表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/167

124.花嫁は魔女、花婿は竜

 そうして私たちが王都に戻ってきてから、実に一か月。夏もそろそろ盛りを過ぎて、吹く風の中に秋の気配がかすかに感じられるようになっていた。


 よく晴れたある日、ヴィットーリオたちはこぞって王宮の中庭に集まっていた。みな華やかに着飾り、近くの人間と立ったまま楽しげにお喋りしている。


 何というか、祭りの前のような雰囲気だ。堅苦しいところは全くなく、とてものどかな、それでいて浮き立った空気に満ちている。


 そのさまを、中庭に面した一室の窓からこっそりとうかがいつつ、ぼそりとつぶやく。


「まさか、本当にやるとは思わなかったわ。……あの子たちの行動力を、甘く見ていたかもしれないわね」


 今日、私とミモザは王宮で結婚式を挙げることになった。


 きっかけは、バルバラたちがお礼として作ってくれたあの真っ白な正装だ。


 あれを見たみんなが、うっかり思いついてしまった。どうせならこの衣装で、本当に結婚式を挙げさせてしまえ、と。


 そうして彼らは、大張り切りで計画を立ててしまったのだ。普段は国のあれこれを取り仕切っている人間たちが何人も混ざっていたということもあって、それはもうあきれるほどの手際の良さだった。


 当の本人である私とミモザは、準備には一切関わっていない。というか、関わらせてもらえなかった。当日のお楽しみですよと、そう言われてしまったのだ。


 なのでただ、大はしゃぎしながら準備を進めるみんなを離れて眺めるだけだった。


 私たちは堅苦しいのも豪華すぎるのも苦手だからね、と念押しこそしたものの、具体的に何がどうなるのかは今日この時まで知らないままでいたのだ。


「こんなに素敵なお話ですもの、みなさまが乗り気になるのも無理はありませんよ」


 そんなことを言いながら、エルマが隣で微笑んでいる。彼女は今日この日のために、わざわざ屋敷から駆けつけてくれたのだ。


 前回彼女の屋敷を訪ねた時にはたまたま不在だった、彼女の夫も来てくれているらしい。どんな人なのか気になっていたので、後で会うのが楽しみだった。


 エルマに手伝ってもらって、私はあの純白のドレスに身を包み、きっちりと化粧をして髪を結い上げた。こないだのお茶会の時よりも、さらに華やかに。


 そしてバルバラ率いるお針子たちはさらに張り切ってしまい、ドレスに合わせた繊細なヴェールまで作ってしまっていた。それをかぶったら、もう本当に花嫁にしか見えなくなっていた。こんな年になってこんな格好をすることになるなんて、思いもしなかった。


 そんなことをエルマと話していたら、入口の扉が叩かれた。どうやら、いよいよお祭り……ではなく結婚式が始まるらしい。


 私はエルマに手を取られて、扉のほうに歩いていった。




 中庭の中央にある広場に顔を出すと、集まっていたみなが一斉に歓声を上げた。彼らは二手に分かれていて、広場の真ん中がぽっかりと道のように空いている。どこからか、穏やかな音楽が聞こえてきた。


 その道の向こうに、ミモザが立っていた。この前と同じ、純白の衣装に身を包んでいる。いつも自然に垂らしている髪を、きれいになでつけて。ああいう髪型も似合うのね。


 みなの注目を浴びながら、エルマに手を引かれて道を進む。と、どこからともなく花びらが降ってきた。かすかに桃色を帯びた白い小さな花びらがはらはらと舞うさまは、とても美しかった。


 これ、どこから降っているのだろう。歩きながらそっと周囲をうかがうと、人の壁の後ろのほうで、魔法を使ってせっせと花びらを飛ばしている魔術師たちの姿が目に入った。


 彼らはシーシェの指揮のもと、箱の中の花びらをまき散らしては風の魔法で舞い上げているようだった。


 それはいいとして、調子に乗ったシーシェが箱の中身を丸ごと豪快にぶちまけようとして、隣のメリナに無言で怒られている。式の最中だというのに、ああいうところは相変わらずだ。


 そんな姿がおかしくて、ヴェールの下でぷっと吹き出す。エルマも私が見ているものに気づいたのか、口元に大きな笑みを浮かべた。


 二人して笑いをこらえながら人の壁の間を通り抜け、ミモザのところにたどり着く。エルマの手からミモザの手に、私の手が受け渡された。


 近くで見ると、ミモザの礼装にも手が加えられて、より豪華になっているのが分かった。バルバラたちは本当に張り切っていたけれど、ここまで頑張るなんて。


「素敵ね、ミモザ」


「あなたもとっても綺麗だよ、ジュリエッタ」


 二人だけに聞こえる小さな声で、そんなことをささやき交わす。それから二人並んで、さらに広場の奥に進んでいった。


 すぐ近くに、彫刻の施された大きくて重厚な机が置かれている。その向こうに、ヴィットーリオが緊張した面持ちで立っていた。その隣には、にこにこと笑うレオナルドもいる。


 二人は王族の正装ではなく、聖職者のものに似た白くて長いローブをまとっていた。これもまた、バルバラたちが用意したものだろう。だって、普段見かけるものよりずっとしゃれているし。


 私たちが机の前まで歩いていくと、ヴィットーリオは大きく息を吸って、結婚式の始まりを宣言した。レオナルドが机の上に置かれた小さな鐘を叩き、澄んだ音を響かせる。


 ヴィットーリオは神父役として、とどこおりなく結婚式を取り仕切っていく。


 だいたいのところは貴族の結婚式と似た流れだったけれど、神父の話はとても簡潔にまとめられていたし、堅苦しくもなかった。ちゃんと私たちの要望を聞き届けてくれたことに、また笑みが浮かぶ。


