球技大会
二学期の期末試験が終了して今日からは二日間、球技大会が行われる。クラス対抗で男子はバスケとサッカーがあり、女子はサッカーがある。
「お〜い、大仏、マジメに走れよ〜」
ちょうどアタシのクラスは試合中で、今まさにボールを追いかけているのだ。
「やかましぞ――宮瀬!」
走りながらふざけた応援をする方に向かって大声で叫んだ。無駄に体力を使ったのでボールのある所にたどり着く前に息が切れてしまう。
(運動不足だわ……)
走るのを止めて歩き始めよとしたタイミングでボールが何故かアタシの前に飛んで来た。
「おっ、大仏、ボールが来たぞ、空振りするなよ――」
また宮瀬の奴が大声でからかってきたが、相手にするヒマはない……足元に転がってきたボールを右足で止めて、どうしようかと迷っていた。
「こっちよ」
アタシ前に同じクラスの山内さんが走ってきた。彼女はバスケ部のマネージャーで、スラットした体型の綺麗な子で結構男子から人気がある。もちろん運動は得意みたいで中学時代は選手としてバスケ部にいたみたいだ。何故バスケでマネージャーをしているのかは、さっきからアタシをからかっている奴が関係しているみたいだ。
「山内さん、お願いね……」
アタシは足元にあるボールを右足で蹴って山内さんにパスをする。
「ありがとう」
パスを貰った山内さんは可愛らしい笑顔でドリブルをして相手陣地に颯爽と向かって行った。
「おっ、さすが美影、頑張れ!」
ムッとした顔で振り返り宮瀬のいる方を睨むがやはり全く気が付くことはない。
(アタシの時とえらい声の掛け方が違うな……)
嫌味な応援は、途中でなくなり男子も試合があるみたいで静かになった。暫くしてアタシ達の試合が終了した。
「お疲れ様、大仏さん」
さっきパスをした山内さんで、綺麗な子は運動した後でも絵になるなぁと思って見ていた。
「あっ、お疲れ様、マネージャーでも体力は凄いね」
アタシはかなり息切れしているが、山内さんは殆ど息が乱れていない、涼しい顔をしている。
「そんなことないよ、これから男子の応援に行くけど、一緒に行かない?」
凄く可愛らしい笑顔で誘われたが、とりあえず今は座って休みたかったので悪いなと思いながら誘いを断った。しかし山内さんは、イヤな顔をせずに優しく笑顔で「ゆっくりと休んでね、向こうで待ってるね」と言ってくれた。
アタシは山内さんを見てすごいなと感心したが、アタシにはムリだわ……と思った。
暫く経って、体力が回復したのでクラスメイトを探しに歩き始めて、バスケのコートで見つけたが殆どが男子の試合の応援に来ていた。意外にも女子が真剣に応援していたのが驚いた。男子のバスケは宮瀬が中心になって本気で勝ちに行っている。宮瀬自身も怪我から復帰して、余程嬉しくてこれまで鬱憤を晴らすのに良かったのかもしれない。
「宮瀬くん、ムリしたらダメよ!」
コートの最前列から山内さんの声がする。さすがはマネージャーだけあって真面目に宮瀬の体の心配をしている。まだ復帰したばかりだから心配なのだろう。
試合はもう終わりかけで、アタシ達のクラスが勝っている。宮瀬は山内さんに言われた通りに無理をしていない。それから直ぐに試合が終わり、男子達は勝って嬉しそうにしていた。宮瀬は一人、山内さんの所に向かってハイタッチをして楽しそうに話していた。
(あの宮瀬がねぇ……)
宮瀬は、基本あまり女子とは絡んだりしないが、本当に親しくなった子には気が利いて優しいみたい……幼馴染みだからよく観察してきた。
アタシは長い間、宮瀬と同じクラスで、近所の幼馴染みだが、バスケをしている姿を殆ど見た事が無かった。今日も見るチャンスがあったけど気にもしなかったから見ていない。
あともう一試合あるみたいだけど、アタシ達の試合と重なっているみたいで今日はもう見る事が出来ない。
まあ、明日でもいいかと軽く考えていたら、クラスの女子達が、試合の終わった後にやたらと宮瀬の名前を出していたのでびっくりした。
(宮瀬って、そんなに凄いのかな?)
