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132.それは一通の手紙から

『旅に出ます。探さないで』


 ある朝私は、枕元に置かれたそんな手紙を見て絶句した。





 それは、さかのぼること数日。王都のそばの森の中の、新しい小屋の中。


「ねえ、ジュリエッタ。……今年の僕の誕生日は、辺境のあの小屋で二人っきりで過ごそうねって、そう言ってたのに……」


 恨めしそうな目で、ミモザがじっとりとこちらを見つめてくる。


「ごめんなさい。でも、今度の式典はヴィットーリオとレオナルドの一世一代の晴れ舞台だから。ね?」


「だからって、僕との約束を破るなんて……」


 机にだらしなくひじをついたまま、ミモザがぷうと頬を膨らませる。


 夕食の後は、お茶を飲みながらのんびりとお喋りをするのがいつものことだった。しかし今私たちの間に流れているのは、どうにも気まずい空気だった。




 こんなことになっているのには、もちろん理由があった。


 この国は、ちょっと平穏とは言いがたい状況にあった。


 先王の突然の事故死、ヴィットーリオや重臣たちが追放された先の事件、そして春の長雨がもたらした災害。


 そういったあれこれのせいで、人々の心には不安が満ちていた。


 もちろん、ロベルトやらファビオやらの努力のおかげもあって、少しずつこの国は立ち直っている。


 でもやっぱり、民が心から安心するにはまだほど遠いようだった。だからこそ民は、『白き竜の神様』や『辺境の魔女』にすがったのだし。


 民が落ち着くのなら、私たちの名前くらいいくらでも貸す。でも、もっと根本的な解決策が必要だ。


 もうこの国は大丈夫だ、これからどんどん栄えていって、輝かしい未来が待っているんだ。人々がそう思えるような何かを、分かりやすい形で示したほうがいい。


 私たち――私とミモザ、ヴィットーリオにレオナルド、ロベルトにファビオ、魔術師の長、それに大臣たち……つまるところ、この国のてっぺんの人たち……私とミモザは除いて――はみんなで話し合って、そう判断した。


