胡瓜の怪 ~2日の呪いと冷蔵庫~
「あっつ~~ぅ!」
もう7月も下旬。
夏真っ盛りとなった暑苦しい夜に私は冷蔵庫を漁っていた。
「作るのも食べるのもダルいな~。今日の夕飯、何にしようか……。」
ハム、卵、紅生姜……。
それに――。
「確か……あったあった! 今夜はツルッとサッパリ冷し中華だな。あとはこれに欠かせない胡瓜が……。」
そこで私の手はピタリと止まった。
わずか2日前、タレ付き冷し中華用の麺と共に広告の品と銘打って売られていたので買った胡瓜がおかしいのだ。
本来であればポリっとまだ新鮮であるはずなのに――持ち上げようにもぬるりと手から滑る。
「おっかしいな~ぁ。」
気が付かなかっただけで、売られていた時点で既に腐りでもしていたのだろうか……。
私は仕方がないなと胡瓜を諦め、この日は乾物のストックの中から乾燥ワカメを取り出して代用することにしたのだった。
しかしこの妙な出来事はこの時で終わりではなかった。
というのも夏にはよく安売りもしていたし、胡瓜は私の好物でもあったのでよく買っていた。
だからこそ今度はと、買う時に前よりも慎重にチェックをして買うようになったのに――。
「えぇぇぇ~! またぁ!?」
冷蔵庫に入れた胡瓜は必ず、判で押したかのようにキッチリと2日経った頃には腐るという、奇妙な出来事が続いた。
同じ日に買い物をし、同じように冷蔵庫の中にしまったトマトや肉は何ともないのに……。
もしや置き場所が悪いのかと、冷蔵庫の中の置く場所だって何度も変えたのに……。
思い付く限り色々と試してはみたが何も原因は解らず、胡瓜だけが腐っていくことが何度も繰り返される。
そんなこんなで胡瓜事変に頭を悩ませ続けていたある夜、寝苦しさから夜中に目を覚ます。
そして喉が渇いたなとごく自然に冷たい飲み物を欲し、冷蔵庫へと向かった。
目を覚ますことがあったとしても、普段なら夜中になんて冷蔵庫を開けようとまでは思わないはずのに……。
虫の知らせだったのかなんなのか、私は冷蔵庫の扉を開けた。
ヒヤリと中にこもった冷気が外へと流れ、火照った肌を刺激する。
ドアポケットから作り置きしておいた麦茶のボトルを取り出し、コップへと注ぐ。
麦茶を飲みながらチラリと壁掛け時計を見やると夜中の2時を過ぎたところで……。
「丑三つ時か……やな時間に目が覚めちゃったな――。」
私は空になったコップを流しへと置き、もう残り少なくなった麦茶のボトルを冷蔵庫にしまおうと再び冷蔵庫の扉を開けた。
――と、今度は何故か生ぬるいような見えない何かが冷蔵庫の中から私を襲ってきた。
「ィヤッ!!」
冷蔵庫から発せられたとは思えないその異様な何かに私はたじろぎ、後ろにあった流し台へとぶつかって思わず持っていた麦茶のボトルを下へと落としてしまった。
落とした衝撃でボトルの蓋が空き、床はこぼれた麦茶でビチャビチャになり、空になったボトルがカラカラと音を立てて回っていた。
背後からは正体の分からないものからの声とも呼べない程にかすかな囁きが、何度手で振り払おうとも気味が悪く耳にまとわりついてくる。
「――胡瓜……胡瓜……。どこ……? ねぇ……どこ……?」