何か変な感じだと思いながら一日目が終了した。
二日目、今日も朝から快晴の中球技大会の続きが行なわれた。
アタシ達のチームは、午前中の試合も負けて五、六位当たりになるみたいで、順位もよく分からない。というかあまり興味が無かった。
男子はというと、昨日の三試合共に全て勝利して、午前中にあった二試合共も勝利した。これで午後からの最後の試合に勝てば優勝するみたいで、昼休みはその話題で持ちきりだった。
「円ちゃん、宮瀬くんてあんなにバスケが上手だったの?」
昼食を一緒に食べていたクラスメイトがアタシに聞いてくる。
「何でアタシに聞いてくるの、そんなの知らないよ」
「えっ、そうなの? だって幼馴染みでしょ、あれだけ上手なら知ってるでしょう?」
不思議そうな顔をしているクラスメイトをよそにアタシは昼食を食べている。確かに幼馴染みだが、中学生の頃からは教室以外の事は殆ど知らない、ある事を除いては……
だからバスケがそんなに上手いのもよく分からないのだ。しかしこれだけ女子達がざわつく程に宮瀬が凄いのか不思議でならない。
「どれだけのものか、見てみるか……」
呟くように言うと周りで一緒に昼食を食べていたクラスメイトから「どうして、上から目線なの?」と若干呆れた表情をしていた。
(だってあの宮瀬だよ……)
アタシは周りの様子を気にする事なく残りの昼食を食べた。
午後からの最後のアタシ達の試合が始まり、前半だけ出場した。一応最後の試合だったのでクラスの男子達も応援していたが、相変わらず宮瀬はアタシに対して応援なのか野次っているのか分からなかった。
試合が終わった後にたまたま宮瀬がいて、腹が立ったので無言で頭を叩いてやった。「何するんだよ」と言っていたが、本気で怒ることもなく、顔は笑っていていつもの事のように気にする様子もなかった。
球技大会も残すところは、優勝を決める試合だけになった。
最後ぐらいどんな感じか見てやろうと思い、試合場所に開始前に移動した。既にクラスメイトの大半の女子が集まっていたのにはさすがに驚いた。
宮瀬達率いるアタシ達のクラスは一組との試合になった。一組も同じようにバスケ部員がいるみたいで、全試合負け無しでここまできたようで見るからにかなり強そうだった。
(さすがに厳しいそうじゃない……)
開始直前に宮瀬が山内さんと何か話していて、その隣には一組の子も一緒にいて仲良さげにしている。あの子もマネージャーの子だったと思い出したが、あれっておかしい様な気がした。
(対戦相手のクラスだよね……)
後で聞いたらあの子が宮瀬の復帰の手助けをしたらしい。
いよいよ試合が始まった。クラスの女子達は開始早々から凄い声援で圧倒されてしまった。
(なんだこれ……)
開始直後はそう思って、宮瀬がシュートを決めると一段と大きな声援が起こる。
(おっ、なかなかやるじゃないの……)
試合が進むに連れて応援に熱が入り、試合展開も追いつ追われつで目が離せない。最前列にいる山内さんは凄い必死で応援して、これまでアタシがイメージしていた雰囲気と全く違っていた。
(あれって、彼氏を応援するみたいな感じだよね……)
もう直ぐ半分が終わりそうな頃に、アタシの目が釘付けなる様な事を宮瀬が決めてしまった。宮瀬は圧倒的に不利な状況からまるでアニメか漫画の世界の様にシュートを決めてしまった。
(うわ〜、す、すごい……コレかぁ……みんなを虜にしたのは)
しかしこれだけではなかった、試合が終了するまでに何度も決めていた。そしてそれを決して鼻にかけることもなくチームの皆んなを鼓舞していた。そのあたりの性格はアタシは良く知っている。
試合終了が近づいてきて、クラスメイトはカウントダウンをして盛り上がっている。アタシも思わず乗ってしまった。
「三、二、一、やったぁ! 勝った――」
クラスメイトは皆んな興奮して喜び笑って、宮瀬達もコートの中でチームメイトと喜び合っている。アタシも隣にいた仲良いクラスメイトと手を取り合い喜んでいた。
(久しぶりに興奮したなぁ……)
その後、興奮冷めやらぬまま表彰式があり球技大会が終了した。
放課後、アタシは帰宅部なので帰り支度が終わり、自転車置き場に移動すると同じタイミングで宮瀬がやって来た。
「あれ、アンタ今日は部活は?」
「今日はさすがに休みだよ……サボりじゃないぞ」
疲れた表情をして宮瀬が自転車に鍵を刺している。アタシも鍵を刺して自転車を動かし始める。帰る方向が同じなので、自然と一緒に帰る事になった。
家が近所なので仕方がないが、基本アタシは帰宅部なのでいつもさっさと帰るので一緒に帰るのは初めてだった。
日頃はくだらない話をしているけど、今日は球技大会の話題をしながら自転車を漕いでいた。
「いや〜、本当にアンタにはびっくりしたよ」
「何がだよ」
疑い深い顔をして宮瀬が苦笑いしている。多分またいつものことかと思っているみたいだ。しかし今日は流石のアタシも宮瀬を見直した。
「だって、惚れそうになったのよ、一瞬だけどね」
アタシがからかうように笑うと宮瀬はバランスを崩しそうになり、足を地面につけて立ち止まった。
「はぁぁぁ、怪我するところだったろう」
少し怒った口調だったが、宮瀬の顔は照れているように見えた。言ったアタシも少し恥ずかしいかったが、本当にそう思ってしまった。笹野さんや山内さんが宮瀬を好きになるのが少しだけ分かったような気がした。
「変な事を言うなよ、まったく……」
ブツブツ言いながら、宮瀬は再び自転車を漕ぎ始める。アタシはその姿を見ながら、思わず吹き出して笑ってしまった。
(やっぱり、宮瀬は変わらないね……)
アタシも自転車を漕ぎ始めて、宮瀬を追いかける。まだムッとした表情で宮瀬は機嫌が悪そうだった。
「冗談だよ、アンタはタイプじゃないから、安心しな」
いつもの口調で話しかけると、不機嫌そうだった宮瀬は突然笑い出して自転車を漕ぎながらアタシの方をチラッと見る。
「今更、何言ってるんだ、知ってるよ」
そう言って宮瀬はまだ笑っているみたいで、ちょっと油断して心配したアタシが負けたみたいで少し腹が立ったが、今日はまぁいいかとこれ以上この話題には触れなかった。
この後は機嫌が直ったみたいで、適当な話をしながら家の手前まで来て、お互い「また明日」と言って別れた。
アタシは宮瀬が自転車を漕いでいる後ろ姿を見て、もう暫く幼馴染みの恋路を面白おかしく観察してやろうと改めて思った。