恋人を狂わせる甘い夢
ふわふわと。頬を撫でる風が心地よくて私はゴロンと寝転がる。
温かい日差しに自然と笑みがこぼれる。
「ん~~。温かい……」
こんなに暖かくて心地が良くて、何もかもが良い気分。少し目を開けると見覚えのある天井と、甘い甘い香り。
あぁ、ここは自分の家なんだと今更ながらに思う。ダメだ、温かいだけでなく甘い香りもしてくると思考が……考えるなって、言われているような気がする。
いいやと思い考えを放棄。
またもゴロンゴロンと床を転がる様にして、もっと温かい場所……。庭に繋がる方へと転がる。こんなに温かいんだもの。もっと味わっても、バチは……あたら、な……。
「こらこら。そのままベランダまでに落ちる気なの?」
「んみゃ……?」
ポン、と頭に手を置かれついでとばかりに誰かの膝の上へと導かれる。
うぅ、誰だ。安眠の邪魔をするのは……。
私はまるで親の仇でも見る様な目で見上げるんだけど、彼――私のご主人様である熊谷 聡――はそんな私を見ても変わらずの笑顔。
「温かい所が好きなのは良いんだけど、移動が面倒だからって転がるのはどうなの」
「みゃ……」
うるさいって意味で尻尾でペチンとご主人様の手を叩く。
むしろ邪魔をしたんだから、これくらいで勘弁してやってもいいんだぞ? 私は不機嫌なんだ。安眠を邪魔をしたんだから、敵とみなす!!!
寝かせろ~~。
撫でるな。優しくするな。
ぺし、ぺし。ペチン、ペチン。
尻尾を使い、時には自分の手を使って全力の抗議。だけど、そんな攻撃をしても彼は嬉しそうだ。
なんだ、お前。叩かれるのはそんなにいいのか? え、そんな抗議も可愛いだって。
ふ、ふんっ!!!
相変わらず変なことを言う奴だな。そう思ってプイッとご主人様とは違う方を向け太陽を見つめる。なのだが、ずっと生ぬるい視線を当てられている気がする。
くっ、顔を見なくても分かるぞ。絶対、ニコニコで幸せそうな顔してるぞっ。おかしい。こっちは不機嫌なのに、何をどう見たらそんなに嬉しそうできる。
……やっぱり、おかしなご主人様だな!!!
そう思った私は、尻尾で攻撃した。モフモフとかいうなっ。耳を触るなぁ!!!
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「……はれ?」
いつもの天井。温かい日差しを浴びてる……いつもの、風景????
(……尻尾? 耳?)
なんだか不思議な夢を見たような、見ていないような……。
まだ寝ぼけている私は、机の上に置いてあった手鏡を取る。うん。尻尾なんてないし、獣耳もないね。
うんうん。普通ないよね。ないない。……良かったぁ。
「あ、やっと起きた。もう、日向ぼっこが好きなのは良いけどあんまりやり過ぎると肌が焼けるよ。良いの、顔の半分だけ焼けたとか変になるけど」
「そんなのいやだああああっ!!!」
「ぐあっ……」
呆れ顔で顔を覗き込んできたのは、隣人で幼馴染み。完璧な彼氏の熊谷 聡。私には勿体ない位に、ほんっとうに勿体ない位のいい男。
だけど、日焼けをすると言われて慌てて飛び上がる。
顔が半分だけ焼けるとか、そんな嫌な焼き方があってたまるか。夏じゃないんだよ。まだ冬だよ?
友達に説明するのが恥ずかしすぎるっ。
そ、そう言えば冬も油断していると日焼けしちゃうんだよね。夏は当たり前のように対策してるけど、冬だとそんなに対策なんてしない。
ヤダヤダ。
夏だろうが冬だろうが、日焼けはしたくない。お肌の天敵。さ、聡に嫌われるのは……やだ。絶対に嫌だ!!!
「ちょっ、急に起き上がらないでよ……」
鼻を抑え、なんならちょっと涙目な聡が文句を言う。
うっ、ごめん。自分の過ちに気付いたら、段々と感じなかった痛みが……。遅れて痛みがぁ……。
「もう。温かい所が好きなんて猫みたいな真似をして……。それよりも、凄く幸せそうな顔して寝てたけど良い夢でも見てたの?」
呆れつつも、しっかりと私の寝顔を見ていたであろう彼氏が聞く。
……今思うと凄く恥ずかしい場面を見られてた?
いやぁ、でも今更だし。自分の家だから別にゴロゴロしてても平気だし。小学校の頃から、もしくは知り合った当初からお互いの家を行き来してるから……恥ずかしいもなにもないか。
「なーに、考えてるの? 好きなアイドルの夢でも見てたの?」
そう言いながら、プニプニと私の頬をつつく。
ええい止めろ。そう思って手を振り払っても、しつこく追って来る。片側だけだったのに今度は両方から攻められる。
……理不尽だ。
「そうだよ。すっごくいい気分だったのに。いい夢だったのに」
「……」
ん? 急に反応しなくなった。
プニプニ攻撃もなくなった。えっ、と思っていると聡がすっごく不機嫌だ。
なんだか、怒る時の反応と似ている。
「え、えっと……聡?」
「ふーん。僕よりアイドル優先なんだ……。そうなんだ」
すっと離れてエプロンも外し、帰る支度を始めた。えっ、えっ!!!
