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123.お針子たちの隠し事

 馬車から荷物を下ろし終え、馬たちも王宮の馬屋に連れていかれる。二頭仲良く寄り添っている姿に、王宮の馬屋番たちが笑み崩れていた。


 それを見届けた次の瞬間、バルバラが軽やかに叫んだ。


「はい! それじゃ行くわよ、二人とも! ああ、待ちくたびれて足がすり減るかと思ったわ!」


 足がすり減るって。普通なら、足に根が生えるとか、そういった感じのたとえを使うところだろう。


 けれどバルバラは待っている間、ずっともぞもぞと足踏みをしていたのだ。高いかかとで床に穴が空くんじゃないかと思うくらいの勢いで。……ううん、本当に空いてる。土の床だからいいようなものの。


 そうして彼女は私とミモザの腕をしっかりと抱えて、うきうきとした足取りで歩き出した。というか、これはほぼ小走りだ。


「ところで、僕たちはどこに連れていかれるのかな。あなたにとっては重要なことみたいだけれど」


 彼女の勢いに圧倒されて少し歩きにくそうにしながら、ミモザが尋ねる。バルバラはまっすぐ前を向いたまま、弾んだ声で答えた。


「内緒よ! やっぱりこういうのは、ぎりぎりまで伏せておいたほうがより驚きが増して、楽しいから!」


 そんな会話を聞きながら、考え込む。そうして、思いついたことを口にしてみた。


「……もしかしてそれは、この間言ってた『お礼』と関係があったりするのかしら?」


「正解よ! これから見てもらうのはお礼の品! でもやっぱり詳細は内緒!」


 どうやらバルバラは、何がなんでも秘密にするつもりらしい。苦笑しながら、ミモザを見た。


「ここはおとなしくついていくしかなさそうね」


「だね。何が起こるのか、ちょっと楽しみになってきたかも」


 転ばないように気をつけながら、私たちは引っ張られるまま走り続けた。




 そうして連れていかれたのは、お針子たちが仕事場にしている大きな部屋だった。前に来た時と同じように、布やらレースやらであふれかえっている。


 けれど部屋の一番奥に、前はなかったものが置かれていた。見事なできばえの服が二着、それぞれトルソーに着せつけられて、堂々とたたずんでいたのだ。


「あなたたちに、一刻も早くこれを見せたかったの! というより、着せたかったの! お礼だから、遠慮なく受け取ってね!」


「つまりこの服は、私たちのためのものってことで合ってるかしら?」


「お礼……にしては、またずいぶん凝ったものが出てきちゃったね」


 息を整えながらそう尋ねると、部屋で待ち構えていたお針子たちが一斉にうなずいた。その数、ざっと二十名以上。


 みんなたいそう疲れた顔をしていたけれど、目だけはきらきらと輝いていた。やり切った! という満足感に。


 ミモザと顔を見合わせて、それからもう一度服に目をやる。


 どちらもまばゆいほどの純白で、とても上品な雰囲気だ。そのまま舞踏会に出られるくらいに凝った正装だけれど、それでいて少しも古めかしくはない。


 そして何よりも私の目を引いたのは、その服の装飾だった。このような衣装は、フリルやビーズなどできらきらしく飾り立てられるのが一般的だ。


 けれど目の前の服にはそういったありふれた装飾は一切なく、その代わりに繊細なレースがいたるところに縫いつけられていた。


「あのレースって、タトウ編みよね……それも、たぶん全部」


「なんか、圧倒されちゃうね」


 前にこの部屋に来た時にお針子たちの前で編んでみせたあれこれが、とても繊細な絹糸で再現されていた。長く生きて色々なものを見てきた私やミモザですら思わず見とれてしまうくらい、目の前の服は美しく見事だった。


「そうよ! 私たちは覚えたばかりのこの技術を全て使って、正装を一組作り上げることにしたの! 他の仕事は全部後回しにして、みんなで寝る間も惜しんで作り続けたわ」


 仮にも王宮における被服の全てを担当するお針子……服飾司たちが、全員で仕事を放り出した。それでいいのかと思わずにはいられなかったけれど、当の本人たちは全く悪びれることなく胸を張っている。


