第13話 成敗
こんこん、とドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「すいません、遅くなりまして……」
ゴルコークが入室を促すと、グリムナを先頭にして勇者一行達が彼の執務室に入ってきた。『達』とは、グリムナが改心させた衛兵や牢番達、それに牢屋から解放した無辜の民も含まれるからである。
「貴様ら揃いも揃って……部屋が狭くなるじゃねえか……」
ゴルコークは不満顔である。グリムナの『術』を知らない彼にとってこれほど多くの部下に裏切られることは完全に予想外の事であった。
「それにな! ノックの回数が2回ってのはトイレのノックなんだよ! そんなことも知らないのか! これだから平民は……」
(マナー講師は死ね……)
需要のないところに需要を作るのが真の詐欺師というものである。もはやなんにでも難癖をつけたいゴルコークにグリムナは心の中で毒づく。
「貴様ら分かっているんだろうな? この町で俺に逆らって生きていくってことの意味が!」
語気を強めて凄むゴルコークにラーラマリアが怒りの表情を見せながら、しかし静かに語り掛けた。
「あんたの方こそ分かってんの? この勇者を敵に回して、恥をかかせておいて五体満足でいられるとでも……?」
恥は勝手にかいたのだが。
問答無用で剣を構えたラーラマリアが一気に執務机に座っていたゴルコークに切りかかったが、後ろに立っていた男がそれを剣で受けた。ラーラマリアはそのまま数発の斬撃を放ったが、全て剣で受けられ、その男は机を飛び越えてラーラマリアに蹴りを放ち、ラーラマリアはそれを腹で受けて距離をとった。
「……さっきの有能な衛兵……」
剣を受けたのはラーラマリア達を捕縛した衛兵であった。どうやら頭が回るだけでなく、腕もたつようだ。
「ラーラマリア、ここは俺に任せてくれ……」
グリムナがそういって一歩前に出る。しかしラーラマリアは引かない。
「あなたに任せたら、また『アレ』をやる気でしょう!」
『アレ』とは当然キスの事である。ラーラマリアはもちろんグリムナが所かまわずキスをするのが気に食わないのだ。しかしそんな乙女心のわかるグリムナではない。そもそも彼はラーラマリアが自分に好意を向けていることもよくわかっていない。
尤もそれはラーラマリアの愛情表現の仕方に問題がある部分が大きいのだが。
「お前に任せれば、殺す気だろう!」
「当然!! 悪人を斬って何が悪い!?」
グリムナとラーラマリアの意見が真っ向から対立する。どちらも一歩も引く気はなさそうである。
「暴力の連鎖は終わらない。誰かが『許す』べきなんだ。悪人にも、更生の機会があるべきだ」
「更生していなかったらどうするの? 更生したフリだったら? それでまた犠牲者が増えるのよ! その責任はとれるの?」
またもや『責任』である。さらにラーラマリアが続ける。
「さっきも『責任』から逃げた。あなたは責任から目をそらし続けているだけよ。目の前で起こる『嫌な事』を回避したくて『許す』なんて言ってるだけ。自分の目の届く範囲の外で起こる『残酷』に対しては無関心なくせに」
さっきの『責任』は完全に濡れ衣であるが。いっそのことこの女の口も塞いでやろうか。一瞬そう考えたグリムナであったが、さすがに仲間に対して『アレ』をやるのは気が引ける。
そうこうしているうちに衛兵の方から切りかかってきた。言い争っているグリムナ達を見て好機ととったのだ。すぐさまグリムナは体当たりでラーラマリアを後方に押しのけて、腰に差していたナイフで剣を受け、そのまま衛兵に唇を合わせた。
ズキュウウウン、と、銃弾が鉄鋼にぶち当たるような音がして衛兵とグリムナの口が激しく発光する。衛兵はそのまま白目をむいて仰向けに倒れこんだ。
「こ、これ……本当に、どういう技なの?」
レニオが恐怖にゆがんだ表情でそう呟く。
「ん……? この匂い……まさか…… クサッ!! イカ臭っ!!」
レニオが眉をひそめる。衛兵は失神したまま射精していた。
「残るはお前だけだ……ゴルコーク……」
「ぐぬぬ……一体何のつもりだ、貴様!! ホモなのか!?」
「いかにも!!」
話を意図的に複雑にしようとシルミラが即答するが、静かにグリムナがそれを否定する。
「ホモではない……お前を改心させるために来た正義の味方だ。ここまで犯してきた悪事の数々、もはや見過ごすことは出来ん」
グリムナがそう言いながら間合いを詰める。変に間を置くとラーラマリアが割って入ってきそうなので彼も決着を急ぎたいのだ。
「来たる災厄に対処するため冒険をしているのが勇者の役割のはず! この程度の些細な悪事をいちいち相手にしてどうする! 俺を殺したところで新しい代官が来てまた悪事を働くだけだ! こんなことは意味がないぞ! 退け!!」
「この程度の些細な悪事、だと? もはや罪の重さも分からぬところまで来てしまったか? やはり俺が誅せねばならんようだな!」
別に『誅する』と『チューする』をかけているわけではないのでご容赦願いたい。
ゴルコークは倒れていた衛兵の剣を素早く抜き取ってグリムナに切りつけたが、グリムナはその刃を素手で掴んで、ゴルコークの両手を拘束してから唇を重ねた。
「んぐっ、ん~~~ッ!!」
激しく抵抗するゴルコークであるが、グリムナの拘束は解けない。
「んぶぅ……んちゅ……」
「おほぅ……」
グリムナが拘束を解くと、ゴルコークは恍惚の表情を浮かべ、口から糸を引きながら崩れ落ちた。
「ゴルコーク……これ以上違法な行為は許さん。民のためになる治世を行え。お前にはそれができるはずだ」
グリムナのこの言葉にゴルコークは倒れたまま涙を流し始めた。
「わかっている……俺も、最初は分かっていたんだ……でも……金は恐ろしい……集めれば集めるほど、その魔力は大きくなっていき、飲むほどに渇き、渇くからまた飲む……」
まるでアサヒスーパードライである。
「ゴルコーク、取り戻せないことなんてないんだ。今日からでもいい。為政者にふさわしい行動をとるんだ」
グリムナの言葉に、ゴルコークは上半身を起こして涙を流したまま叫ぶように言った。
「誰かが……止めてくれることを、待っていたのだ……自分の力では、自分自身を止めることができなかった。今日より、必ず心を入れ替えることを約束する。この私の名に誓って、必ずグリムナ、貴公の期待に応えて見せる。だから……」
「もう一度、キスを……」
「成敗!!」
グリムナがゴルコークの言葉を遮った。
「お願いだ、もう一度……」
「これにて一件落着! さらばだ、ゴルコーク!!」
こうして勇者一行はゴルコークの屋敷を去っていった。
ゴルコークは改心した。今のところはまず成功、グリムナが絵を描いた通りに進んだのであろう。しかしこれが『いつまで続くのか』、これは今後の経過を見なければ分からない。
この改心した状態がいつまで効果があるのかわからないのだ。ただ戦闘を回避するだけなら彼の技は問題なく使えることは今回の戦いで証明できた。しかしその持続性がどの程度なのかは分からない。これが2,3日で効果が切れてしまってまた悪事を働くようになるのでは意味がないのだ。
グリムナはゴルコークの屋敷を顧みて、一抹の不安に駆られながらも歩みを進める。ラーラマリアは憤怒の表情であった。