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108.百年越しのわだかまり

 ファビオにとっては災難だっただろうお茶会が開かれた日の夜、私とミモザは王都の外の小屋で、昼間のことをのんびりと語り合っていた。


「考えてみたら、ちゃんとしたお茶会なんて百年くらい出た覚えがなかったわ」


「僕は生まれて初めてだね。ヴィットーリオたちとはしょっちゅうお茶を飲んでるけど」


「それにしてもバルバラはさすがね。思ったよりもずっと素敵な服を用意してくれたわ」


「うん。ちょっと変わったつくりの服だったけど、意外と着心地も悪くなかったし」


 私たちの話題からは、見事なくらいにファビオのことがすっぽ抜けていた。そもそもあのお茶会は、彼のために開かれたものだというのに。


 ファビオを見ているうちにうっかり前世のことを思い出してしまった私と、そんな私を気遣ってくれているミモザ。


 そんな私たちのどことなく上滑りした会話は、しばらくの間続いていた。しかしやがて、ミモザがぽつりとつぶやく。


「……やっぱり、気になってるんだよね。前世でのこと」


「そう、ね。どうしても、ちょっとだけね。あれからどうなったのかとか、つい考えてしまって」


 加工の魔法で作り上げた、少々変わった形の机に頬杖をついて、ゆっくりとため息をつく。今の私はとても幸せだ。前世で私を捨てた男のことなんて、思い出すだけ時間の無駄だ。


 そう自分に言い聞かせて、また他愛のない話に戻ろうとする。その時、ミモザが思いもよらないことを口にした。


「だったら、ちょっと調べてみない? 宙ぶらりんでほったらかしにしてるから、余計に気になっちゃうんだよ。きっと」


「調べて、って、いったい何を?」


「前世のその最低男がどうなったか、とかかな。ほら、ヴィートのことに踏ん切りがついたのも、晩年に彼と会えたからだと思うし」


「あの男とはもう会えないけれど、記憶をたどり、その後のことを知ることで気持ちに区切りがつくかもしれない。あなたはそう言いたいのね」


 やはり頬杖をついたままそう尋ねると、ミモザは大きくうなずいた。小さくため息をついて、記憶を掘り起こしてみる。


「でも、調べるって言っても、前世のことはさすがに記憶があいまいなのよね」


 今の私が生まれたのが百年以上前、だから前世の私が生きていたのはもっと前だ。あまりにも昔のことだからか、それとも一度死んだからか、記憶はうすぼんやりとしている。


「前世の私とあの男が生まれたのは、海の近くの小さな村だったわ。一応、この国のどこかではあったみたいだけど。あと、割と暑かったわね」


「この国の中で、暑くて、海の近く……とすると、もっと南のほうかな。最低男については、もう少し何か覚えていないの?」


「……名前は、カルロ。豪商の家の娘に見初められて、そこの入り婿になることを決めたの。村の近くにある大きな街で暮らすことになるんだって聞いたような……」


 自然と、口が重くなる。そうやってあの男について話しているうちに、当時の感情まで思い出してしまいそうで。


「……あのさ、もしかしたら、って思ってるんだけど」


 ミモザが私の顔色をうかがいながら、おそるおそる口を開く。


「ファビオがそのカルロの子孫ってことは……あってもおかしくないなって、そう思うんだけど」


 以前、魔術師たちの砦を目指す旅の中でファビオに教えてもらった、彼の生い立ち。それについては当然ミモザにも話してある。ファビオの家は元々豪商で、金で爵位を買ったのだと。


「カルロは豪商の家に婿入りした。ファビオの家は元々豪商だった。一応つながるわね。ものすごく細い線だけれど」


「だから、その筋を当たってみない? 彼のご先祖をどんどんたどっていくんだよ」


「……あんまり楽しそうな作業じゃないわね」


「でも、あなたのわだかまりが解消する可能性が少しでもあるのなら、僕としてはぜひともやりたいな。当たりならそれはそれでいいし、外れでもじっと悩んでいるよりはいいんじゃない?」


 そう言って、ミモザは大きな笑みを浮かべる。


「時間ならたっぷりあるんだし、たまにはのんびり調べものっていうのも悪くはないと思うな」


 ミモザはすっかり乗り気だ。私が思い悩んでいるのが気になるのか、それとも前世のあの男に妬いているのか。最低男の分際で、いつまでもジュリエッタの心の中に居座らないでよ。そう言いたげな笑顔だった。


