122.城下町にて流行るもの
城下町の大通りを、馬車でゆっくりと進む。通りの両側の店には今日もたくさんの品物が並べられ、行きかう客があちこちで足を止めている。
そんな様を見ているうちに、ふとあることに気がついた。首や手首、それに髪なんかに綺麗な紐を巻いている人を、やけに見かけるのだ。
「気のせいかしら? 紐を巻いた人たちがあっちにもこっちにも……ちょっと前までは見かけなかったと思うのだけれど」
「僕たちが留守にしてた間に、また何か新しいものが流行りだしたんじゃないかな。……その分、竜の神様がらみの品物が少し減ったみたい。良かったあ」
ほっとしたようにため息をつくミモザ。白き竜の神様にあやかった品物が売り出されるようになってから、彼は城下町に行きたがらなくなっていた。どうにもむずがゆいんだ、と言って。
「それにしてもあの紐、何だか見覚えがあるような気がするのよね……」
「一度馬車をどこかに止めて、じっくり見てみる? ここからだと距離があるし。……あっ」
朗らかに笑っていたミモザが、ふと真顔になる。それから無言で、通行人の邪魔にならない場所に馬車を止めた。
どうしたの、と声をかけるより先に、ミモザが耳元でささやいてくる。
「ね、ちょっとあれ……ほら、あそこの建物の、あの看板なんだけど……」
ミモザは何ともいえない複雑な表情をしている。困ったような、笑いたいのをこらえているような。首をかしげながら、示されたほうを見てみる。
「な、なっ」
そうして、絶句した。あわてて口を押さえて、叫びそうになるのをすんでのところで踏みとどまる。
『効き目は抜群、辺境の魔女直伝のお守り!』
看板にはそんな文句と共に、色鮮やかなタトウ編みの飾り紐の絵が描かれていた。
「効能は、健康長寿、家内安全、恋愛成就……」
ミモザが小声で、看板の文字を読み上げている。気のせいか、その肩が笑いに震えているような。
「……なるほど、あの紐ってお守りなんだね。しかも万能の。でも『辺境の魔女直伝』って、どういうことなんだろう? それにあの絵、僕の飾り紐によく似ているし……」
「たぶん、バルバラが関わっているのでしょうね……今直しているあなたの飾り紐、あれをじっくり見たことがあるのは、私たちを除けば彼女だけだから……」
そう答える私の声は、自分でも分かるくらいに引きつっていた。
「ああ、そっか。……あのお守りって、バルバラが作って広めたんじゃないかなって気がするんだよね。わざわざあなたの二つ名を出すくらいだし」
「同感よ。でもどうして、そんなことをしたのかしら……王宮に戻ったら、彼女を捕まえて聞いてみましょう」
そんなことを話していたら、すぐ近くを通り過ぎていく女性たちの話し声が聞こえてきた。
「このお守りの紐、可愛いよね。見たことない編み方だけど、おしゃれで」
「しかも、素敵な縁を引き寄せてくれるんでしょ? うふふ、楽しみ」
「辺境の魔女がいる北に向かって祈ると、もっと効果が上がるんだって。星のきれいな夜だと、さらにいいみたい」
「え、本当! 魔女様あ、私の片思い、かなえてください!!」
「まだ昼じゃない」
「だって、待ちきれないんだもの。夜になったら、また祈るから!」
若い乙女らしい話題に花を咲かせながら、女性たちが過ぎ去っていく。その間、私はただぽかんとすることしかできなかった。呆然と立ち尽くしたまま、力なくつぶやく。
「……『辺境の魔女』って、そういう存在だったかしら……駄目、むずむずする……何だか頭が痛くなってきたわ……」
よろめいた私を、ミモザが抱き留めてくれた。
「まさか二人そろって、王都の名物になるなんて思いもしなかったよ」
「……今まで白き竜の神様のことでからかってごめんなさい、ミモザ……」
「気にしてないよ。ご愁傷様、ジュリエッタ」
ミモザは苦笑しながら、私の頭をなでてくれた。そんな彼の胸元にすがって、しばしぐったりとうなだれていた。
それからどうにかこうにか気を取り直して、また馬車を進ませる。そのまま、城の裏手に向かっていった。
こんな質素な馬車で王宮の正門を通ったらものすごく悪目立ちしてしまうので、荷を運ぶ馬車のふりをして裏門から入るのだ。ちなみに旅に出る時も、同じ経路をたどった。
裏門を守っている兵士たちに顔を見せると、彼らはみな笑顔で私たちを迎え入れてくれた。最近王宮に入り浸っているせいで、すっかり顔を覚えられてしまったのだ。
手が空いている兵士たちに手伝ってもらって、ひとまずみんなへのおみやげを馬車から降ろしていく。どこか空いた部屋にまとめて運んでもらって、それから小分けにしていったほうがいいかな。
