第7話
一夜明けて。朝食の納豆ご飯とみそ汁を家族みんなで食べながらテレビを観ていると、ペ・ヨンジュン公式サイトが何者かによる不正アクセスで閉鎖されたという報道が流れてきた。
「インターネットって怖いねぇ」
母親がボソッと呟く。父親は特に気にするでもなくモグモグ納豆を食べている。弟も興味が無いのか無口なだけなのか、特に何も言わないので俺が反応するしかない。
「昔より発達したからねぇ」
何気なく言ったつもりだが、恐らく口元はニタついていたと思う。VIPが気になって携帯をチラッと覗くと、案の定みんな歓喜の声を上げていた。
「ニュースキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
「これがVIPクオリティwwwwwっうぇwwwwwww」
「流石にVIPの名前までは出ないかwwwwwww」
俺も何か書いておこうか、と思ったが飯を食っているので怒られてしまうからよそう、と思った。
「ご飯食べてる時に携帯見ない!」
ほら怒号が飛んできた。
「はーい」
ぶっきらぼうに返事をしてさっさと飯をかっ込む。ちなみにこの日はクリスマスイブで学校も休みだった。当時の俺は生粋のゲーマーで休日ともなれば1日中コントローラー両手にテレビに噛り付いているような少年だったが、この日ばかりはゲームよりパペマペ祭りの方が格段に面白い事だと思っていた。とんだクリスマスプレゼントである。朝食を済ませてすぐにパソコンの前へ移動。本スレを開くとニュースの興奮冷めやらぬといった感じで、VIPPER達はニュース番組を『次はあっち、次はこっち』と駆けずり回っていた。俺は家族共有のテレビという事もあり勝手にチャンネルをバチバチ変える訳にも行かず、次に何が起こるかワクワクしながら行く末を見守っていた。みんなが全局見終わった辺りで、早速あるVIPPERが次の標的を見つけてきた。
「ペ様の避難所みつけたwwwwwっうぇwwwwwww」
貼られたURLを開くと、ヨン様軍団がVIPPERやニュースの件についてあれこれ愚痴を言っていた。公式サイトが閉鎖されてしまい、一時的に別の掲示板へ避難していたのである。よくもまあ、あざとく見つけてくるもんだ。イナゴの大群が襲来するかの如く一斉に攻撃を仕掛ける。
「陰口叩いてんじゃねーおwwwwwww」
「VIPからきましたwwwwwww」
「ペ様の避難所と聞いて遊びに来ましたwwwwwっうぇwwwwwww」
「次の植民地はここですかwwwwwww」
「テラワロスwwwwwっうぇwwwwwww」
スレどころか掲示板全体が瞬く間にVIPPERの巣窟となり、さらに更新する度に麻原ソングや金正日のテーマがパソコンから流れてくる。VIPの本スレでBGMリクエスト大会の様なものまで行われ、あっという間に公式サイトと同じ悲劇が繰り返されたのであった。もはやヨン様軍団に平和は訪れないのだろうか。…だろうか、って俺らがはしゃいでるせいなんだけどな。リクエストしたFLASH時代の曲が採用されて笑い転げていると、突然謎のレスが書き込まれた。
「あんた達!いい加減にしなさいよ!!」
どう見てもVIPPERではない。そこから適当に打ったであろう文字が次々と貼られていく。
「ペ様の住民じゃね?」
「発狂してるwwwwwっうぇwwwwwww」
「ついに壊れたかwwwwwww」
みんなで嘲笑して20レスくらいした頃、その人物からまた普通のレスが書き込みされた。
「荒らされた人の気持ちがわかった!?いい歳した大人が子供みたいな真似するんじゃないよ!!」
やはりヨン様軍団の1人である。VIPPERが続けて反応をする。
「もう終わりかよwwwwwww」
「テラハヤスwwwwwっうぇwwwwwww」
「こわいおーwwwwwwww」
「鯖落ちさせるくらい本気出せやwwwwwww」
「何がしたかったんだよwwwwwww」
まぁこうなるわな。これによりペ・ヨンジュン避難所は勢いを増して荒れてしまい、調子に乗って田代砲を打つ輩も出てきて避難所はサーバーダウンしてしまった。アクセスできなくなったVIPPER達は休憩とばかりにいつものようにVIPでネタスレを立てて遊び、俺はちょうど昼過ぎになったという事もあり、家族みんなで夜に食うケーキやケンタッキーを買いに父の車でショッピングセンターへ出掛けていった。買い物中もちょくちょく携帯を覗くがなかなか動きがない。ようやく避難所が復活したのは買い物から帰って小一時間程経った頃。ケーキを早く食べたいがパペマペ祭りも同じぐらい気になる。VIPの本スレはどうなったかな、とワクワクしながらスレを開いた。
「ペ様避難所復活したから田代砲で鯖落ちさせようぜwwwwwww」
VIPPERの1人が提案をする。しかし。
