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120.肩の荷も下りたので

 海で一通り遊んだ後、私たちはその浜辺で一泊し、またのんびりと王都を目指していた。


「川イルカたちを助けて、川を直して、村で薬師として働いて、あの崖に行って前世の感傷にけりをつけて……さすがにちょっと、働きすぎたわ」


 御者席に二人並んで座り、大きく伸びをする。その拍子に、あくびが漏れた。


 波の音を聞きながらの野宿は初めてだったということもあって、昨夜はつい夜更かししてしまったのだ。隣のミモザも、さっきから時々小さくあくびをしていた。


「お疲れ様。王都に戻ったらゆっくり……できそうにないかもって思ったのは僕だけかな?」


「いいえ、私もよ。どうも王都、というか王宮って、いつも何かしら騒ぎが起きているような気がするのよね」


「僕たちが忍び込んで、魔術師たちが大騒ぎして……」


「この間はバルバラにつかまってしまったし……」


「そう言えば彼女、そのうちお礼をするとか言ってたけど、どうなるのかな」


「どんなお礼が来るのか、ちょっと心配なのよね」


「バルバラだからね……」


 そうして二人、同時に口をつぐむ。


 バルバラがお礼の何かを手に、私たちを今か今かと待ち構えているような、そんな幻が脳裏をよぎってしまっていたのだ。表情からすると、たぶんミモザも似たようなことを考えている。


「……ゆっくり帰りましょうか」


「賛成」


 ミモザに手綱を任せて馬車の中に入り、魚の干物と酒瓶をつかんで御者席に戻ってくる。


 これらは南西の街やエッセ村で、王都のみんなのおみやげにしようと思ってせっせと買い込んだものの一部だ。山ほど買ったから、途中でつまみ食いしても大丈夫だ。


「ひとまず、おやつにしましょう」


「そうだね、おみやげにしてもちょっと買いすぎちゃったし、馬のためにも少し荷物を減らさないとね」


「でも、どうせなら南西の街でも買い物がしたいのよね。まだ馬車に余裕はあるし。……この馬車、もう一頭馬をつなげるようになっているから、南西の街で馬も買ってしまおうかしら」


「それもいいんじゃない? ね、それより早く、そのお酒を開けてよ。こないだ飲んだおいしいやつだよね、それ」


「ええ、今開けるからちょっとだけ待ってて」


 そうして、私たちはおやつの時間、もとい酒盛りを始めることにした。それも、真っ昼間から。しかも、馬車の御者席で。


 ミモザは恐ろしいくらいお酒に強いので、少々、いやかなり飲んだところで手綱さばきを誤るようなことはない。それもあって、私たちはあっという間に盛り上がってしまっていた。


「ああもう、最高の気分! 気持ちのいい青空、さわやかな風、お酒はおいしいし!」


 酒杯を掲げて叫ぶ私に、ミモザが苦笑しながら問いかける。


「ジュリエッタ、もう酔ってるの?」


「だってえ、やっとすっきりさっぱりしたんですもの。ヴィートも、カルロも、これで全部過去の男! これからはあなたと二人、心置きなく楽しく生きていけるわ」


 南西の街で買い込んだ、きりりと鋭い飲み口の地酒をあおってにっこり微笑み、それからあわてて言葉を継ぎ足す。


「あっ、でも今までだって、あいつらにこだわっていた訳じゃないのよ。ただ時々思い出しちゃってたっていうか、ちょっぴり引っかかってたっていうか、それだけだから、ね?」


「うんうん、僕にはちゃんと分かってるよ。ところで、そっちの干物が欲しいな」


 ミモザは子供をあやすような口調で苦笑しながら、私の横に置かれた袋に目をやった。


 その中には、エッセ村で分けてもらった干物が入っている。小魚を海水に漬けてから一晩干しただけのものだ。しかし実は、これが絶品なのだ。


 この小魚はたくさん捕れないし、さっと干しただけなので日持ちもしない。そんなこともあって、この干物はよそには売り出さず、村の中だけで分け合っているのだ。前世の私は、これが大好物だった。


