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血銀の十字架 ~神をも弑する刃となれ~  作者: 疾風 颯
第一部 第二章 辺境の街モーナトと迷宮
23/25

21 神盾と紅

 時系列的には物語開始より数ヶ月ほど前の話になります。

 そこは篝火と祝福だけが光る、新月の夜だった。揺らめく炎に照らされるのは、森の奥にある寂れた屋敷。周囲では戦闘音が鳴り響き、屋敷の中も騒がしい。

 その屋敷の前には、夥しい数の屍と骨が散乱していた。

 そんな屋敷の一室で、聖騎士アリサ・アインハルトはその相貌を驚愕に染め上げていた。

 事の発端は少し前に遡る。


§


「A級死霊術師(ネクロマンサー)研師(シュライファ)】の居場所が、諸君等の尽力によって明らかになった!よって今夜、【研師】の討伐を行う!」

 夜の森の前で、白い鎧を着た騎士達が並んでいた。演説をしているのは、聖盾聖騎士団(アイギス)第二聖隊長、エミリア・カレンベルク。松明の明かりだけが、彼女の横顔を照らし出していた。

 【研師】はその二つ名にある通り、慎重に計画を練り、爪を研ぐことで知られていた。そのため、エミリアは忠告も兼ねながら言葉を紡ぐ。

「相手は臆病者の【研師】だ!恐れることはない!奴は臆病者故卑怯な手口を使う!しかし、そんな奴に負けるほど、この第二聖隊は弱くない筈だ!」

 彼女が言葉を発するにしたがって、騎士達の士気は上がっていく。

 その中で、アリサ・アインハルトもまた自らを叱咤していた。

 アリサは実力も高く、実戦経験も積んできてはいたが、A級の討伐は初めてであり、緊張に身が固まっていた。

 そんな硬直を振り払うため、アリサは自分に一つ、問いを投げかける。

――こんな時、シュバルツならどうする?

 尻尾を巻いて萎縮するのか?恐怖に身を震わせるのか?

 いや、違う。

 彼ならば、こんな時でも余裕の笑みを浮かべている筈だ。

 なら、私は?こんなところで、縮こまってる場合じゃない!

 頭を振り、前髪を直す。そこにはもう、恐れの表情はない。

「総員、進め!」


§


 死霊術師【研師】との戦闘は熾烈を極めた。A級ともなれば、従える不死族(アンデッド)も当然強くなる。骨人(スケルトン)すらも、通常よりずっと大きな脅威となり得る。また、吸血鬼すらも支配下に置くことも少なくない。その場合、さらに脅威は大きくなる。

 そして、【研師】は優秀な死霊術師だった。

 百人余りの聖騎士で挑んだにも関わらず、屋敷の最奥まで辿り着けた者はエミリア、アリサ、クリスタを含む六人程度だった。

 そして、彼らは【研師】と対峙する。

「【研師】!今日ここであなたを討つ!」

聖盾聖騎士団(アイギス)か。忌々しい、愚神の手先が。我の邪魔をするな」

 【研師】は黒いローブを身に纏った、白い長髪の見目麗しい男の姿をしていた。しかしそれは極めて不可解なことであった。【研師】は慎重な性格であったため資料は少ないが、その記録は五十年前から残っている。本人の容姿や年齢に関する情報こそなかったものの、老人であるべき年齢のはずなのだ。

「我の研究成果の実験体となってもらおう」

 傷一つなく美しい、しかし生気の感じられない白い指先から、突如として血が噴き出し、瞬く間に豪奢な錫杖となって凝固した。アリサには、白と赤の対比がいやに美しく見えた。

 そしてその錫杖で屋敷の床を突く。

――カーーーーン………ン……ン…

 甲高い音が鳴り響くとともに、【研師】の後ろから大量の不死族たちが姿を現し、そして一つに混ざり合う。頭、腕、足などがいくつもある、恐ろしく歪で巨大な化け物となった。

「あなた、まさか、【器】を完成させたというの⁉」

 死霊術師がその立場に至る大きな理由の一つ、それが【器】の構築であった。自ら作り出した不死の肉体に、己の魂を定着させ、永遠の命を得る。理論自体はずいぶんと昔から存在しており、また大陸中のあらゆる国で禁忌とされている邪法だ。しかし【不死】に魅入られた人間というのは多いもので、【研師】のような死霊術師を始め、時には王すらも手を出したこともあった。しかしほぼ全ての者の企みは叶うことなく朽ち果てていった。

