第4話 探る
あの絵の作者「MISAKI」が来るまで見張る。
なんと非効率的な仕事だろう。
元より玉城はその人物の顔も知らないし性別さえも分からない。
ネットで検索してみても作品に対する評価的な情報は沢山あったものの、作者自身の情報はまるでない。
気の短い玉城はとにかく駄目モトでもいいからと画廊のオーナーを当たってみることにした。
画廊は平日の昼間だということもあってか客は一人もいなかった。
あの作者の絵も、もちろんない。小宮が買った一枚だけだったのだろう。
「ミサキ?」
ひょろりと背の高い画廊のオーナーは面倒くさそうに四角いメガネをずらしながら上目使いに玉城を見た。
「あの人の何を知りたいんです?先日も住所とか聞きに来た人がいますが
個人的情報は勘弁して貰えませんか。こっちも信頼関係、大事ですから」
見抜かれてる。玉城はドキリとした。
「絵に惹かれたから知りたいんです。あの女の子の絵、一目見て惹きつけられてしまいました。
売れてしまってがっかりなんです」
本心とウソを混ぜ合わせて食い下がる。とにかく早く仕事を終わらせたい。
効を成したかオーナーの目が少し柔らかく変化した。
「あの少女の絵は特に私も気に入りました。もう少し手元に置いておきたかったほどです。
彼は背景をあまり描かない人なんですが、今回は見事に写実的に景色が描き込まれていたでしょう?
画風を変えたのかと聞いても、まあ、何も答えてくれませんでしたがね」
「長いお付き合いなんですか?」
「やっと最近です。彼をつかまえられたのは。
画廊が生き残るには如何に新しい才能を見つけだし発掘するか、ですからね。粘りましたよ」
「人気あるんですか?」
「知らないんですか?」
オーナーはいぶかしげに玉城を見た。
「あ、・・・すいみません、疎くて」
正直に顔を赤らめる玉城に好感を持ったのか、オーナーはニコリとした。
「彼は一度逃がしたら手に入らない。
そっとしとかないと、気を損ねてどこかに飛び去っていく鳥みたいなモンです。
そっと餌付けて、金の卵を産み落として貰わなきゃ」
「鳥・・・・ですか」
芸術家と言うものはそんなに気難しいものなんだろうか。
ともかく、この調子では住所なんて聞けるはずもない。
玉城はオーナーの商魂たくましく計算高い笑いを見ながらそう思った。
結局「彼」であることしか分からなかった。
足取りも重く画廊を出た玉城は、向かいにテラスのあるコーヒーショップを見つけ、立ち寄った。
少し救われた。ちょうどいい監視スペースだ。
明日からここで双眼鏡でも持ってバードウオッチングと行くか。
玉城は一つ溜息をついた。
◇
次の日も、その次の日も、その画廊に「MISAKI」は来なかった。
さすがに常に張り込んでいたわけではなかったが、彼のために開けてあるというあのスペースには何も飾られていなかった。
今日も日がな一日、向かいのテラスに座って玉城はまんじりと過ごした。
出版社からの仕事の話もさっぱりだ。グルメ月刊誌が廃刊になったのは仕方ないが
それでハイサヨナラとは冷たすぎる。
一緒に回ったフォトグラファーはすぐに別の仕事が付いたと知り、それも何だか気を滅入らせる。
フォトグラファー・・・。
あの偽フォトグラファーはどうしてるだろう。連絡もない。
いや、そもそも彼が連絡をよこすことなんてあり得ない。
そういうタイプでは絶対ない。
手は大丈夫だろうか。
そう思った瞬間、ナイフを落とした時の映像が浮かんできた。玉城は咄嗟に立ち上がる。
“どうしよう・・・。まだ仕事出来ずに家にいたら・・・。”
ザワザワと胸騒ぎがして、玉城はセルフのトレーをあわてて片づけると
あの家を目指して足早に歩き出した。
風が動き出した。
朝から雲で覆われていた空はゆっくりと青空を覗かせ始め、
ケヤキの緑の隙間からは心地よい木漏れ日が揺れる。
テラコッタの屋根。白いペンキの剥げかかったあの古い家が見え始めると
何故か心がゆったりと落ち着いて行くのを感じた。
今、変更線を越えたのかもしれない。
辺りは小さな小鳥のさえずり以外は何も聞こえない。
多少罪悪感はあったが、玉城は前と同じようにカーテンも何もかかっていないガラス窓から
中をそっと覗き込んだ。
雲の切れ目から差し込む光の筋がくっきりと部屋の中を照らし出し、
中にいる人物を浮かび上がらせた。
ざっくりとした大きめの真っ白い半袖Tシャツとジーンズだけの姿で、
彼は斜め向こうを向いて立っていた。
左手は下に垂らし、右手をゆるく前方に付き出している。
右手首には白いサポーター。
けれど、玉城をドキリとさせたのはその先にあるものだった。
リクの手に緩く握られているのは筆。
そして、その先にはイーゼルに立てかけられた一枚の絵があった。
アングルこそ違うがそれは彼が交差点で惹きつけられ、小宮老人が不安そうに見せてくれた、
あの少女の絵だった。