 そうして彼らは、盛大な式典を執り行うことにしたのだ。


 幼くも立派な王、そして彼を支える王兄と、頼もしい重臣たち。その麗しい姿を、民たちに見せるために。彼らを守り導くのは、この王たちなのだと示すために。


 そこまで決まった時、ふと思いついた。


「その式典、私も出ましょうか? 辺境の魔女がついているぞって民に見せつけたら、より効果がありそうじゃない? あ、でも顔は隠すわよ。これからも城下町で遊びたいし」


 気軽にそう言った次の瞬間。


「ぜひお願いします!」


「ジュリエッタ様もいてくれるなら、うれしいです」


 ヴィットーリオとレオナルド兄弟がすかさず言葉を返し。


「ああ、それはありがたいですね。レオナルド様の治世を確かなものとするためには、それこそ猫の手でも借りたい状況ですから」


 ファビオはさらりとそんなこと……割と失礼なこと? を言い。


「失礼ですよ、この石頭。……ところで、どうせならミモザ様も出席されませんか? 式典の進行に合わせて、竜のほうの姿で一度だけ王都の上を飛んでいただければ、と……」


 ロベルトがさらにとんでもないことを言い。


「それでは、民が逆に混乱すると思いますがの。噂の神が、真っ昼間に堂々と姿を現したりしたら」


 魔術師の長が釘を刺した。


 そしてミモザが、小さくため息をついた。


「……ねえジュリエッタ。あなたって、そういう風に目立つのって嫌なんじゃなかった?」


「そうね、好きじゃないわね。でもどうせなら、みんなの作戦を成功させてあげたいじゃない?」


「作戦……そう言えなくもないのかな。あなたが出たいのなら、止めないよ。僕は遠慮しておくけれど」


 ここまでは、特に問題はなかった。問題になったのは、この後だった。


 みんなはさっそく、式典に向けてあれこれと準備を始めた。


 この式典は後々王国の歴史に残るような、そんな大がかりなものになる予定だった。


 それはすなわち、式典の日取りを決めるのにもあれこれと考えなければならないことが多いということを意味した。


 当然ながらその日は吉日でなくてはならないし、悪い事件が起こった日と重ねるのもよくない。


 という訳で、暦の研究者やら歴史学者やらが頭を突き合わせて、一番いい日を選ぶことになった。式典の準備に必要な時間も考慮して。


 そうして決まった、式典の日取りは……ミモザの誕生日の、前日。


 前々から、ミモザと約束していた。彼の次の誕生日は、辺境に帰って二人きりで祝おうと。


 でも式典に出たら、どうやってもその約束は守れない。ここからあそこまで、彼が全力で飛んでもまる二日以上はかかるから。


 私は悩みに悩んで、結論を出した。予定通り、式典に出席すると。


 それを聞いた時、ミモザの顔からすうっと表情が消えたのだった。




 喧嘩にはならなかった。ミモザはしばらく呆然とした後、「……そっか」とだけ答えてきた。


 けれどそれからというもの、彼は二人きりになると、こうやって悲しげな顔をするようになってしまったのだ。


「僕の、誕生日……」


 今日もミモザは、しょんぼりとしていた。彼がまだ小さな竜の姿をしていた頃、無理やり留守番をさせた時のことが思い出されるような、罪悪感をかきたててくる様子だ。


 彼の誕生日は、もう百回以上祝った。けれどそれでも、彼にとって誕生日は特別な日なのだ。おそらく、これからもずっと。


 そのことは分かっている。でも今回の式典は、ヴィットーリオたちの、もしかしたら一生で一番の大舞台になるのかもしれないのだ。


 私たちと違って、彼らはごく普通の人間だ。彼らと一緒にいられるのも、彼らに手を貸してやれるのも、せいぜいあと数十年。今手を貸してやらなかったら、きっと後悔する。


 だからミモザには、今回だけ我慢してもらおう。ちょっと……かなり胸が痛むのを感じながら、頑張って明るい声を出してみる。


「ごめんなさい。その代わり、次の日の後夜祭は一緒に回りましょう? 二人で夜通し、城下町ではしゃぐの。お誕生日のお祝いの代わりにちょうどいいわ」


 返ってきたのは、無言のうなずきだけだった。




 けれど式典の日の朝には、ミモザはもうすっかりいつも通りだった。 


 彼は、式典用の正装――バルバラたちがこれでもかというくらいに腕を振るった、とびきりの一着だ――に着替えた私を見て、大いに目を輝かせていた。


「うわあ、すっごく似合う。僕は一般客に交ざって、そっちからじっくりあなたを眺めてるね」


 竜の姿の彼は『白き竜の神』としてあがめられてしまっている。とはいえ、この穏やかな青年があの大きな白い竜と同一の存在だと知る者はそう多くない。というか、民は知らない。


 だから彼は、式典においても目立たない位置にいることに決めたのだった。


 とはいえ、これだけ存在感のある美形の彼が目立たずにいるのって、ちょっと無理があるけれど。


 ともあれ、式典は無事に済んだ。


 壮麗に飾り立てられたレオナルドは威厳に満ちていて、美しかった。しょっちゅうべそをかいている子供とはとても思えないほどに。


 彼だけではなくヴィットーリオもロベルトもファビオも、みんなみんな素敵だった。どうせならミモザにもこちら側に立っていて欲しかったと、そう思えるくらいに。


 そして式典の後は、約束通りミモザと後夜祭に向かった。目立たないよう普通のおしゃれ着に着替えて、手をつないで。


 城下町はいつも以上ににぎやかで、華やかだった。みんな幸せそうで、楽しそうで。ずっとこの夜が続けばいいのにと思ってしまうくらいに、楽しかった。


 あちこち歩き回ってはしゃいでいるうちに、朝が来た。


 そうして王都の外の小屋に戻ってきて、浮かれた気分のまま眠りについたのだった。


 次の日、改めてミモザの誕生日を祝い直すことにした。もちろん、二人きりで。ちょっぴり浮かない顔だったけれど、それでもミモザは笑っていた。


 ところが、次の朝。彼は手紙だけを残して、姿を消していたのだった。




 訳が分からないまま、残された紙切れを食い入るように見つめる。


「『旅に出ます』……ミモザが、出ていった……そういうことよね……?」


 私を置いて。ミモザが一人っきりでいなくなった。どこに行くのかも言わずに。


 ずっとずっと昔の記憶がよみがえる。一度だけ、ミモザが私を置いていなくなってしまった、あの時の引き裂かれるような思いも。


 胸に満ちる不安を振り払い、大急ぎで着替える。紙切れをしっかりとつかんで、そのまま小屋を飛び出した。




「ねえ、ミモザを見てない!?」


 王宮に駆け込んで、通りすがりの人を捕まえては片っ端からそんなことを聞いて回る。


 でも、収穫はなかった。みんな困り顔で首を横に振るだけで。


 どうやらあの後夜祭以来、誰も彼の姿を見ていないようだった。


 だったらやはり、彼は竜の姿で飛んでいってしまったのだろうか。それも、透明化の魔法を使って。


 だとしたら、彼を探し出すのは困難だ。


「どうしましょう……どうやって探せば……」


「何か悩みか?」


 心細さに立ち尽くしていたら、いきなり声をかけられた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます! ミモザ、どこ行っちゃったのー!
[一言] おかえりなさい。 彼女と彼の穏やかな日常が少しでも早く戻りますように!
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