「これからケーキ食うから俺はやらないお」
「メンドクセ('A`)」
「別にもうよくね?」
VIPPERというのは飽きやすい。実に飽きやすい。なんと、大半がこの数時間の間に飽きてしまったのだ。
「そんなことより別のスレで女神降臨してるぞwwwwwww」
「うおぉぉぉぉぉwwwwwww」
「おっぱい!おっぱい!」
「急げ!乗り遅れるな!」
しかも別のエロスレに夢中になって誰も聞く耳を持たない。VIPは良くも悪くも毎日いろんな所でお祭り騒ぎなのだ。
この時ふと、そういえば女子スレはどうなったのかな、と気になって数日ぶりに女子スレへアクセスした。荒らしがあった日以来であったが、新着はほとんど『保守』という文字で溢れていて廃れている様子だ。とりあえず過去に遡ってスレを見返す。すると、女子の書き込みが出てきた。
「誰かコテ出てこいよ。いびりぃぃぃ、志村ぁぁぁ、いいんちょぉぉぉ…」
やはりみんな居ないようだ。その後、ポツリとレスが書き込まれたあと、女子は姿を消していた。
「あたしのバーカ」
少しだけ、胸の奥が締め付けられた。本当は寂しかったのかもしれない。あの時、誰かに構って欲しくてわざと人を煽ってしまったのかもしれない。やはり初期の女子の態度は釣りではなく本心だったのだろうか。何か書き込もうと思った時、ちょうど夕食の準備が整ってしまったので仕方なく女子スレを後にした。なんとなくモヤモヤしたままイブのメインイベントが始まってしまったのだが、ケーキを食べてテレビを見て笑っていたらすっかり気分が晴れやかになり、もう少し女子スレが活気付いてから改めてレスをしよう、と思って女子スレの存在を一旦忘れる事にした。
さて、『バルス祭り』というものをご存知だろうか。普段から5ちゃんねるを見ていなくても、恐らくこれだけは知っているという方も多いと思う。クライマックスシーンでシータとパズーが『バルス』という言葉を放つと同時にTwitterなんかで一斉に『バルス』と書き込む、アレである。実はこのバルス祭り、2004年の時点ですでに2ちゃんねる恒例行事となっており、この日は金曜ロードショウで天空の城ラピュタがまさに放送されていたのだ。VIPにとって初めてのバルス祭りでしかもイブの夜。ラピュタスレばかりでなく板全体が大盛り上がりだった。普段の俺は22時ぐらいに母親による『寝なさいコール』によってベッドで強制睡眠させられてしまうのだが、イブの夜という事で今日は特別に起きていられる。パソコンでラピュタを観飽きた弟がゲームをしているので俺は携帯でVIPのラピュタ実況スレを開き、みんなとワイワイ騒ぎながらその時を待っていた。
「3分間待ってやるキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
「いよいよだなwwwwwっうぇwwwwwww」
「楽しみすぎるwwwwwww」
「スレ消費最速記録でそうwwwwwww」
「VIPの歴史に残る日になるおwwwwwっうぇwwwwwww」
俺も『バルス』という文字をすぐ書き込めるようにして待機した。そして、その時は訪れる。
「バルス!!!!!!!!!」
テレビから声が流れると同時に書き込みボタンを押す。しかし、なかなか書き込みがうまくいかない。堪らず板を更新すると、アクセス不可。はい、鯖落ち。仕方なく日テレ実況を開こうとする。こちらもアクセス不可。ならばドクオ板、と開こうとするとアクセス不可。こうなりゃ運営だ!と運営板を開こうとするもアクセス不可。つまるところ、2ちゃんねるのほぼ全てのサーバーが『バルス』によってダウンしてしまったのである。VIPにも避難所が存在していて、こちらを開くとすでにVIPPERが大挙していた。
「やはり落ちたかwwwwwww」
「どこにも書き込めねぇwwwwwテラバルスwwwwwww」
「さすが滅びの呪文wwwwwww」
「腹いてぇwwwwwっうぇwwwwwww」
やっぱりみんな楽しそうである。こうしてイブの夜を大いに笑って過ごして俺は眠りに就いた。別にバルスを書き込もうが書き込めまいが楽しければ何でもいいのである。次の日の朝、枕元にはゲームが入ったプレゼント箱が置かれていた。高校2年生でサンタが来る家がどれだけあるかわからないが、少なくとも恵まれていた環境であった事は間違いない。ゲーム中毒の少年に戻った俺は例年通りゲームでクリスマスを潰した。パペマペ祭りは何処へやら。ちなみに、結果的にパペットマペットは1位になれなかったもののベスト3に入った記憶がある。しかし、ペ・ヨンジュン公式サイトの件もあってか番組内では全く触れず、ネット上のみで結果を公表する事になってしまった。しかしVIPPER達は悔しがるでも荒らすでもなく、普段通りっうぇっうぇ言う生活に戻っていた。