そう考えて、兵士たちに手頃な部屋を訪ねようとしたその時。王宮の奥のほうからけたたましい叫び声のようなものが聞こえてきた。その声はものすごい勢いで、こちらに近づいてくる。
「ああああああ!! お帰りなさい、二人とも! やっと帰ってきたわね! ずうっと、首をながあくして待っていたのよ!」
案の定その叫び声の主は、バルバラだった。というか、非常時でもないのに叫びながら王宮を駆け抜けるような真似をする人間を、彼女の他に知らない。
「さあさあ、さっそくこっちへどうぞ! 見せたいものがあるの!」
やけに浮かれた様子で、バルバラはそう言い放った。きらっきらの目で、ずんずんと迫ってくる。たじろいでいたら、ミモザが口を挟んでくれた。
「ちょっと待ってよ、バルバラ。荷物を降ろして、馬を休ませてやってからでもいいよね? 緊急事態じゃないんでしょう?」
「緊急ではないけれど、私にとっては重大なの!」
「……だから、メリナをせっついたんだね。けれどあれからさらに何日も待ってたんだし、あと一、二時間くらい待てるよね。大丈夫、僕たちは逃げないから」
「………………仕方ないわ、あと少しだけ待ちましょう!! とっても辛いけれど!!」
そう言ってそわそわしながら立っているバルバラに、そっと声をかける。
「ところでバルバラ、一つ聞きたいことがあるのだけれど」
「何? 何かしら? 答えたらすぐに来てくれる?」
「……城下町にタトウ編みの飾り紐が広まってるのって、あなたの仕業、よね……?」
「ああ、もう気づいたのね! ええ、私が仕掛け人よ!」
バルバラはこちらに向き直ると、少しも悪びれることなくにっこりと笑う。頭を抱えている私に、彼女はすらすらと話し始めた。
「ジュリエッタ様とそのお母様のおかげで、一度は絶えてしまったタトウ編みが復活したわ、とっても素敵なことに! だから私たちの役目は、それがまた絶えてしまわないよう、末永く受け継いでいくことなの!」
「……そう思ってくれたのは嬉しいわ。そのためにあなたたちは、こないだ教本を作ったのよね」
「ええ、作ったわ! そしてせっせと売り出しているところよ! でもそれだけじゃ、また絶えてしまうかもしれないでしょう?」
一気にそう言って、彼女はぐっとこぶしを握りしめる。
「だったら、編んだ物も同時に広めてしまえばいい。私たちは、そう考えたのよ!」
「だからって、あんな効能のお守りにすることはなかったと思うわ……」
「ああ、それは私のせいじゃないわ! 私は『辺境の魔女様から教わった、とおっても特別なものなのよ』と言って、飾り紐の試作品と編み方を商人たちに流しただけだから!」
大はしゃぎしながら商人たち相手にまくしたてる彼女の姿が目に浮かぶ。それを聞いて感心しつつ、新たな商機ににやりと笑う商人たちの顔も。
「そうしたらあっという間にあれこれと効能がついて、ああなっちゃったのよ! 最高よね!」
「効能なんてある訳ないじゃない……私、長生きしてる以外は普通の人間よ……」
がっくりとうなだれていたら、バルバラがぽんと私の肩に手を置いてきた。どことなく得意げに胸を張って。
「まあまあ、ああいうのって気の持ちようって言うじゃない? 城下町の人たちがあのお守りのおかげで安心できているのは確かなんだし、気にしなければいいだけの話よ!」
「良くない……ものすごく落ち着かないわ、あれ……」
「でも、これでタトウ編みは広まったし、きっと末永く受け継がれていくわ、あなたの二つ名と共に! あなたのお母様も、きっと喜んでいると思うの! もちろん、お父様もね!」
「お母様と、お父様が……?」
その言葉に、はっとした。
あれは昔、まだお父様とお母様が生きていた頃。辺境に住む魔女の名前がちらほらとささやかれるようになった時のこと。
すっかり老いた二人は優しい目で私を見つめて、こう言っていた。
『あなたは本当に、立派になったわね。濡れ衣を着せられて辺境に送られた時とは比べ物にならないくらい』
『ああ。生き延びてくれて、私たちに幸せをくれてありがとう、ジュリエッタ』
『辺境の魔女……ちょっといかめしい名前だけれど、それもあなたが強くなった証なのね』
『私たちは、お前のその二つ名を誇りに思っているよ』
両親が誇りに思ってくれた呼び名が、お母様の残した編み物と一緒に後世まで残っていく。そう考えたら、なんだか胸が熱くなってしまった。年甲斐もなく、妙に胸がときめいた。
「ねっ、素敵でしょう?」
私の表情の変化を見て取ったらしいバルバラが、それは嬉しそうに笑う。
「……そうね、素敵かもしれないわね」
こっそりと笑みを浮かべていると、荷下ろしをほぼ終えたミモザと目が合った。その金色の目は、とても優しく細められていた。