引き止めたくて思い切り抱き着く。勢い余って倒れたけど、そんなのは気にしてたらダメ。
絶対にダメだ。
「いっ……!!!」
「何で帰るの!!! いい夢だったけど、聡よりもカッコいい人なんていないし」
そうだよ。
美味しいおやつは作ってくれるし、こんなにズボラなのに彼女として失格だと思ってる。でも、自分を偽ってまで可愛く見せようとは思えないしっ。
最近になって聡の事を好きだって自覚したけど、今までの関係を崩せるとは思えないし。
それより料理も作れて、完全に私の好みの把握されてて何が弱点かなんて……分かり切っている聡に勝てる訳ないし。勉強だって運動だって……私よりも全然上で……。
ダメだ。考えれば考える程、自分で墓穴掘ってる気がするし。
「聡よりもカッコいい人なんてこの世に居ないし!!!」
引き止めたくてぎゅって抱きしめてたら「あらまぁ」とか第三者の声が……。
多分、怖い顔をして睨んだ私。それにも臆さずに笑いながら受け止めているのは――母親だ。
あとなんかショックを受けてるお父さんが見えるっ。
「ふふ、珍しく早く帰ってくるからとお父さんと買い物したんだけど……お邪魔だったわね」
「な、なっ、なっ……」
「あぁ、聡君。私達の事は気にしないで良いからね。それよりまた星夜におやつを作ってたの? 私より甘やかしてない?」
「美味しそうに食べてる姿を見るのが好きですし。……それに、なにをおいても一番だって言葉も聞いたので」
あ、あれ??
いつの間にかお姫様抱っこされてるし、ソファーに移動されてるし。私が訳が分からないって顔をしてお母さんに助けを求めた。
普通に無視されたけどっ……酷い。お父さんなんか、見て見ぬフリをしたしもっと酷い。
「ねぇ、星夜。僕の事好きなんでしょ?」
「う、うん」
「自分が好きなアイドルよりも?」
「す、好きだよ……」
「学校だと全然甘えて来ないけど、帰る時とか甘えるもんね。こうしてお互いの家を行き来してると、甘えん坊で……でも、外じゃあ絶対に見せない。僕にしか見せない隙っていうのかな。誰も知らない、僕だけが知ってる星夜ってすっごく可愛いんですよ」
あ、あ、甘いっ……!!!
なんですか、誰ですかこの人っ。何で急にこ、こここ、こんな事を……。
真っ赤になっている私の反応が面白いのだろう。聡がずっと頭を撫でたり、頬をくすぐったりしてくるっ。
さっきまでの不機嫌さが無くなったのは良いけど、こっちの心臓がもたないっ!!!
ごめんなさい。アイドルが良いとかもう言わないっ。だからこんな激甘な対応はしないで欲しい。
そう思って睨んだ。睨んだ筈だ……でも、なんでか聡は笑顔だ。
「そういう可愛い顔してるの、反則」
そう言ってごく自然にキスされた。
待って待って。両親の前だし……。お母さん、きゃーーとか言いながら手で顔を隠すけど、ガッツリ見ましたよね? お父さんも恥ずかしそうに顔を逸らさないで。余計に恥ずかしいからーー!!
「ごめんごめん。夢に嫉妬したのは謝るから……。大好きなホットケーキだよ」
「……」
綺麗に切り分けられたホットケーキ。
お店のも美味しいし、聡に教えて貰った喫茶店のも好きだ。でも、やっぱり一番は聡の手作りで……。だけど許さない。
両親の前にキスするなんて!!!
聡の機嫌を直すのに、なんか自分で墓穴を掘ったしなんか甘い対応をされたし……。めちゃくちゃ恥ずかしい思いをした。でも、甘い匂いには……誘惑には勝てなくて。
「美味しい……」
「良かった。はい、あーん」
「あーん」
この味だ。うんうん。この安心する味、安定した甘さに思わずニヤける。
黙々と食べさせて貰っていると、お母さんが甘えん坊な猫だって。
「星夜が猫なら、最後まで面倒みないとね♪」
終始、嬉しそうにしていた聡に文句を言いたいが……おやつに負けた。結局、夢に嫉妬したというけどある意味では正夢のような感じだ。嘘をついて良かったと思う。本当のことをいったら、口を滑らしたらどんな対応をされるのは分かったものではない。
ちなみに、私達のやり取りを見たお父さんは「走ってくる」と言って仕事から帰って来たのにすぐに出て行った。
お母さんに聞いたら、お父さんは恥ずかしい思いをしたら落ち着かせる為に走り込みをしてくるんだって。
……お父さんが元陸上部って、そういう理由だったの?