 ひとまずその点については置いておくとして、さっきからずっと気になっていることをそろそろと尋ねかけてみた。


「それにしても……どうして純白なのかしら?」


 彼女たちの技術のありったけを込めたというだけあって、目の前の服はこの上なく豪華で、文句なしに素敵だった。ただそのせいで、婚礼衣装のようにも見えてしまう。


「タトウ編みの美しさを最大限に生かすにはやはり白しかないと、私たちの意見が一致したのよ!」


「まあ、それは否定しないわ」


「そうだね。変に色がついていないほうが、編み目そのものの美しさが引き立ちそうだね」


 そんなことを言いながらミモザとうなずき合っていると、バルバラがまた私たちの腕をがっちりとつかんだ。ほっそりとした見た目からは想像もつかない腕力だ。


「そういうことで、さっそく今から着てもらえるかしら! 大丈夫よ、寸法はぴったり合わせてあるから!」


「前々からあなたは私たちの正装を作りたがっていたけれど……まさか、タトウ編みのドレスが出てくるとは思わなかったわ……」


「タトウ編みで飾った最初のドレスを着るのは、やっぱりジュリエッタ様が適任だもの。で、あなたのドレスだけっていうのもなんだから、ミモザ様の分もそろいで作ったの!」


 ちょっとした小物を作ってみたの、と言っているかのような気楽さで、彼女はそう口にした。これだけの服を作り上げるのって、かなり大変だと思うのだけれど。


「それにこれなら、タトウ編みを教えてもらったお礼としてもちょうどいいでしょう! 二着同時に作ったせいで二倍疲れたけれど、最っ高に楽しかったわ! あ、正装は正装で、改めてまた作るから」


 ちらりとミモザを見ると、彼は苦笑しながら肩をすくめていた。これは、覚悟を決めるしかないようだった。




 それから私とミモザは、バルバラたちに待ってもらってその部屋を飛び出した。なんせ私たちは長旅をしてきたところだったので、頭の先からつま先まで埃まみれだったのだ。大きな町ならともかく、そこらの宿場町に風呂はないし。


 こんな状態で、あんな真っ白な服に袖を通すなんてできない。間違いなく、どこかしら汚してしまう。触ることすら恐ろしい。


 だからそのまま王宮の風呂場に駆け込んで、汗と埃と、その他もろもろの汚れを落とすことにした。廊下から入ってすぐのところでミモザと別れ、別々の浴室に入っていく。


 王宮では、特殊な魔法陣を使って風呂を沸かしている。火の魔法と、水を浄化する魔法がかかりっぱなしになっているのだ。おかげで一日中、いつでも好きな時にお風呂に入れる。


 本来なら王族しか使えない場所だったのだが、ヴィットーリオの提案により王宮勤めの者なら誰でも入れるようになったのだ。


 かつて彼が辺境の小屋で暮らしていた頃、私たちがいちいち水を汲んで風呂を沸かしていたことに彼は驚いていた。たぶん、その経験が彼にそんな提案をさせたのだろう。


 もっとも私とミモザは魔法が使える分、普通の人間よりも遥かに簡単に風呂を沸かしていたのだけれど。木を変形させて作った大きな桶に、魔法で持ち上げた水をどぱんと投げ入れて、火の魔法でぱぱっと温めるだけなのだから。


 そんなことを思い出しながら、大理石の浴槽にざぶんとつかる。全身ぴかぴかに磨き上げると、旅の疲れも吹っ飛んだように思えた。


「この後の着せ替えがなければ、もっとゆったりとくつろげたのだけどね……」


 私の独り言は、湯気の満ちた浴室にまったりと反響していった。




 そうして風呂に駆け込んでから一時間ほど後。私とミモザは、衝立の陰でお針子たちに手伝われて純白の衣装を身に着けていた。縫い付けられたタトウ編みのレースが繊細過ぎて、うっかりちぎってしまわないかひやひやしながら。


