第30話 嵐が過ぎ去った後の夜にもイベントは待っている
一昨日、昨日と楽しみに待っていて下さった皆さん、お待たせしました。
第30話です。
「…ん?知らない天井だ…。」
目を覚ました僕はベッドの上にいた。
「お、目を覚ましたようだね。」
声のした方を向くと有本さんがいた。
「いやー、それにしてもかなり酷い怪我だったよ。骨もいくつか折れていたし、治癒の異能力者がいなければ暫くは入院生活だったよ?」
有本さんはケラケラ笑いながらそう言った。
なんで、僕の看病をしてるのが有本さんなんだよ。
いや、感謝してるけどこの人じゃないだろ…。
「ははは。何で僕が看病してるんだよって顔だね?まあ、しょうがないさ。会長も美月お嬢様も戦いの後処理で忙しいみたいだからね。」
なるほど…。
「でも、有本さんじゃなくても他にいっぱい看病できる人はいたでしょ?」
「それはね。君が起きたときに看病していたのが僕だったということを知った君の顔が見たかったからさ!」
有本さんはかつてないくらい爽やかな笑顔を見せた。
「そうですか…。」
ムカつくが、身体がダル過ぎて言い返す元気もない。
「あー、そうだ。シン君、会長から伝言預かってるよ。よくやってくれた。だそうだ。僕からもF.Cの社員を代表してお礼を言わせて欲しい。美月お嬢様を助けてくれてありがとう。」
そう言って有本さんは深々と頭を下げてきた。
「頭を上げてください。僕はただ自分のやりたいことをやっただけ。それはこの1年間一緒に過ごしてきた有本さんならよく分かっているでしょ?」
「それでもさ。君に感謝してる人も君に救われた人もたくさんいるんだよ。」
「そうですか。」
ここまで褒められるとなんだか少しだけむず痒い気持ちになる。
「そういえば、今は何時なんですか?」
今更だが、今日の夜には家に帰ると親に言っている。
もし、もう夜ならかなりまずいことになるだろう。
「ああ、今は夜の22時だよ。」
有本さんはとても良い笑顔でそう言った。
え?
「あれ?聞こえなかったかな?今は、夜の22時だよ。」
有本さんは再び良い笑顔でそう言った。
「…ま、まじですか?」
「まじ。」
すると、有本さんは携帯を僕に渡してきた。
僕は急いで両親に電話をかける。
pururururu…
『はい、もしもし?』
「お、お母さん?」
『あら、心?なんでも今日は金富さんの家にお泊まりさせていただくらしいわね。お母さんとお父さんは急に今日中に帰れなくなっちゃったから丁度よかったわ。それじゃ、有本さんと金富さんに迷惑かけないようにしなさいよ。』
「…え?う、うん。」
プツッ
な、なんだ?
一体どういうことなんだ?
僕が電話の内容に呆然としていると、そんな僕を見て有本さんは腹を抱えて笑いを堪えていた。
「有本さん?」
「はっはっは!!いやー、ごめんね。シン君気持ち良さそうに寝てたからお泊りするって伝えておいたんだよ。いや、でもさっきのシン君の顔は最高だったね。」
とてもありがたい。
とてもありがたいのだが、なぜだろう。
素直に感謝できない自分がいた。
「…助かりました。ありがとうございます。それじゃ、僕はもう少し眠らせて貰いますね。」
そう言って僕は有本さんに背を向けた。
「シン君、ゆっくり休みなよ。」
最後に凄く優しい声が聞こえた気がしたが、気にせずに僕はまぶたを閉じた。
***
<side 美月>
はあ…。
リバーシとの戦いの後処理も大分落ち着き、ようやく私は家に帰ることが出来た。
家に入ると、お爺ちゃんが声をかけてきた。
「おお、美月。お疲れ様。」
「お爺ちゃんもお疲れ様。ところで、心君がここにいるって聞いていたんだけど…。」
「ああ…心君なら今は二階で眠っておるよ。行ってくるといい。」
お爺ちゃんから心君の居場所を聞いた私は二階へと続く階段を上っていった。
静かに心君が眠っているという部屋に入ると、そこには気持ちよさそうな顔で眠っている心君がいた。
私は心君を起こさないように静かにベッドの横の椅子に腰かける。
こうやって眠っているところを見るのは二回目か…。
あの時はやり切ったって顔だったけど、今は本当に気持ちよさそう…。
私はシン君が私の伸ばした手を振り払った後のことを思い出していた。
