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121.そろそろ戻りましょうか

 それから私たちは、あちこちふらふらしながらのんびりと王都を目指していた。見慣れない街並み、知らない食べ物、そんなものを見たり食べたりしながら。


 そうしてあの川まで戻ってきた私たちは、また川イルカたちが引く船に揺られていた。前とは逆に、川をさかのぼっているのだ。


 川船のへりに立って辺りを眺めながら、ふと口を開く。


「ああ、そうそう。いい知らせがあるのよ」


「いい知らせ? 何かなあ」


 金色の目に期待を浮かべてこちらを見るミモザに、色鮮やかな何本もの細い革紐を掲げてみせた。


「あなたの飾り紐、ようやっと強化が終わったの。王都に戻ったら、じっくりと腰をすえて編み直すわ」


 旅の間、折を見てはちまちまと融合の魔法を使って、少しずつ革紐を強化していた。御者席で、ミモザの隣に座って、彼とお喋りしながら。風に吹かれながらそういう作業をするのは、思っていたよりずっと楽しかった。


 そして私の言葉を聞いたミモザが、ぱあっと顔を輝かせる。


「ほんと!? やったあ! やっぱりあれが首元にないと、どうにも落ち着かなくて」


「さすがに馬車の中で編むのはちょっと難しそうだから、もう少しだけ待っててね」


「うん、もちろん。……というか、腰を下ろして作業できるだけの場所が、もうないしね……」


 ちらりと馬車の中に目をやって、ミモザが苦笑する。帰りの道中せっせと飲み食いしていたにもかかわらず、さらに荷物は増えてしまっていた。馬車の中には、もう腰を下ろすだけの空間すらない。


「馬が二頭に増えたから、荷物が増えても大丈夫ねって……ちょっと調子にのってしまったかもしれないわね……」


 南西の街に着いてすぐに、私たちはもう一頭馬を買った。そうして馬車は、とても軽々と進むようになったのだ。だったらもう少しおみやげを買ってもいいわよねと、さらに買い物に精を出してしまって。


「魚や貝の干物に珍しい薬草、日持ちのするお菓子に香辛料の効いた干し肉、風変わりな細工物や織物に風景画……じっくり見てると、おみやげにちょうど良さそうなものがどんどん見つかっちゃうのよね」


「地酒が気に入ったからって、大樽を買ったのはさすがにやりすぎたかな。まあ、たぶん王都に戻ったらすぐになくなるんだろうけど」


 新しく買った馬は、元から連れていた馬とすっかり仲良くなってしまっている。王都に戻ったら、つがいとしてそのまま王宮に引き取ってもらうつもりだ。


 今は川船の上なので、馬たちものんびりしている。互いに毛づくろいをしていちゃついている馬たちを二人で見ていたその時、見覚えのある青い小鳥がまっすぐに飛んできた。あれは、メリナの使い魔だ。


 旅に出る時に彼女が渡してくれた使い魔の卵と、それを収めた袋。その袋に描かれた魔法陣が、私たちに使い魔を送るときの目印になるのだと、彼女はそう言っていた。


 あの袋は、ちゃんと服の隠しポケットにしまいこんである。だからなのか、その鳥はミモザではなく私をまっすぐに見すえていた。


「……すごいわね。こんなところまで使い魔が追いかけてくるなんて」


「それより、王宮になにかあったのかな?」


 ちょっぴり緊張しながら手を差し伸べると、小鳥は私の指に止まり、メリナの声で話し始めた。


『ジュリエッタ様、ミモザ様、旅のほうはいかがですか』


「順調よ。用事も全部片付いたから、ぶらぶらと寄り道しながら戻っているところ」


 その返事を聞いたメリナは少し沈黙してから、ああ、そうだったんですかとつぶやいた。


『使い魔を通じて、お二人の位置を把握しました。順調なのはいいのですが……意外と遠くにいるんですね』


「結構寄り道してたからね。ところで、そっちに何かあったの? 緊急事態?」


 メリナの口ぶりは落ち着いている。どうも、差し迫った事態という訳ではなさそうだった。


 だったらどうして、わざわざ使い魔をよこしてきたのだろう。ミモザの問いかけに、メリナは一瞬口ごもった。


『緊急……という訳ではないのですが、そろそろ戻ってもらえると助かるというか……』


「ああ、そうなのね。そちらに何かあったんじゃないかって、ちょっと焦ったわ」


『……何かあったといえば、まあ、あるにはあるというか……』


 メリナはやけに歯切れが悪い。どうしたのだろう、とミモザと顔を見合わせたその時、使い魔から別の声が聞こえてきた。


『ジュリエッタ様、ミモザ様! あなたたちが帰ってくるのを、私、首をながあくして待っているの! 待ちきれなくなっちゃったから、こうしてメリナにお願いしたのよ!』


 それはまぎれもなく、バルバラの声だった。どうやらメリナが言うところの『何かあった』には、バルバラが一枚噛んでいるらしい。


 なるほど、メリナが微妙な態度を取る訳だ。緊急事態ではないけれど、放っておくこともできない。そんな状況なのだろう。というか大騒ぎするバルバラを放っておくことなど、誰にもできない気がする。


