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128.課外学習、あるいは実地訓練、もしくは人助け

 王都の西に向かう大きな街道を、ぞろぞろと歩く人の群れ。そろいの制服に身を包んだ彼らは、一見和やかに話しながら旅をしているように見えた。


「……とまあ、飛行の魔法にはこんな使い方もあるということだ」


 そう言いながら歩いている青年の足元は、ほんの少しだけ宙に浮いている。


「浮いて足を休めながら進むことで、変に目立つことなく距離を稼げるんだ。ただ、飛行の魔法を使うこと以上に、歩いているふりをするのが難しかったりするがな」


 ここにいるのは見習いたち全員と、指導役としてついてきている先輩魔術師が数名。そしてアダンがみなを率いた。それぞれの背には、大きな旅の荷物。


 彼らは、王都の西にある宿場町を目指していた。先だってジュリエッタとミモザが馬車で旅をしていた、その道をたどって。


 アダンは息子の話を聞いて、見習いたちに実地で魔法を使わせることを思いついたのだ。


 座って講義を聞いて、手加減しながらちょろちょろと魔法の訓練をするだけの日々に、見習いたちはちょっぴり飽きてきているようだったから。


 どうせなら、何か人助けになることをさせたい。そうすれば、自分たちが魔術師として何をなすべきなのかについて、見習いたちに自覚させるいいきっかけになる。


 そう考えたアダンは、ジュリエッタとミモザに相談を持ちかけた。普段から気軽にあちこちをふらふらし、なんやかんやでちょっとした人助けをして回っている二人であれば、何かいい案件を知っているかもしれない。


 彼の考えは当たっていた。魔術師を派遣してあげてって、ヴィットーリオたちに頼もうと思っていた案件があったのよ。ちょうど良かったわと、そんな言葉がすぐに返ってきたのだ。


 そうしてアダンたちは王都を離れ、旅をしている。もちろん道中もずっと、魔法の練習をしながら。


 雨の日は、風の魔法で雨をはじく練習ができるし、野宿の時にも魔法が大活躍していた。


 火をつけるのも、水をくむのも全部魔法だ。さらに地の魔法で地面をならし、岩を動かして目隠し代わりにする。加工の魔法ほどたくさんのことはできないが、それでも全員がゆったりと寝られるだけの場所を確保することはできた。


 そんなこんなで野宿することになった見習いたちは、そのあまりにも快適な環境にみな呆然としていた。


「……基本の魔法だけでも、こんなに役に立つんだな……」


「俺、ちょっと甘く見てたかも……」


 そんなつぶやきが、見習いたちからもれるようになった。これだけでもかなりの収穫ですね、とアダンが心の中で考え始めた頃、一行はとある宿場町にたどり着いた。そこが今回の目的地だと、見習いたちはそう聞かされていた。


 しかしそこでは一泊しただけで、次の朝すぐに彼らは宿場町を出ることになった。


「あの、質問いいですか、おとうちゃ……アダン先生」


 見習いの一人、田舎の出らしい素朴な雰囲気の少女が、おそるおそる尋ねる。


「はい、どうぞ」


「あたしたちって、どこに向かっているんですか? このままあちこち旅して、戻るだけですか?」


 その問いに、アダンはおかしそうに笑った。普段は人のいい穏やかな笑みを浮かべていることが多い彼だったが、今の笑みはまるでいたずらっ子のようだった。


「もうすぐ目的地が見えてきますよ。感知の魔法を使える方、ちょっと周囲を探ってみてください。街道のもう少し先、西のほうですね」


 見習いたちは互いに顔を見合わせていたが、やがて二人が進み出て、目を閉じて集中し始めた。


「街道の先に川があって……橋があります。川沿いに、細い道が……」


「……なんか、上流のほうから変な鳴き声が聞こえた……鳥でもないし、猫とかでもないし……なんだあれ?」


 見習いたちが首をかしげている。アダンはまた楽しげに笑い、みなに告げた。


「これから私たちは、その鳴き声の主に会いにいくのですよ」




 それから数時間後、アダンたちは船に乗って川をさかのぼっていた。かつてジュリエッタたちも乗った、川イルカがひく川船だ。


 冷たくなっていた川の水も温かくなり、川イルカたちの体調もすっかり回復していた。そんなこともあって、川船の乗り場はすっかり元のにぎわいを取り戻していた。アダンたち全員が一度に乗れるような、大きな川船も用意されていた。


