第34話 なんや問答
「またやられた……完っ全に油断してた……」
「んあ? どうしたの?」
グリムナの言葉にフィーも目を覚まし、眼をこすりながら彼に尋ねた。
「フィー、お前なんで全裸なんだよ……」
「寝る時は全裸派なのよ私……それはそれとして、ヒッテちゃんは? もう起きてなんか仕事でもしてるの?」
グリムナはベッドから下りて辺りを見回す。金目の物は何もなかった。それだけではない、今回は前回に無かった問題が一つある。
「フィー、お前の着替えがないぞ」
「あら? 本当だ。グリムナが盗むはずないし……ヒッテちゃんが洗濯でもしてくれてるのかしら?」
なぜ自分が盗まないと思ったのか、グリムナはフィーに問いただそうかとも思ったが、どうせホモ呼ばわりされるだけなのが目に見えているのでやめた。それよりも問題はこの状態である。2週間余り前、ヒッテを仲間に入れた日にも同じことがあった。
まあ、要はヒッテに荷物を持ち逃げされたのだ。「またやりやがったな……」と呟いてグリムナはドアのところまで歩いていくと、フィーがそれを呼び止めた。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ? 私の着替えは? どういう事態なの? これ?」
「ヒッテに荷物を全部持ち逃げされたんだよ。すぐ行って探してくる」
そう言ってグリムナはドアの外に出て行き、部屋には全裸のフィーだけがポツンと残された。
「まあ、あれだな……私の裸にも一切反応しなかったし、間違いないな」
何かを確信したようである。
「くそっ、一体どこに……」
宿の親父に声をかけてからすぐにグリムナは外に出た。親父の言うことにはヒッテが外に出てからそう時間はたっていないそうである。それなら、前回の反省から彼女が質屋に直接向かわない、例えば一時的にどこかに荷物を隠す、としても、すぐに追えば町から出る前に捕まえられるのではないか、そう思って走って宿から出たのだが……
「うお!?」
グリムナはすぐに宿の門の内側に身を隠した。ヒッテがいたからである。いや、正確に言うとヒッテとともにもう一人、見知った顔があったからである。
「ヴァローク……なんであいつがここに……」
そう、宿の外にはヒッテとともにヴァロークがいたのだ。より正確に言うとヒッテがヴァロークにつかまっていた。彼は確かピアレスト王国のアンキリキリウムの町にいたはずである。なのになぜ町どころか国まで違うこのカルドヤヴィにいるのか、しかしそれはいい。それは今どうでもいいはずなのだ。重要なのは……
重要なのは、グリムナ達の荷物を盗んだヒッテを彼が再び捕まえてくれた、ということである。これはグリムナにとって僥倖な事であるはずなのだが、彼はなぜ隠れてしまったのか?
「怒られたくない……」
そう、怒られたくないのだ。
「怒られたくない怒られたくない怒られたくない怒られたくない……」
グリムナにとって前回小一時間も説教されたことがよほどトラウマになったようだった。成人してから目上の人間にガチ説教されるというのは思った以上に精神にくるものなのである。しかし、グリムナはちらりと門の陰からヒッテ達を見る。
ヒッテがヴァロークに腕をつかまれて説教を受けているところである。主人には奴隷を庇護する義務がある。これは自分が助けに行かねばなるまい、と覚悟した。そもそも今彼女が説教されていること自体全てヒッテが招いた事態ではあるものの。
「………………」
グリムナが宿の門から出てくると、ヴァロークはヒッテへの説教をやめて彼の方に向き直った。しかし無言である。グリムナがさらに申し訳なさそうな表情で目をそらしながら近づいていくと、ゆっくりとヴァロークは口を開いた。
「折檻……してねぇんだってな……」
ああ、それもあった。と、グリムナは思わず天を仰ぐ。前回、ヒッテを捕まえてもらった時にしつけをしろと、悪事を働いたのだから折檻をしろと、口を酸っぱくして言われたのだった。しかしグリムナはそれを無視した。彼には小さい女の子を叩くことなどできなかった。
「いや、その……ハハ……」
「なにがおかしい」
「………………」
「俺は言ったよな? お前に教育する義務があると! で、お前はそれを無視したわけだ。その結果どうだった? 同じことを繰り返してるじゃないか?」
「……はい……」
「俺の言葉が難しかったか? 折檻って言葉の意味知らないのか? なあ、なんで折檻しなかったんだ? 言ってみろよ!」
「いや……い、いけるかな?って……」
「チッ……」
グリムナは18歳、成人してはいるが、大人から見ればまだまだ若造である。それに対してヴァロークは30歳前後である。「最近の若者は……」などと言いはしないものの、ジェネレーションギャップを感じているであろうことはその舌打ちからも見て取れる。
「座れ」
ヴァロークがそう静かに言うと、グリムナとヒッテはその場に胡坐をかいて座った。
「正座!!」
今度はでかい声である。ヒッテが小さく舌打ちしたがヴァロークはそれを無視して続ける。グリムナはともかく、この根性のひん曲がった小娘には何言っても無駄だろうと思っているのだ。
「あんなぁ、自分。俺の話聞ぃとったか?」
ヴァロークが急に訛りだした。
「俺言ぅたよなぁ? 折檻せえって。なんや、自分、アレか? 反抗期か? そないにおっさんの言うこと聞きたないか? なぁ? ヒッテの前にまず自分が教育必要か? なぁ?」
それにグリムナが答えず、黙って座っているだけなのに腹を立てたのか、ヴァロークはドンッと地面を踏み鳴らす。
「なあ!?」
その剣幕に驚いて思わずグリムナが身をすくめるが、何も言わないとさらにヒートアップすると思い、おずおずと口を開く。
「いや、でも……その、折檻とか……体罰とかは最近あかんて……ヴァロークさんの頃とは、時代がちゃいますし……」
「なんやとぉ?」
ヴァロークが切れた。どうやら年寄り扱いされたと憤慨しているようだ。
「……なんやとはなんや?」
グリムナが思わず言い返す。確かにヒッテを捕まえてくれたことには感謝するものの、そもそも奪われたのはグリムナの荷物である。内輪の話なのだからここまで言われる筋合いはない、と思ったのだ。
「なんやぁ!?」
「なんやねん!?」
とうとうグリムナが立ち上がり、二人はガンのつけあいになった。ヒッテは話についていけずおろおろとしている。なんなんやこの会話。
「なんやなんや……」
二人が騒いでいると、何事かと宿の親父が出てきた。
「なんや」
「なんやぁ!」
「なんやってんのん?」
宿の親父はなだめる感じで話しかけてきたが、ヒートアップした二人は止まらない。
「なんやねんコラァ!」
ヴァロークが親父に巻き舌で怒鳴りつける。もはやヴァロークとグリムナは臨戦態勢だったところに温度差のある親父が入ってしまったのだ。
「なんやねんとはなんやぁ!?」
親父もこれには切れてしまった。
「なんやぁ!?」
「なんやーーー!!」
「なんやとぉ!?」
もはや収拾がつかない。その時であった、4人の前に人影が現れ、のんきな調子で声をかけてきた。
「ねぇ~、大声でいつまでやってんのよぉ? わたしの服はあったのぉ?」
4人は固まってしまった。
「あ、ヒッテちゃんもいるじゃん。私の服返してくれない?」
フィーが、全裸で出てきたからである。
大阪人の喧嘩はなんやだけで成立するとかなんとか、そんなのが元ネタ




