第34話 この凍てつく夜に…
34話です。
冬休みに入っているということもあり、時間に余裕のある僕は斉破重工に関して調べていた。
調べるといってもパソコンで簡単に企業の情報を見たりすることくらいしか僕にはできなかったが…。
はあ…。
全然ダメだな…。
パソコンや過去の新聞の記事で分かる情報には限界がある。
僕が望んでいる情報は手に入れることはできなさそうだ。
仕方ない。
ランニングでもするか。
僕は情報収集に関しては依頼しておいた速水からの返事を待って、日課のランニングに行くことにした。
ランニングして駅の方へ走っていくと、カップルの姿が多く見られた。
何なんだろう?と思いながらも気にせずに走り続ける。
2時間くらい走ると、辺りが徐々に暗くなり始めた。
やっぱりこの時期は暗くなるのが早いな…。
そろそろ帰るか。
僕が帰り道を走っていると、佳奈ちゃんが歩いているのが見えた。
「おーい!」
僕が声を掛けると佳奈ちゃんはびくっと身体を震わせて恐る恐るこちらを向いてきた。
「…あ、心さんですか。昨日ぶりですね。」
佳奈ちゃんはホッとしたような顔をしてからそう言った。
「こんなところで何してるのさ?」
「…えっと、その……。」
佳奈ちゃんは目をきょろきょろさせて何かをごまかそうとしているようだった。
「あ、言いたくなかったら別にいいよ。それじゃ、僕はこれで…。」
僕がそう言って走り出そうとすると、身体が少し引っ張られた。
ん?
僕が後ろを振り返ると、佳奈ちゃんが顔を真っ赤にしながら僕の服を掴んでいた。
「…えーと、どうしたのかな?」
「……………せんか……。」
佳奈ちゃんがぼそぼそと何かを言っているのだけは分かった。
「え?な、なんて?」
「…いて………せんか…。」
全く分からない…。
いや、待てよ…こんな時こそ僕の鍛えた頭脳で推理をしよう!!
えーと、いて、せんか…か…。
はっ!!
分かった!分かったぞ!!
佳奈ちゃんが言いたかったことは…『凍てつくこの夜に戦火を…』に違いない!!!
今日はクリスマス、きっと佳奈ちゃんは駅でいちゃつくカップルたちを見てイライラしてしまったんだ。
だから、僕にリア充撲滅運動の手伝いを申し出たに違いない。
そうか…中学3年生だもんね…。
僕も中学2年のころは周りがカップルだらけでイライラして友達とリア充撲滅運動したっけ…。
よーし!!ここはこの僕が人肌脱ぐとしますか!
「佳奈ちゃん!僕に任せてくれ!」
僕は佳奈ちゃんにそう言って親指を立てた。
「え?あ、はい!あ、ありがとうございます。」
うん。
佳奈ちゃんも笑顔になってくれたし、僕の推理はきっと当たっていたのだろう!
さあ!この凍てつく夜に戦火をあげに行こうか!!
中学時代のリア充撲滅運動をしていた頃の気持ちを思い出した僕は意気揚々と駅へと歩みを進めるのであった。
駅には先ほど僕が通りかかった時とは比べ物にならないくらいカップルたちがいた。
「な、なんなんだ…このカップルの数は…。」
僕が中学生の頃とはカップルの数が違いすぎる…。
僕がカップルの数の多さに呆気に取られていると、僕の目の前に誰かが倒れこんできた。
「だ、大丈夫ですか…って田村じゃないか!?」
僕の前に倒れこんできたのは中学生の頃、供にリア充撲滅運動に参加していた田村だった。
「おい!しっかりしろ!」
「…た、田中か……久しぶり…だな…。」
「ああ、そうだ。どうしたんだ?お前がこんなにボロボロになるなんて…。」
「田中…逃げろ……今年の奴らは…リア充は強すぎ…る……。」
「お、おい…!嘘だろ…?田村!田村ー!!」
『女性に求めるもの?そうだな……母性…かな。』
そ、そんな……。
あの田村がやられるなんて…。
僕と佳奈ちゃんはもしかしたらとんでもない空間に足を踏み入れようとしているのかもしれない…。
僕が田村の身体を静かに地面に置くと背中を佳奈ちゃんにつつかれた。
「あ、あれ…です。」
佳奈ちゃんが指をさした方を見るとそこには『この聖夜で一番熱いカップルはどこだ!?そう!それは君たちだ!!!』と書いてあるポスターがあった。
どうやら、この駅前でベストカップルを決めよう!という催しが開かれているようだった。
更にはベストカップルに選ばれたカップルには、今、女性の間で大人気沸騰中のボムボムくんの等身大抱き枕がプレゼントされるみたいだった。
なるほど…このカップルの量と熱気はこれが原因か……。
「い、行きましょう…。」
そう言うと佳奈ちゃんは僕の手を引いて受付へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと佳奈ちゃん!?これに参加するの!?」
リア充を撲滅するんじゃなかったのか!?