シン君が私のもとから離れていったあと、私は救援を呼んでから廃ビルの中に入った。
私がシン君の姿を見つけた時、そこにはボロボロになって倒れているシン君と戦鬼の姿があった。
横になっているシン君の顔を見た時、私はシン君が戦鬼を倒したということを理解した。
その後はあっという間だった。
倒れている戦鬼は拘束して拘置所へ運び、シン君は聖園さんのもとへ運び治癒してもらった。
シン君は仮面を被っていたから正体は誰にもばれていないはずだけど、聖園さんがシン君を治癒するときやけにシン君の顔を見て首をかしげていたのが気になった。
まあ、きっと大丈夫でしょ。
「…うーん。」
心君の寝言で私の意識が今に戻される。
本当、心君には感謝してもし足りない。
一年前も、今回も、私は心君に助けられてばかりだ。
心君への恩が多すぎて、どうすれば心君に恩を返すことが出来るのか私にはもう分からなかった。
あれ、布団がずれてる…。
心君の布団がずれてることに気付いた私は心君の布団を元の位置に戻す。
そのとき、私の顔と心君の顔が今にもキスできそうなほど急接近した。
お礼でファーストキスをあげる…とか?
って、何言ってるのよ…。
心の中では否定するが、私の心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
『やってしまいなさいよ。今ならバレないわよ?』
『ダメよ!心君は私のことを頼りになるお姉さんと思ってくれてるのよ?バレたら幻滅されてしまうわ!』
『でも、こんなチャンス二度とないわよ。彼の唇がすぐそこにある。もしバレても事故だと言えばいいわ。』
『そ、それは…。確かにそうかもしれないけど…。』
『正直になりなさい。彼に私のファーストキスをプレゼントする。そう、これはお礼なのよ。』
私の中の天使がどんどん小さくなっていき、悪魔がどんどん耳元で囁いてくる。
そ、そうよ…。
これはお礼、心君へのお礼なんだから…。
ごくり。
意を決して私は心君の唇に少しずつ唇を近づけていく。
あと数センチ……。
「んん?美月さん?」
いよいよ心君の唇に触れようかというその時、心君が目を覚ました。
「え、ええ!もう身体は大丈夫なのかしら!?」
瞬時に心君から離れて、私は声を張り上げながらそう言った。
どどど、どうしよう…。
ば、バレてないわよね…。
「さっき、凄く顔が近かった気がするんですけど…。」
ギクッ!!
「そ、それはね!心君の布団がずれてたから直してあげてただけで他に意味なんてないわよ!!」
私は必死に取り繕う。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます。それじゃ、僕はまた眠らせて貰いますね。」
そう言って心君は眠そうな目を擦りながら再び布団に潜った。
「あ、そうだ。」
バレてないことに安心していると、心君が再び身体を起こした。
「美月さん、僕はあなたの笑顔を守ることができましたか?」
身体を起こした心君は私の方を真っ直ぐ見つめてそう聞いてきた。
「当たり前でしょ?心君、ありがとう。」
私はそう言って心君に満面の笑顔を見せた。
「…かわいい。」
「え!?こ、心君、今なんて?」
「え?あ、いや、違うんです。と、とにかく僕は寝ますね!美月さんの笑顔が見れて良かったです!」
そう言って心君は布団にくるまった。
ずるい……。
好きな子にかわいいって言われて胸がときめかない女の子なんていない。
「…心君。こっちを向いて。」
私に呼ばれて心君がこっちを向く。
その顔は照れからか少し赤くなっていた。
私はそんな心君の頬に優しく触れると、心君の額に唇を優しく当てた。
「…え?」
心君は何が起きたのか分からないといった顔をしていた。
「言っておくけど、心君が悪いのよ。それじゃ、おやすみなさい。」
私はそう言い残して部屋を出た。
やっちゃった…。
部屋から出て私は早足で自分の部屋に向かっていた。
顔がすごく熱い。
恥ずかしがる心君が可愛くてついやってしまった。
で、でも心君が悪いのよ。
我慢してたのに、かわいいなんて言われたら我慢できないじゃない…。
心君、嫌じゃなかったかな……。
その日の夜は、悶々として中々眠れなかった。
***
今回は美月さんのお話。




