第126話 容疑者確保
「ああ~、殺人事件っスか〜……」
フィーの視線が泳ぎ、途端に冷や汗がだらだらと流れ始める。彼らは一時間ほどここにいたが、殺人事件など、そんな事件は起きていない。
しかし、一つ心当たりがある。それはもちろん彼らの披露していた『人体切断マジック』を指す。確かに、一人の男がエルフに胴体を両断された。殺人事件と言えば殺人事件である。
「どっスかね~? そんなんありましたかね~?」
「なんか怪しいなお前ら。ちょっと全員詰め所まで来い!」
やはりあいまいな答えしか返さないフィーを訝しみ、衛兵たちはグリムナ一行を彼らの詰め所まで連行していった。後には大量の血痕と、手品の道具、それに観衆の置き土産である大量の吐瀉物だけが残されていた。
グリムナ一行は町の外れの街道沿いにある衛兵たちの詰め所に連行されて尋問を受けていた。
「なるほど、それじゃお前らは人体切断マジックの大道芸をしていて、それを殺人事件と勘違いした奴が通報したって言うんだな?」
結局グリムナ達はやましい所はないので、ありのままを包み隠さずに話した。しかし『マジック』と説明したものの、『マジック』と言うよりはただグリムナが頑張っただけであるし、実際グリムナは導体を両断されているし、7:3くらいの割合で大道芸と言うよりは殺人事件であったような気がする。ただ、結果的に人が死ななかっただけで。
「本当にマジックだったのか?」
尋問していた衛兵がやはり納得できない、と言う感じで再度尋ねる。彼は実際に現場を見ている。現場にはおびただしい量の出血が落ちていたし、その血と、吐瀉物の匂いですさまじい悪臭が立ち込めていた。人の内臓の匂いだ。それを見てしまえば、彼が怪しむのも無理ない事である。
「今他の奴らが現場検証をしている。はっきりとシロと分かるまでは留置所で過ごしてもらうぞ」
この衛兵の言葉にグリムナは思わず顔をしかめてしまったものの、しかし逆らえない。相手は公権力のイヌだ。へこへこするのが正解である。ここは彼の『我慢力』が試される。
「それと、もし本当に大道芸だと分かっても問題だぞ」
衛兵の追加の言葉に思わずグリムナが聞き返す。一体どういうことなのかと。
「ああいうのは広場の片隅で細々とやっているからお目こぼしされてるもんなんだ。聞いた話だと相当の大人数を集めてたんだってな? それもあんなに広場を汚しやがって。本来ならそういった物はちゃんと関係する役所に申請を出さないとやっちゃいけないんだ。特に大規模な奴はな」
思わずグリムナはギクリとしてしまう。言われてみればその通りだ。あれだけの大人数を集めると、広場が本来の目的で使えなくなってしまうし、通行の邪魔にもなる。実刑判決を受けるほどではないだろうがもしかしたら罰金か、領主が強欲な奴なら稼いだ金を没収されたりするかもしれない。
あれだけの苦痛を味わってさすがに報酬なしでは彼もへこむのだ。
「ま、今日は一日留置場でゆっくり過ごしていけ。石みてぇに固いパンとほぼ白湯みたいなスープなら出してやる。大道芸については次からは気をつけろよ」
どうやらこの町の公権力はそこまで腐敗はしていなかったようである。さすがは商業都市コスモポリ。
「留置所かぁ……ま、野営よりはマシか……」
フィーは少し不満顔であったがしかしよく考えれば町に辿り着けなければ普段は森の中で野営をしているのだ。それに比べれば留置所ははるかに上等な住まいである。なんといっても屋根がある。そしてなんと、壁までもあるのだ。
かくして彼らは詰め所にある小さい留置場の牢屋に放り込まれた。正式な裁判所でも刑務所でもない詰め所には牢屋は一つしかなく、男女の区別もなく4人とも全員そこに放り込まれた。トイレの問題は非常にセンシティブではあるが、しかしまあ野営の時はそこらの草陰でしているのだ。もはや気心の知れた彼らにとってはそれもあまり気にならない。フィーやヒッテが用を足すたびに、なんならグリムナの時ですらバッソーが妙にそわそわしだす以外は。
