23 紅と因果
「昨夜は何と戦った?」
リーレは昨夜に路地裏であったことを全てセイルに話した。やけに強い下位吸血鬼に襲われたこと。何故かそいつが名を持っていたこと。殺されかけたところで、圧倒的なまでの力を持つ聖騎士に助けられたこと。聖騎士が吸血鬼のことを【紅い瞳】と呼んだこと――
「まて、確かに、本当に紅い瞳と言ったのか?」
「はい。確かにそう言っていました。事実、その吸血鬼は真っ赤な瞳をしていました」
「そうか……。それで、その後は?」
セイルは溜息を吐き、続きを促した。
「その聖騎士は、私を怪しんだようで、探り合うような言葉を何度か交わしましたが、すぐに去っていきました。……ところで、紅い瞳とは、何なのですか?それと、あの聖騎士は何者ですか?」
セイルは少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。
「まず後者の質問だが、恐らくそいつはフランベルク・クライバー。ここモーナトに常駐している、神盾聖騎士団第三聖隊の隊長だ。吸血鬼を強く憎み、十五歳で神盾聖騎士団に入り、僅か三年で隊長の座に就いた、正真正銘の化け物だ。この街での最大の脅威だと思えばいい」
リーレはまたしてもその聖騎士、フランベルクに驚愕した。そして自分がそんな怪物と相対していたことに、今更ながら恐怖を感じた。何かが一つ違えば、リーレはここにいることは無かっただろう。例えば、リーレが吸血鬼の力を戦闘で使っていたら……。吸血鬼の力を使うというのは、その時のリーレの頭には無かった選択肢だったが、きっとフランベルクがやってくるのが数瞬でも遅れていたら、リーレは血の力を使っていたことだろう。そして、そうなっていたら、きっとあの時で、既に塵となっていた。リーレは心の奥底が酷く冷えていくのを感じた。
「そして前者だが……、これについては詳しくは語れない。一つ言えるのは、紅い瞳と呼ばれる奴らが、何者かの呪いによって異常に強化された吸血鬼だ、ということだ」
リーレは疑問と恐怖で頭がいっぱいになってしまったが、セイルはこれで話は終わりだ、とでも言うように、ソファから体を起こし、部屋から出て行ってしまった。
「紅い、瞳……」
リーレは、脳裏に焼き付いて離れない、その光景を思い出す。
白い光と黒い血が飛び交う、燃えた建物の中。騎士たちを先導するように立つそいつは、紅い瞳で嗤っていた。
§
コツ、コツと、暗闇の街中に、足音が響く。
セイルは部屋を出た後、リーレが語った路地裏にやってきていた。
――確かに、虫唾が走るほどの呪いの気配と、夥しい聖術の残滓が残っているようだ。これは、本当に厄介なことになったな……。
足元には、恐らくリーレが作り出したものであろう氷が、融けて地面を濡らしていた。
セイルは一度深呼吸をして、精神を整える。
「セイルの名において――いや、これでは駄目か……。ならば」
肩を落とし、もう一度深く息を吸って、その言葉を紡いだ。
「セイブルの名において、時の神に願う。この場にあった、忌まわしき紅の記録を示し給え」
――これなら何とか、行けたか。
通常以上に減少した体内の魔力に吐き気を覚えながらも、セイルはそれに耐え、脳裏に映し出される光景に注意を送る。
氷魔法で泥を防いだものの、視界と魔法を割いたせいで、人影に接近されるリーレの姿。そして、あと数寸で届くと思われた爪を貫き走る、一筋の光。それは、ほんの数十時間前にあった、リーレ達の戦闘の光景。
そして、そこにあったのは――
「はあ……。マジかよ……」
吸血鬼の瞳に映る、確かに、紅い、紅い光だった。