 あっという間に、誓いの言葉になった。ヴィットーリオは真剣な顔で、互いを愛していくことを誓いますか、と述べてくる。


「うん、もちろん誓うよ。僕は生まれた時からずっと、彼女と共にある。そしてこの命の終わる時まで、彼女と一緒にいる」


「私も誓うわ。私は他の全てを捨てて、彼といることを選んだ。その思いは、今も、これからも同じよ」


 静まり返った中庭に、私とミモザの声が響く。ヴィットーリオはにこりと笑って、締めの言葉を口にした。


「この仲睦まじい夫婦は、これからもずっと助け合って二人で歩いていきます。みなさま、この二人に祝福の拍手を!」


 その言葉が終わると同時に、中庭に拍手の音が満ちる。ミモザが私に一歩歩み寄ってそっと唇を重ねると、さらに歓声がわき起こった。やんややんやと陽気にはやしたてる声が混ざっているのが、やはり結婚式らしくなくておかしかった。


 それからはもう、本当にお祭りのようだった。大きな机がいくつも運び込まれ、そこに次々と料理の皿が乗せられていく。立ったままでも食べやすいように工夫がされた、とても可愛らしい料理を、みな大はしゃぎで口に運ぶ。


「ぼくたちの畑の野菜も、あの料理に使われてるんです」


「料理を作るのも、少しだけ手伝いました。食べてもらえると嬉しいです」


 レオナルドとヴィットーリオが、期待に満ちた目でこちらを見つめてくる。


「それは楽しみね」


「なくなる前に食べておかないと」


「そうね。みんな食べるのに夢中になってるみたいだし」


 ミモザと笑い合いながら、大机のほうに向かっていく。普段の私なら、真っ白な服を着たまま立ち食いなんて恐ろしくてできない。


 でもこの衣装は大丈夫だ。あまりの白さと繊細さに恐れをなした私は、前に試着した直後にバルバラに持ちかけたのだ。魔術師たちに手伝ってもらって、この衣装をもっと頑丈なものにしてもらったらどうかしら、と。


 そしてそのまま、バルバラをアダンに引き合わせた。二人は相談の上、二着の純白の衣装に水晶を融合させて強化することにしたのだ。おかげで今着ているドレスは、丈夫だし汚れがつかないし、おまけにちょっと透明感も出て美しくなった。


 そのことをきっかけに、バルバラは毎日のように魔術師たちのところに顔を出すようになっていた。初めて見た融合の魔法とその結果に、彼女はそれは興奮していたのだ。


 融合の魔法を活用すれば、もっともっと色んな服が作れるわ!! と叫びながら、彼女は魔術師たちにあれこれと手伝いを強引に頼み込んでいた。


 魔術師たちにはちょっと申し訳ないと思わなくもないけれど、春先の大騒ぎに巻き込んでくれたお返しということにしておけばいいだろうか。


 そんなことを思い出しつつ、並べられた料理を口にする。祝いの場にふさわしく華やかで、それでいて変に凝ったものではない料理は、とてもおいしかった。


 それからみんなで、色々な料理をつまみながらお喋りする。そのうち盛り上がってきた勢いで、飲めや歌えの大騒ぎが始まった。


 ロベルトのヴァイオリンに合わせてメリナが歌っているし、バルバラは相変わらずかかとの高い靴で、アダンを振り回すようにして踊っている。


 魔術師たちは光る魔法の球をいくつも飛ばしていて、頭上がきらきらと輝いていた。何だかもう、完全にお祭りだ。


 エルマの夫にも会った。おっとりと落ち着いた、頼りがいのありそうな男性だった。


 素敵な男性だなあと思いながら見ていたら、「僕だって頼りがいはあるでしょう?」とミモザが言い出した。やきもちをやいているような顔をしていたけれど、その金色の目はおかしそうに笑っていた。


 そうやって喋って、食べて飲んで。ミモザがふと、ぽつりとつぶやいた。


「……素敵な一日になったね」


 私たちの周りでは、相変わらず大騒ぎが続いている。体格のいいシーシェがレオナルドを肩車して、軽やかな足取りで駆け回っている。顔色を変えたファビオが必死に後を追っているものの、運動能力が違いすぎてちっとも追いつけていない。


 そんな姿を見て、みんな楽しげに笑っている。もちろん、私たちも。


「そうね。まさか宴の主役、というより宴の口実にされるなんて、思いもしなかったけれど」


 私たちは祭りが好きだ。みんなでわいわいと騒ぐのが好きだ。でもどちらかというと、騒ぐ人々を少し離れて見ていることのほうが多い。人ならぬ時間を生きているせいか、つい一歩引いてしまうのだ。


「ちょっと人と関わり過ぎちゃったかなって思ってたけど、たまにはこういうのもいいね」


「最高の思い出になったわね」


 ミモザに寄り添って、周りの大騒ぎを微笑みながら眺める。このにぎやかで温かな光景を、目に、耳に、心に焼きつけるように。


 魔術師の誰かが放ったひときわ大きな光の玉が、ぱちんとはじける。無数の光の花が、きらきらと輝きながら消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] とても素敵な一日になりましたね。 まだまだずーと生きていく二人に素晴らしい思い出ができてヨカッタです。  ミモザがまだ小さい時に、机の下で丸まって寂しそうにお留守番していたのを、なぜだかふと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