その日は彼らは留置所でゆっくりと過ごした。パンは本当に石のように硬かったし、出されたスープは濁った白湯でしかなかったが。その濁った白湯に石を浸して柔らかくして食べながら、ヒッテがグリムナに尋ねた。
「最後に、レニオさんがご主人様に何か言ってましたけど、なんて言ってたんですか?」
尋ねられると、やはりグリムナも石を白湯でふやけさせながら答える。しかしその面持ちは固い。石のように。
「教会は、ヴァロークの居場所を……聖剣のある場所を突き止めたらしい。聖剣エメラルドソードを彼らが手に入れるのも、時間の問題だと……」
「ふむ、教会が聖剣を手に入れて、それをどうするつもりなのかはいまいち分からんが、そっちの方はもう間に合いそうもないのう。願わくば、それを竜を倒すためだけに使ってほしいものじゃ。後々御神体にでもするのは別に構わんがの……」
訳知り顔でバッソーが呟くと、一瞬グリムナはなんとなく嫌そうな表情を見せた。彼の発した言葉が余りにも内容が薄かったからだ。恐らく今の発言があってもなくても人類の歴史には何の影響もないだろう。そう思わせるほど中身のない発言であった。
思えばこのじじい『賢者』という触れ込みで仲間になったのに、全然賢そうなところを見せていないな、とも思った。確かに魔力は賢者モードの時だけは高い。その力に何度か助けられてはいる。しかしあまりにも竜の事にも聖剣の事にも知識がなさすぎる。モンスターであるネクロゴブリコンの方がよほどそれらに関しては詳しい。
確か教会は国境なき騎士団を使ってこの男を捕えようとしていたのではないか、それは聖剣に関する知識が欲しかったのではないか、そう考えてグリムナは彼に尋ねた。
「バッソー殿は、竜や聖剣に関して何か知っていることはないんですか? 『賢者』っていうくらいなんですから……」
「ええ? 儂は何も知らんよ。専門外じゃし……」
この会話にフィーも乗って来た。
「おじいちゃんの専門は何なのよ? ヒューマン風情が『賢者』を名乗るくらいなんだからそれだけ詳しいんでしょ?」
いつもの差別感情をにじませた発言であるが、しかし確かに気になる。何か知っていることがあればこの先役に立つかもしれない。
「いや、『賢者』は周りの人間が勝手に言ってるだけだし……まあけど、儂の専門は『人類学』じゃよ」
『人類学』……またマイナーな分野である。『人類学』には人間を進化や生物的側面からアプローチする『自然人類学』と社会、文化的側面から考察する『文化人類学』がある。文化人類学についてはグリムナの志望していた考古学、そこから繋がる民俗学に近しい分野ではある。
「その『人類学』的観点から見て、竜をどうみますか……?」
グリムナが核心を突いた質問をする。バッソーはゆっくりと呼吸をして、十分に溜めてから話し始めた。
「竜は……人の世が乱れれば現れ、全てを破壊し、人類が滅亡の危機にまで追い込まれると消える。いわば、破壊神じゃ。人が腐敗しきった文化の破壊を望むからこそ現れ、それが『成った』と思えば消える……そう言った存在じゃ……」
「それネクロゴブリコンさんが言った言葉の言い方を変えただけですよね?」
ヒッテが即座に突っ込む。
「い、いや、だってそういう観点で今まで見てなかったし、すごいな、って思ったから……」
「思ったから……少し言葉を変えて、自分の発言だったことにしようと思ったんですか……?」
ヒッテがさらに突っ込んんだ。
バッソーはその答えには答えなかったが、しかし、沈黙こそ答えである。