 しかし【研師】は今、吸血鬼の血の力を行使し、己の血を用いて錫杖を創り出した。そして、死霊術を用いて目の前の奇怪な巨人を作り上げた。これは【器】を手に入れたことの十分な証拠となり得る。

 なぜならば、吸血鬼、というよりは不死族に死霊術の行使は不可能であるからだ。不死族はその魂が既に死の領域へと踏み込んでいるため、呪いによって成り立っている。そのため死霊術を行使すると、自分を不死族として存在させている呪いと行使した死霊術が融合し、存在を保てなくなる。

 しかし、【器】を手に入れた死霊術師ならば話は別だ。その魂は生きたままであるため、肉体が呪いでできていようと問題はない。術を行使するのは肉体ではなく魂であるからだ。

「討つべき敵も知らぬ愚かな者どもよ、その無知のままこの場で我の糧となれ!」

 醜い巨人がその足を一歩踏み出したとき、それは起きた。


 巨人は突如として力を失い、朽ち果てた奇妙な屍と化した。


 まともに立つことすらできないほどの重圧と死の気配が広がり、聖騎士達の半数が意識を手放した。


 そして【研師】は、赤く輝く剣によって胸を貫かれ、その足は宙に浮いている。


「たいそうなことを言う割には大したことがない。興ざめだ」

 そう呟くのは、どこからか気配もなく突然現れた一人の男。その腕は掲げられ、【研師】の血を滴らせる。が、それらは徐々に塵となっていった。

「――ッガっハァ⁉き、さま……あk…けん…く、か。クソが、あと……とだ……たのに……」

 通常の方法では基本殺されないはずの吸血鬼が、一瞬にして死に至った。

「あなたは誰かしら?」

 既にこの場に立っているのは、目の前の謎の男とエミリアしか居ない。アリサは這いつくばりながらも、その光景を見ていた。

「貴様等ごときに名乗る名はない」

「言ってくれるじゃないの」

 エミリアが剣に祝福を纏わせ、男へと向ける。そして、【研師】が完全に塵となって消えたことを確認した男が、ようやくこちらを振り返る。

「【紅い瞳】……、そういうことね」

「ふん。貴様、聖隊長か。聖隊長は全員殺せとのお達しだ。喜べ、下等生物」

 その目には、圧倒的なまでの威圧感が宿っていた。

 濃密な死と呪いの気配。アリサは恐怖を必死で抑えながらも、どこかその感覚になんとも言えない違和感を覚えていた。

――何かが、違う?

 何が正しいのかも分からず、しかし漠然とそう感じた。

 アリサは隣のクリスタを見た。彼女は目を見開き、まさか、とでも言いたげに驚愕の表情を浮かべていた。

 しかし無様に床に寝ている二人にはどうすることもできず、ただ呆然とエミリアと男の対峙を眺め続けるだけだった。

「【使徒】でもない癖にたいそうな口を叩くじゃないの。できるものならやってみなさい、下等神の下僕が」

「貴様ァア!!」

 激昂した男が、エミリアへと斬りかかる。エミリアは余裕をもってそれを防ぎ、聖術で反撃を加える。なんとか身を捩って避けた男だが、すかさずエミリアが追撃を突きこむ。

 二人は主人のいない部屋の中を縦横無尽に動き回り、破壊しながら剣を合わせる。

 アリサ達にとって、それはもう凄まじいという他なかった。さながらそれは別次元の戦いであった。戦闘力には自信があったアリサだが、まだまだであったことに気付かされた。

 次第に戦況はエミリアの方へと傾き始める。聖騎士は対不死族のスペシャリストだ。当然不死族の弱点を突いた戦い方をする。聖銀(ミスリル)や聖術を始め、様々な対策がなされている。

 幾ら【紅い瞳】と言えど、弱点を押さえられては不利とならざるを得ない。

「そろそろ終わりにしない?」

「ふざ、けるなぁァア!!」

 突如として男の剣が形を変え、エミリアの首筋へと迫る。しかし、

「あらびっくり。でも、それはもう見たことがあるの」

 紅い煌きはエミリアへ届くことなく弾かれた。そして隙を見逃さず、心臓へとその剣を突き刺した。

「馬鹿、な……」

 そんな一言だけを遺し、男は塵となった。

 【研師】が殺された時点で屋敷やその周囲に居た不死族は力を削がれ、既に掃討は完了されている。

 静寂が漂う。

「これで、一件落着ね」

 A級死霊術師(ネクロマンサー)研師(シュライファ)】討伐は、一波乱あった後に幕を下ろした。

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