何で、リア充たちと一緒にこんなイベントに参加するんだ…?
「…はい。ごめんなさい…。で、でも…私、ボムボムくんだけは誰にも取られたくないんです…。」
そう言った佳奈ちゃんの目は何かの覚悟を決めた目だった。
はっ!…そうか…分かったよ佳奈ちゃん…。
虎穴に入らずんば虎子を得ず…今日のリア充を鎮めるために君はあのボムボムくんを奪うことが一番効果的だと思ったんだね…。
そのためなら、一時的とはいえ僕とカップルのふりをすると…。
よし!なら、僕も覚悟決めよう!!
「佳奈ちゃん…必ずボムボムくんを取ろう!!」
こうして僕らはボムボムくんゲットのために戦うと決めたのだった。
『さあ!!始まりました!第一回ベストカップル決定戦!この聖夜で一番熱いカップルは誰だ!?司会はこの鹿井が務めさせていただきます!』
『今回のベストカップル決定戦。応募してくださったカップルの数はなんと100組以上!ですので、まずは予選を行います!!』
『今から、彼氏の皆さんには彼女を一斉に探しに行ってもらいます!!範囲はこの駅前のどこか!先着で五組のカップルが決勝へと進むことが出来ます!!』
なるほど…受付のあと僕と佳奈ちゃんが別々の場所に連れていかれたのはこういう理由があったのか…。
『それでは、行きます……スタート!!!』
司会者の掛け声と同時に僕の周りにいた男性陣が動き出した。
佳奈ちゃんの服装はなんとなくだが覚えている…その娘を探せば…あっ!見つけた!!
これで僕が1抜け……。
その時、急に嫌な予感がした。
僕は思わず足を止める。
その直後……。
「幸子!!……え?幸子じゃない…?」
どうやらあの男の人は彼女を間違えたらしい…。
「な、なんで!?その服装は幸子だけだったはず…!?」
その時、スピーカーから司会者の声が聞こえた。
『言い忘れていましたが、皆さんの彼女の服装はランダムに入れ替えてあります!!気を付けてくださいね。それと、一度でも彼女を間違えてしまった人たちは失格です!!』
「な…!?うわ!誰だお前ら!?くっそおおおお!!!」
どうやら先ほど間違えてしまった人はどこからか現れたスタッフによって連れていかれてしまったようだ。
それにしても、そんなルールがあったなんて…さっき顔をちらっと見たら僕が佳奈ちゃんだと思った人も全然違う人だったし……危なかった。
どうしようか…先ほどの司会者の言葉で慎重になっている人が多い…。
僕が迷っていたその時だった。
『おお!早くも一組目のカップルがクリアしました!!』
スピーカーからそんな声が聞こえた。
そんな…!?
くそ…とにかく走って探すしかない!!
あれは…違う!あっちの女の子も……違う!!
焦って佳奈ちゃんを探すが、ただ時間だけが過ぎ去っていくだけだった。
『二組目!三組目のクリアした人たちが現れました!!さあ!あとは二組ですよ!!』
な…!?
…こうなったら…。
僕は目を閉じて深呼吸した。
感じるんだ…僕の直感を信じろ…。
『四組目も現れました!!さあ!いよいよあと一組です!!』
焦るな…集中しろ…。
時計台の下。
頭の中にその言葉が浮かんだ瞬間、僕は走り出した。
時計台…あった!!
「佳奈ちゃん!!」
僕がそう声を掛けると時計台の下にいた女の子が僕の方を見た。
「心さん!」
良かった!あたりだ!!
僕は佳奈ちゃんの手を取って叫んだ。
「見つけた!!」
そう言うのと同時にスタッフがこちらに来て確認を取ってきた。
「はい。オッケーです。」
「じゃ、じゃあ…。」
「はい。あなたたちが決勝へと進むことが出来る五組目です。」
『そこまでー!!五組目が決まりました!それでは、決勝はまた10分後に行いますのでそれまで少々お待ちください!』
どうやら、僕たちは無事に決勝へと進むことが出来るようだ。
はあ…良かった…。
「あ、あの…心さん。見つけてくれてありがとうございます!」
佳奈ちゃんはそう言ってこちらに頭を下げてきた。
「ギリギリだったけどね…。それよりも次の決勝だ。この調子で頑張ろうね。」
「は、はい!」
佳奈ちゃんは元気よく返事をした。