「分かったわ。ここからは寄り道せずに、まっすぐ帰るから」


「馬車にいっぱいお土産を買ったから、楽しみにしててよ」


『そうしてもらえると助かります。……バルバラがちょっと、いえかなり、暴走しているので……どうしてもお二人に連絡を取れと、うるさかったんです』


 内緒話のような小さな声を最後に、メリナの声が止む。


 すると使い魔がごく普通の小鳥のようにぴいと一声鳴き、馬車の中に飛び込んでいった。荷物の上に止まって、そのまま眠り始める。待機しているらしい。


「バルバラが私たちに用って、何かしらね。それも、待ち切れなくなるほどの用なんて」


「彼女のことだから、間違いなく服に関係してるんだろうけど……」


「まあ、少なくとも国の危機とかそういうのじゃないでしょうから、ひとまず安心ね。……本当に安心していられるか、ちょっと怪しいのだけれど」


「もしかして、彼女が前に言っていた『お礼』と関係があるのかな?」


 ミモザはそう言って、小声で笑った。川風に吹き上げられた彼の白い髪が、絹糸のようにつややかに輝いている。


「かもしれないわね。でもそれだけにしては、バルバラがはしゃぎすぎていたような……」


「やっぱり、何か一騒動ありそうだね」


「まあ、覚悟だけしておきましょう」


 と、川イルカたちの上機嫌な鳴き声が、舟の前のほうからたくさん聞こえてきた。そちらに目をやると、船着き場が見えていた。


 最初に私たちがやってきた時とは打って変わって、そこにはたくさんの人と川船、それに川イルカたちがひしめいていた。見ているだけで心温まる、にぎやかな風景だ。


「……ちょっぴり、誇らしい気分だね」


 私たちのちょっとしたおせっかいの結果、このにぎわいが戻ってきた。そのことを噛みしめながら、ミモザに笑いかけた。




 そうして川を渡り終えた私たちは、そのまままっすぐ王都を目指し始めた。北東へ向かって、街道をどんどん進んでいく。


「ここから王都くらいまでの距離なら、僕が透明になって飛ぶこともできるかもしれないけど……馬たちがおびえそうだから、止めておこうか。暴れる馬を二頭も抱えて飛ぶのって、難しそうだし」


「確かにね。それに差し迫った状況でもなさそうだから、そこまで焦る必要はないんじゃない? 寄り道しなければいいだけの話だし、また道中酒盛りでもしようかしら」


『緊急事態ではありませんが、大至急ですから……』


 私たちのお喋りに、メリナの使い魔が割り込んでくる。川の上で私たちと合流してから、この使い魔はずっと馬車に乗ってついてきていたのだ。普段は荷物の上で眠っていて、話す時だけこうやって起きてくる。


 私の手の上に止まった小鳥に、ずっと気になっていたことを尋ねてみる。


「ねえメリナ、そっちでバルバラが何かしているということだけは分かったわ。それで、具体的にはどうなっているの?」


『それは内緒です。バルバラに口止めされているので……危険はないので、早く戻ってきてください。お願いします』


 メリナは周囲をはばかっているのか、明らかに声をひそめている。ミモザが手綱を取ったまま、こちらに身を乗り出してきた。


「そこを何とか、ちょっとだけ教えてもらえないかなあ?」


『駄目です。うっかり喋ったことがばれてしまったら、私はしばらく彼女の着せ替え人形にされてしまいます』


 そう答えるメリナの声は、使い魔越しでも分かるほどはっきりと震えていた。


『それでなくても最近忙しいんですから、この上バルバラに振り回されたくはありません。彼女、その気になったら聞く耳を持ちませんし』


「着せ替え人形、悪くないと思うわよ。あなたは可愛らしいんだし、たまには魔術師の制服以外の服もいいんじゃない? ……シーシェもきっと驚くわよ」


『なんでそこでシーシェが出てくるんですか!』


 ちょっとだけからかってやると、案の定メリナはむきになって言い返してきた。ばればれの恋心が、何とも初々しい。ミモザと二人、声に出さずに笑い合う。


『呼んだか?』


 まさにその時、話題の人の声がひょっこりと聞こえてきた。続いて、メリナの叫び声も。


『なんで突然出てくるのよ馬鹿シーシェ! ノックぐらいしなさいよ!』


『したぞ。返事がなかったが、お前の声がするから中にいるんだろうと思って開けた。一応扉を開ける前に一言断ったんだが……聞こえてなかったか?』


『聞いてない! 知らない!』


 青い小鳥が、男女二人の微笑ましい会話を器用にさえずる。そして前に目を向けると、そこには仲良く走る二頭の馬。


「……平和ねえ」


「そうだね」


 遠くに、王都が小さく見え始めていた。もうすっかりなじみになってしまった王宮の屋根が、さわやかな日差しにきらきらと輝いていた。

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