 間近でよくよく見てみたら、それらのレースは蜘蛛の糸のような極細の糸で編まれていたのだ。仕上がりがものすごく美しいのは認めるけれど、強度には大いに不安が残る。というか心臓に悪い。


 このレース、強化の魔法でどうにかできないかな。私の腕前では難しいけれど、アダンに頼めば何とかなるかも。せっかく見事な出来栄えなのだし、長く持つようにしたい。


 どうにかこうにか着替えを終えて、衝立の陰から顔をのぞかせる。そのとたん、興味津々にこちらを見ているいくつもの目に出くわした。


 えっ、ちょっと待って。何この人数。いつの間に。


 仲良く並んでいるヴィットーリオとレオナルド、彼らの後ろにはロベルトとファビオ。


 少し離れたところでは、複雑な顔のメリナと楽しげなシーシェ、優しい笑みを浮かべたアダンもいた。


 後は顔なじみの文官たちに魔術師たち、この前のお茶会で知り合った令嬢たちまでもが遠慮がちに集まっている。


「……いつの間に、こんなに集まったの?」


「僕たちが衝立の陰に入ってすぐかな。みんな一生懸命気配を消そうと頑張ってたけど、僕には全部聞こえてたよ」


 白い髪と白い服が相まって、まるでけがれのない天使のように神々しく見えるミモザがそう言って笑う。それに答えたのは、まぶしそうな笑顔を浮かべたヴィットーリオだった。


「バルバラが教えてくれたんです。私たちの最高傑作を、是非に見に来てくださいと大騒ぎして」


 みんな温かな笑みを浮かべて、うんうんとうなずいている。こんな視線を浴びまくっていると、少し照れ臭い。長く生きてきたおかげで割と神経も図太くなっているし、もうちょっとやそっとのことで照れるはずもないと思っていたのだけど。


 しかしそこに、さらに恥ずかしい一言がやってきた。声の主は、歯に衣着せぬシーシェ。


「純白の清らかな正装……どこからどう見ても、立派な婚礼衣装だな」


「ちょっとシーシェ、いきなり何言いだすのよ」


 彼の袖を引いて黙らせようとするメリナに、彼はいつも以上に朗らかに答える。


「だってそうだろう? いやあ、本当に見事だ。衣装も、それを着こなすお二人も。なあメリナ、お前だってああいうの、着てみたいと思うだろう?」


「だから、なんでいきなり私に振るのよ! それは、まあ……婚礼衣装に見えるのは確かだし、いいなあとは思うけど」


 シーシェとメリナの会話に、今度はロベルトが乗ってくる。ちょっとにやついているのは気のせいか。


「婚礼衣装……結婚式……ミモザ様、もしかして貴方がたは結婚式を挙げておられないのでは?」


 なぜか彼は、私ではなくミモザに尋ねている。そしてミモザは、あっさりと首を縦に振った。


「うん。僕たち、ずっとあの辺境の小屋で二人きりで静かに暮らしてたから。彼女の両親にはきちんと報告したけど、それだけ」


 ミモザはそう言ってこちらをちらりと見る。彼は私のことを気遣って口にしなかったが、結婚式を挙げなかった理由はもう一つあったのだ。


 前世ではカルロに、そして生まれ変わった後はヴィートに思いっきり裏切られた私は、結婚式と聞くと猛烈に腹が立つようになってしまっていたのだ。


 でも、もうそんな呪いは解けているようだった。だって、こんな真っ白なドレスに抵抗なく袖を通すことができたのだから。


 そんなことを考えている間にも、ロベルトは周囲の人間たちを巻き込んで何やら相談し始めていた。


「……この後どうなるか、嫌というほどはっきりと予想がつくわね」


「僕も想像できるよ。まあ、いいんじゃない? あなただって、もうさっぱりしたでしょう? 今回の旅で」


 そうね、とつぶやきながら、ひそひそと話し合っている人たちを見る。


 この先に待ち受けているだろうことを考えるとちょっぴり面倒な気もするけれど、こういうのも悪くない、とも思えた。

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