


「ですが現在、どこにもミモザ様の反応はありません」


 その言葉を聞いて、考える。やっぱりミモザは、辺境に戻っていったんじゃないかしら。


 彼が辺境に戻る時、街道は使わない。森を越え山を越え、ひたすらに北に飛んでいく。そしてその範囲に、探査網は存在していない。


「ありがとう。何となくだけれど、彼の行き先に確信が持てた気がするわ。さっそく今から行ってみる」


 そう断言すると、メリナがさらに一歩進み出てきた。


「でしたらこれ、持っていってください。探査網はもっと広げていく予定ですが、あなたまで行方不明になるのだけは避けたいんです……その、あなたの存在はこの国の支えになっているところもありますし……」


 彼女はちょっぴり心細そうな顔で、小さな袋を渡してくる。魔法陣の描かれた袋の中には、青い小鳥の卵が三つ。


 前に南西に向かって旅をした時、メリナが渡してくれたものと同じだ。この使い魔の卵を使えば、王都を遠く離れても情報のやり取りができる。


「ありがとう。使い方は覚えているわ。それじゃあ、大急ぎで旅の支度をしなくちゃ。じゃあね!」


 そう言い残して、その場を後にする。王宮の廊下を全力で駆け抜けて、今の住まいである森の中の小屋を目指す。


 私の心は、もう完全に王都を離れていた。

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