 アダンを含め、魔術師や見習いたちのほとんどは川イルカを見るのは初めてだった。その可愛らしさと賢さに夢中になっているうちに、あっという間に最初の目的地に到着した。


「これより私たちは、ここの川岸を補強します」


 そうしてアダンは説明した。かつて大雨で川の流れが変わり、川イルカが体調を崩してしまったこと。通りがかったジュリエッタとミモザが、二人がかりで川の流れを元に戻したこと。


「えっと、ここの流れがこうなって……えっ、たった二人でこう直したのか! 嘘だろ……」


「すげえ……」


 この周辺の地図を見ながら、見習いたちが顔色を変えている。ざわついている彼らに、アダンがまた声をかけた。


「はい、あのお二人は規格外ですから。ですが、ここからは私たちの出番ですよ」


「出番って、私たちまだ見習いですし……」


「こんなすごいこと、できないっす」


 見習いたちはすっかりしり込みしてしまっている。アダンはいつも通り穏やかな、しかしちょっぴりいたずらっぽい笑みを浮かべて尋ねた。


「みなさんは、この旅の間に何を学びましたか? 基本の魔法も、あなどれないとは思いませんでしたか?」


 その問いかけに、気まずそうではあったが同意の声が上がる。アダンは先輩魔術師たちを従え、言い放った。


「そしてみなさんには、もう一つ学んで欲しいことがあります。力を合わせることの素晴らしさです。といっても、口で言われて分かるものではないでしょう。ですから今から、身をもって学んでもらいます」


 愉快そうに笑うアダンと先輩魔術師たちに、見習いは戸惑いつつもうなずいた。なんだか面白いことになりそうな、そんな予感がしていたのだ。




 アダンが指揮をとり、それに従いみなが動く。そうして彼らは、ここの川岸を補強し始めていた。


 どんな大雨になっても川の流れが変わってしまわないように、川岸を高く、頑丈にする。それが、ジュリエッタが言っていた『魔術師たちに頼みたい案件』だったのだ。


 近くの岩山から岩を切り出して川岸へ運び、積み上げる。そうやって運んできた岩を加工の魔法で変形させ、高くしっかりとした堤防を作り上げる。それぞれの能力に合わせて作業を分担しながら、彼らはせっせと働いていた。


 ここに集まっている魔術師と見習いはそれなりに多かったが、それでも補強しなくてはならない場所は多かった。ちょうどジュリエッタたちがそうしていたように、彼らもまた川のほとりで野宿しながらの作業になっていた。


 もちろん、それは想定済みだったので、十分な食料や物資を持ち込んではいた。もうすっかり野宿にも慣れた彼らに、川イルカたちは大きな魚を差し入れてくれた。めったにないそんな体験は、さらに彼らの士気を上げていた。


 結局一週間ほどで、彼らは予定していた作業を終えることができた。見違えるほど高く頑丈になった川岸を見て、見習いたちはみな呆然としていた。


「すごいです……これ、本当に私たちがやったんですよね」


「なんかちょっと、嬉しいな」


「俺たち、将来はもっとずっと色んなことができるようになるのかもしれないな」


「……もっと、本腰入れて魔法の勉強しなくちゃね」


 そんなことを口々に言いながら、見習いたちは誇らしげに笑い合っている。そのさまを、アダンと先輩魔術師たちは少し離れて見守っていた。


「どうやら、彼らにも分かってもらえたようですね」


「春先の自分たちを見ているようだ。なあ父さ……アダン」


「でも、見習いたちをいきなり外に連れ出すなんて、思い切ったことをしますね」


「私は彼らの教育を任された身ですから。精いっぱい、できることをしたいと思ったんです」


 王国の未来を背負うのは、彼らですから。アダンは誰に聞かせるでもなくつぶやく。


 彼らもじきに、一人前の魔術師になります。私たちが引退した後も、彼らには覚えていて欲しいのです。とかく己の才のみを誇りがちになってしまう魔術師ですが、力を合わせれば遥かに素晴らしい働きができるのだと、そのことを忘れないで欲しいのです。


 そんなことをつぶやいていたアダンの目の前で、川イルカが三頭、ぽんと大きく跳ねた。それぞれの背には、見習いたちがまたがっている。川岸にいる見習いたちから、ひときわ大きな歓声が上がった。


「……とはいえ、それはもう少し先の話になりそうですね」


 子供のようにはしゃいでいる見習いたちを見るアダンの目は、父親のように優しかった。

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