「……そうね。だったら、明日にでもファビオに尋ねてみましょうか」


「うん!」


 私の返答に、ミモザも満足げに大きくうなずいた。それから窓の外を見て、またこちらに笑いかけてくる。


「じゃあ、今日はそろそろ休もうか。慣れないお茶会でちょっと疲れたでしょう? ……最低男、見つかるといいなあ」


 そう言って伸びをするミモザに気づかれないように、こっそりと苦笑を飲み込んだ。




 次の日の朝一番に、私とミモザはファビオの執務室に乗り込んでいた。


「ずいぶんとお早いのですね、お二人とも。私はこれから仕事があるのですが……」


 昨日お茶会に呼ばれていたせいで仕事が滞っていたのだろう、彼の執務机の上に積み上げられた書類の山はいつもより高かった。


「大丈夫よ、ちょっと聞きたいことがあるだけだから」


 手短にそう言うと、ファビオは警戒しながらも小さくうなずいている。


 初対面からこっち、彼のことを色々と振り回してきた自覚はある。でも、そこまで警戒しなくてもいいと思う。……昨日のお茶会で彼が令嬢たちに囲まれた件については、まだ私が関わっているとはばれていないと思うし。


 そんなことを考えながら、単刀直入に尋ねる。


「あなたの先祖に、カルロという男はいなかったかしら?」


「……どうしてまた、そのようなことを」


 ファビオはぎゅっと眉間にしわを寄せた。昨日集まっていた令嬢の半分くらいは逃げてしまいそうなくらいに凶悪な表情だ。


「ちょっと気になったのよ。百年くらい……いえ、もっと前の話なんだけど」


 私がさらりと口にしたそんな言葉に、ファビオは露骨に肩をすくめた。ちょっぴりあきれられているような気もする。


「さすがにそこまで昔のことは知りませんよ。それにその頃は、私の家はまだ地方の豪商に過ぎませんし」


 そう言っていたファビオが、ふと視線を宙にさまよわせる。何かに気づいたような、そんな顔だ。


「……ああ、でもあの街になら、記録が残っているかもしれませんね」


「それって、どこなのかな?」


 すかさずミモザが口を挟む。ちょっと前のめりだ。その勢いに押されたように、ファビオは一つの街の名前を口にした。


「ここから南西にしばらく行ったところにある、海の近くの大きな街です。そこに、かつて豪商だった頃の我が家の屋敷が残っているのです。今は、商売を継いだ分家筋が、その屋敷を管理しています」


 王都から南西。海の近く。今のところ、カルロとファビオをつないでいるかもしれない糸はまだ切れていない。むしろ、太くなったかもしれない。


「王都から南西……そっちのほうに遊びにいったことはないかな。辺境から遠いし、暑そうだし。その街、どんなところなのかな?」


「あいにくと私は王都生まれの王都育ちなので、その地に足を踏み入れたことはありません。ただ、とても栄えている街だということは確かです」


 そうして彼は地図を取り出し、その街の場所を教えてくれた。


 王都と太い街道でつながっているそこは、確かに他の街よりもずっと大きかった。私たちがひいきにしている東の街にはかなわないけれど。


「私たちがそこに行って、あなたの家の家系図を見ることは可能かしら?」


「特に秘密ということもないので、可能ではありますが……いったい何のために、そのようなことを?」


 話についていけていないらしく、ファビオの眉間のしわがぐっと深くなった。


 それもそうか。私たちはしょっちゅうおかしな行動をとっているとはいえ、やってくるなり『先祖の家系図を見せろ』なんて言われた日には、さすがにどういうことだと問いたくもなるだろう。


「そうね。昔、ちょっと色々あって。もしかしたらそのことに、あなたの先祖が関係しているのかもしれないのよね。それで気になってしまって」


「まったく関係ない可能性のほうが高いんだけど、せっかくだから調べておきたいんだ。外れなら外れで、すっきりするし」


「……『ちょっと色々』が百年以上前の話、ですか。相変わらず、途方もない話ですね。まあいいでしょう」


 呆然としながらも、ファビオは取り出した紙にさらさらと何事か書きつけている。手早く封をして、こちらに差し出してきた。


「これを屋敷の者に見せてください。貴女がたの調べものに協力するように、そう命じておきました」


「ありがとう、ファビオ」


 封書を受け取って礼を言う。ファビオは照れ隠しなのか大急ぎでうつむき、手にした書類に視線を向けてしまった。


 女性慣れしていないのは相変わらずだ。昨日あれだけ女性たちにもまれたのだし、少しは慣れたかと思っていたのだけれど。


 こっそりとそんなことを考えながら、ミモザをうながして部屋の出口に向かう。


「いつまでもあなたの仕事を邪魔するのも悪いし、そろそろ失礼するわね」


 扉を閉めようとした時、ふと思いついたことを口にしてみた。


「……ああそうだわ、昨日のお茶会はどうだった?」


 ファビオは何も言わなかったけれど、黒髪の間にちらりとのぞく耳はほんのりと赤みを帯びていた。

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