 そして今回、私は薬師として村の人たちを治しまくった。そのお礼の意味も込めて、村の人たちはこの貴重な干物を特別に譲ってくれたのだ。


 干物を一枚手に取り、火の魔法で軽くあぶる。思わずよだれが出そうな、香ばしい匂いが辺りに立ち込めた。


 それをミモザに渡し、同じようにしてもう一枚あぶる。熱々のそれにかぶりついて、すぐに地酒で流し込む。


 正直言って中年男性のような、というか結構はしたないふるまいだとは思うけれど、ミモザ以外誰も見ていないし、ミモザはこの程度で幻滅したりはしない。


「ああ……おいしい。やっぱりこの干物、お酒によく合うわね。前世ではお酒は贅沢品だったから、めったに飲めなかったのよね。令嬢として暮らしてた頃も、行儀やらなんやらのせいでたしなむ程度にしか飲めなかったし」


「うん、おいしいね。確かにこれはお酒が進むなあ」


 ミモザもにこにこしながら地酒を口にしている。もちろん、器用に手綱を握ったまま。


「でもジュリエッタ、飲みすぎないようにね? ついこないだ、宿場町で地元のおじさんたちと飲み明かしたばかりでしょう? また二日酔いになっても知らないよ」


「大丈夫よ。もう二日酔いの薬を調合してあるから」


 苦笑しているミモザにそう答えた時、ふとあることに気がついた。


「……ねえ、あなたがくれる竜の秘薬って、病気ならなんでもはねのけるのよね?」


 それはあまりにも唐突な問いだったけれど、彼は驚くことも動じることもなく、ただにっこりと笑って大きくうなずいた。


「うん。どういう仕組みなのか僕も知らないけどね。僕たち竜は、基本的には他の生き物とつがいになるからね。寿命の短い伴侶と共に生きていくために、あの秘薬があるんだと思う」


「……でも二日酔いって、竜の秘薬では防げないのね……頭は痛くなるし吐き気はするし、下手な病気よりしんどいのに……」


「あ、ほんとだ」


 自分はめったなことでは二日酔いにならないミモザは、金色の目を真ん丸にしている。


「本格的な病気じゃないし、放っておけば必ず治るからかな? うわあ、今の今まで気づかなかった。だとすると、弱めの毒なんかも効いちゃうのかも」


「……辺境の小屋にいた頃は家事があるからお酒はほどほどにしていたし、旅先でたまに羽目を外しても、ここまで飲むことはめったになかったから、中々気づけなかったわね」


「だね。それに王都にいると、どうしてもヴィットーリオたちの教育に良くなさそうだなって思って、ついついお酒は控えちゃうし」


「やっぱり王都暮らしは、私たちにはあんまり向いていないみたいのかもね。そこを離れて自由になったとたん、うかれて二日酔いになるなんて。知らず知らずのうちに、我慢していたのかもしれないわ」


「あの子たちのことは可愛いんだけどね。それとこれとは、別みたいだ」


「人付き合いのない時間が長かったから、仕方ないわよ。私の両親が亡くなってからはずっと、人と深く関わらないようにしてきたし」


「……人間たちとずっと一緒にいたら、嫌でも時間の流れを感じてしまうからね」


「そうね。ヴィットーリオもレオナルドも、あっという間に私の背を越すわ。気がついたらお嫁さんをもらって、そして子供が生まれて……」


「ちょっとだけ、寂しいね」


 それっきり、沈黙が流れる。馬車のがたがたという車輪の音と、どこかから聞こえる小鳥の声だけを聞きながら、私たちは黙って御者席に並んで座っていた。


「あのね」


 ふいに、ミモザがぽつりとつぶやいた。


「たぶん、夏の終わりまでには、透明化の魔法を使いこなせるようになると思うんだ。そうしたら、また旅に出ない? 今度は、僕の翼で。辺境に戻ってもいいし、この際だからもっと別のところに遊びにいってもいいし」


「……そうね、そうしましょうか」


 どちらからともなく、優しい笑みが浮かぶ。


 それから話題は、旅のことになっていった。どこに行こうか、何をしようか。そんなことを和やかに話し合いながら、私たちは馬車を走らせていた。

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