俺もクリスマス以降はプレゼントのゲームを楽しみつつVIPのネタスレを楽しんでいた。2004年がそろそろ終わろうかという年の瀬。ふと、女子スレの事を思い出した。あの時はスレが盛り上がってからレスをしようと考えていたが、よくよく考えてみると今後スレが盛り上がる事は無いかもしれぬ。年を跨ぐ前に1度、スレ住人に挨拶をした方が良いのではなかろうか。そう思って何気なく女子スレを開いてみた。すると、例の便秘というコテがおっぱいを晒していたらしい。らしい、というのは画像が消えてしまって俺は見られなかったからである。住民の反応を見るに、女子に劣らぬ素晴らしいおっぱいであったと推測される。みんなズルくね?悔しがるのも悔しいので平静を装って久々に書き込みをした。
「みんな久しぶり!便秘って女だったんだ。俺の疑い晴れた?」
すると、すぐに住民からレスが返ってきた。
「豚、久しぶりだな。まだ疑い晴れてないよ」
「そんなぁorz 他のコテは?」
他の住民からもレスが返ってくる。
「みんな来なくなった。古参はお前くらいだろ」
「そっかー、なんか寂しいな」
「豚長はタフだよな。軟弱なコテとは大違いだw」
久しぶりに現れたからだろうか、いつもよりみんなの対応が優しい気がした。
「声もよし、性格もよし。顔は女子の好みじゃないだけで悪くないと思うが」
「なんだよ、みんな優しいな照れるだろw」
単純に嬉しかった。それだけスレが廃れていたのかもしれない。
「ほんとだよ。豚長のようなイケメンを豚と呼ぶのは抵抗があるな」
「いやいや、そこまでではないだろw」
なんとなくだが、持ち上げすぎじゃね?
「豚長さん、プロフィールを教えて下さい」
「今さら?あ、新規の方かな」
そうか、俺を知らない奴もいるから変な感じのだ。今まで意外と盛り上がっていたのだろうか。
「お前、豚長様に失礼だろ!すみません、新人がご無礼を…」
「別にいいしw ってかなんで敬語?」
うーん、やっぱりおかしい。次々に住人がレスをしていく。
「やはり豚長様は器が違うお方ですね」
「豚長さんの顔を思い出すとうっとりしてため息しかでない…」
「我々のような愚民に話しかけてくれるなんて…」
あれ、なんだこの流れは。何が言いたい。
「豚長様、もう一度お顔を拝見させてもらえませんか?」
ああ、オワタ。
「お優しい豚長様であれば目だけでなく顔全体をアップして頂けるはずだ」
「豚長様の御利益を得ることができるのであれば是非…」
「なんて失礼なお願いを!優しい優しい豚長様がお顔をうpしてしまうではないか!」
「毎日手を合わせて拝みますゆえ…」
なんなんだこの流れは。事前打ち合わせ一切無しである。誰かが咎めるでもなく、横槍を入れるでもなく、示し合わせたように全員敬語だ。書かれてはいなかったが、俺はこう言われているように感じた。
「「「「「顔をうpするまで、お前を逃さない」」」」」
こうなりゃヤケだ。久々に来たと思ったら全員でハメやがって。特定でもなんでもしてみやがれってんだクソが!俺は半ばヤケになって思いっきりキメ顔で自撮りした。それも『豚長』と紙に書いてわざわざ本物アピールまでする気合の入れっぷりだ。これで釣りだとは思われまい。
「はい、これでいい?」
ぶっきら棒に言い放ちURLと共にレスを投げる。何とでも言ってくれ。
「バカの一本釣りキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」
「おまいら最高wwwww」
「さて、風呂でも入ってくるかな」
「あんまり古参をいじめるなよw」
「ここの住民は暇つぶしの天才だなw」
なんだろう、何故かホッとする。とりあえずガチで叩かれなくて良かった。精神的に疲れてしまったので俺はスレを後にすることにした。
「なんか疲れたわw もう落ちるが俺は便秘じゃないからな!じゃあな!」
これに続いて住民が次々とレスをした。
「乙でしたーノシ」
「便秘によろしくな」
「女子隠れて見てるだろw」
「お前は偉いよ」
「久々に楽しませてもらったわw」
こんな奴らでも交流できて本当に嬉しかった。だが悲しいかな、これが最後の交流となってしまうとは。その後、女子スレはスレストと呼ばれる強制スレッドストップにより一切書き込みができなくなってしまう。独身男性板の規約である『特定のコテ名が入っているスレ立て禁止』という項目に違反しているという事で今更感が強いのだが、気付いた時には時すでに遅し。住民は散り散りバラバラとなり呆気なくスレは終了してしまった。こうして2ちゃんねるデビューを果たした2004年は最後まで濃すぎるほど濃いまま幕を下ろした。心のどこかで優しくて可愛い女子が常に笑いかけてくれるのだが、今は見て見ぬ振りをするのが精一杯である。