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第17話 ヴァローク

「やられた……」


 天を仰いで両手で顔をふさぐグリムナ。それを見ながら爆笑している宿屋の親父。


「あははは……ひ~、笑った笑った。首輪してねぇからおかしいなぁ、とは思ってたんだが、まさか初日にいかれるような大間抜けとはなぁ!」


 グリムナから一部始終を聞いてひとしきり笑い終えると、親父は改めてグリムナに話しかけてきた。


「ま、これも社会勉強って奴でさあ。寝てる間に命まではとられなかったんだ、切り替えていこうぜ、あんちゃん。主人の信用を得て首輪を外させて逃げる、なんて奴隷の常套手段さあ。初日にやられる奴なんて初めて聞いたがな! くふふ……宿の料金を先払いにしといてよかったぜ!」


 まだ笑いを堪えきれない親父をグリムナは横目で見る。人の金だと思って言いたい放題である。それにしても如何ともし難い。金がないから仕事を手伝わせようとして奴隷を買ったらその奴隷に金を全て持ち逃げされた。ついでに言うなら換金できそうな持ち物も全て持っていかれてしまった。完全にゼロからのスタートである。


 しかしグリムナはすぐに考えをまとめ直して、親父に問いかける。


「親父、ヒッテが出て行ったのはどのくらい前だ?」


「ざっと2時間ちょい前ってとこかな? でかい荷物持ってるから外で装備の手入れでもするのかと思ってたんだがなぁ。ヒヒ……」


 親父はまだにやにやと笑っている。人の不幸は蜜の味、である。


 しかし親父の楽しそうな顔を無視してグリムナは考えをまとめる。金についてはそのまま持ち逃げできるであろう。しかし装備はそうはいかない。寝袋や、彼の装備していた具足もあり、重いうえにかさばる。できれば早いうちに売り払いたいはずである。そして売り払おうと思ったらこの町でするしかない。隣の村や町までは子供の足で、それだけのかさばる荷物を持っていくのは厳しいはずだ。


 さらに心理的にこの宿の近くや奴隷商の近くには寄りたくないはず、と考えるとある程度候補は絞られてくる。時間的には質屋は大体昼前くらいには開店するはず。ならばまだ勝機はある。


 そこまで考えをまとめるとグリムナは宿の親父に話しかけて、この町のどこに質屋があるかを尋ね、それを地図に指し示してもらった。




 町はずれにある質屋では店主の老人と、2名の客が何やらすったもんだしていた。


「だから! 私が何売ろうとあんたたちには関係ないでしょうが! 黙って買い取ればいいのよ! そもそもヴァローク! あんたには全く関係ない話でしょう!!」


「いや、儂は別に買い取らせてもらってもいいんだが、この兄さんがなあ……」


 店主が媚びるような卑屈な視線でヴァロークと呼ばれた若い男を見る。


「不法行為を目撃してしまった以上善良な一市民としては捨て置くことは出来んな。親父、あんたも同じだぞ。こんな見るからに金持ってなさそうな奴隷のガキが一人分の装備一式を売り払いに来た、となれば盗品なのは火を見るよりも明らか。それを無視するなら質屋の営業許可を取り上げられることも考えられるが、それでもいいのか?」


「だから! そんなのどっちもあんたには関係ないでしょうが!! ちょっと! 痛いから手を放して! そこのお兄さん! この男が乱暴するの! 助けて!!」


 ヒッテがヴァロークにつかまれている腕を引きはがそうとしながらたまたま店に入ってきた若い男性に助けを求めるが……


「助けて!! この男がひど……あ」


 ヒッテが助けを求めたのは、グリムナであった。


「ああ~、いやあ……ご主人様……そのぅ……」


 ヒッテは助けを求めた姿勢と表情のまま固まってしまった。グリムナは何とも言えない悲しそうな表情をしていた。


「あんた、もしかしてこの奴隷の主人か? しつけはしっかりしておくんだな」


 ヴァロークがそう声をかけると、グリムナは彼に逆に質問した。


「なぜこの子が奴隷だと? 首輪もしていないのに」


「なあに、このガキとは少し知り合いなのさ。それにしても奴隷のしつけくらいしっかりしておくんだな。親が子をしつけるように、主人が奴隷をしつけるのは、『責務』でもある。あんたの荷物を盗んだ奴隷だ。帰ったらしっかりと折檻しろよ!」


 そう言ってグリムナの肩をポンポンと叩くと、ヴァロークと呼ばれた男はもう一度グリムナの耳元でささやいた。


「いいか? 折檻をしろ。必ずだ。あんたは奴隷の主人だ。奴隷を庇護する責任がある。だがこいつは奴隷であると同時にまだクソガキだ。教育が必要なんだ。教育をするのは主人のあんただ。責任から逃げるなよ?」


 ヴァロークはしばらくグリムナの瞳を覗き込むように見ていたが、やがてゆっくりと店の外に消えていった。


(なぜ俺の荷物だと分かったんだ? 何か妙な男だな。)


 しばらくグリムナはヴァロークの後姿を見ていたが、店主とヒッテの視線が自分に送られていることに気づいて、ゆっくりとヒッテに歩み寄っていった。ヒッテの肩に手をかけようとすると、彼女はとっさにビクッと顔を守るようにガードした。殴られると思ったようだ。


「別に折檻するつもりはない。荷物はすべて返してもらえるか?」

「わかり、ました……」

 

 ヒッテの答えを待ってから、今度はグリムナは店主の方に向き直って。カウンターの方に歩み寄っていく。


「すでに買い取ってるものはあるか? もしあったらそれも返してほしい。ヒッテの持っていたものが盗品であることを知った今、あんたは善意の第三者じゃあない」

「いや、ないが……その、いいのか? 嬢ちゃんのこと」


 心配そうに尋ねる店主にグリムナは少し伏し目がちに答える。


「まあ、確かに裏切られた気持ちがして悲しくはあるが、もとはと言えば俺が不用意に首輪を外したことに原因があるんだ。簡単に逃げられる状態にして、逃げたら折檻、なんて俺にはそんなことする資格はない。確かに彼女は犯罪を犯したかもしれないが、俺も同じように奴隷の主人にあるまじき行為をしたんだ。軽率な、無責任な行動だった……」


「いや、そうじゃなくて、あんたがこっち振り向いた瞬間走って逃げてったけどいいのかい?」

「おあああ~~ん!!」


 情けない声を出しながらグリムナは全速力で店の外に走って出た。


「あんたは学習能力ってもんがないのか?」


 店の外に出ると、またもやヒッテがヴァロークに腕をつかまれて捕らえられていた。


 グリムナもヒッテも、同様に学習能力がない。

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