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第6話

 玄関のドアスコープを覗くと、新聞の束を持ったおっさんが立っていた。俺は気付かれないように足音を忍ばせてそっと部屋へ戻る。ピンポーン、という音が再び鳴る。無視して6畳1間の散らかり放題の我が家に空いた僅かなスペースへゆっくりと横になった。三度、ピンポーンとなる。今日はしつこいな。そのままの体制で数秒待つと、アパート外の2階の階段からコツコツと人が降りる音が聞こえてきた。完全に音が消えた所で俺はプハーッと大きなため息をついた。どうやら若干息まで止めていたらしく、少しぜーはーと息をする。都内に住んでいるとこんな営業はしょっちゅうだ。出て行こうものならビール券をチラつかせて新聞を買わせようとしてくるのだ。こういう時は居留守に限りますな。携帯を開き、ゴミ箱板へ5ちゃんねる歴の続きを書き始める。付けっ放しのテレビから旅番組に出ている芸人の笑い声が聞こえた所で、今日はうまく居留守できてなかったかな、と少し反省した。別に反省しなくても良いのだが。


 ──2ちゃんねるでは『祭り』と呼ばれる出来事が度々起こる。祭りとは良く言ったもので、実際は悪ノリが大半を占めるのだが。俺が初めて祭りに参加したのはVIPを始めてすぐ。もうすぐクリスマスになろうかという時期だった。事の始まりは日テレ系番組内のイケメンランキング。インターネット投票で決める方式で、『冬のソナタ』という韓国ドラマの主演であるペ・ヨンジュンが堂々の1位となっていた。それを見つけたVIPPERがある事を思い付き、こんなスレを立てたのだ。


『パペットマペットを1位にして素顔見ようぜwwwwwwwwwwww』


 当時、パペットマペットという芸人が流行っていた。牛とカエルの人形を操る珍しい芸人さんで大人から子供まで人気があったのだが、この中の人がめちゃくちゃイケメンなのだそうだ。


「おkwwwww把握wwwwwww」

「パペマペの素顔楽しみだおwwwwwwwっうぇっうぇwwwwwwww」

「うはwwwww夢がひろがりんぐwwwwwwっうぇwwwwwww」


 この機会に素顔を見れる、という事でみんな乗り気である。すぐに番組ホームページへと赴きガンガン投票を始めていた。なんだか楽しそうなので俺も一緒にポチポチ投票する事にした。ちなみに語尾に『お』を付けるのは例のVIPPERアイドル発祥ではなくファイナルファンタジー11を楽しくプレイしていた人のコピペが発祥である。『ぽこたんインしたお!』というセリフと共にウンコ頭のAAが貼られる事が多く、これがツボにハマってVIPでも使われるようになったのだ。だから当時のVIPPERは総じてオットセイの如くおっお、おっお、と言っていたのである。圏外だったパペットマペットはVIPPER達の猛攻によりあれよあれよと順位を上げていき、あっという間にベスト10に名を連ねていた。しかし、ペ・ヨンジュンになかなか追いつかない。ここでVIPPERの1人がある事を見つけた。


「ちょwwwwwヨン様ファンのババァが組織投票してるおwwwwwwwww」

「うはwwwwwwマジかwwwwwwwwww」

「ヨン様公式掲示板見てみろwwwwwwwwwww」


 丁寧にURLが貼られておりクリックして覗くと、なんとファン全員が団結してペ・ヨンジュンを1位にしようと動いていたのだ。これにはVIPPERも対抗意識を持たざるを得ない。


「うはwwwww負けらんねぇwwwwwwwwww」

「全面戦争キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!」

「VIPクオリティを見せつける時が来たwwwwwwっうぇwwwwwwww」


 俺もみんなに習って書き込みをしようとした。ここではコテではなく名無しVIPPERとして参加する。


「初めての祭り楽しみwwwwwっうぇwwwwwww」

「ナカーマwwwwww楽しもうぜwwwwwwww」

「ちょwwwwwよろしくwwwwwww」


 こうして始まったのが『パペマペ祭り』と言われる祭りである。小一時間経った頃、有志のVIPPERが『田代砲』と呼ばれる自動投票ツールを改造した『パペマペ砲』というものを作成してしまった。これを使うと1人で何百回も投票ができてしまうのだ。なんと優秀な事か。


「これ使えば自動でガンガン投票できるおwwwww」

「ちょwwwwwテラスゴスwwwwwネ申wwwwwww」

「クオリティタカスwwwwwwっうぇっうぇwwwwwwww」

「うはwwwwwパペマペ1位待ったなしwwwwwっうぇwwwwwww」


 こう見ると『っうぇっうぇ』と言い過ぎじゃないかと思うのだが、ガチで当時はこんな感じなのだ。戻れるものならノリだけでもあの頃に戻りたいものである。このツールを使った事で順位はさらに伸びるのだが、何故かパペマペは5位止まりであった。


「なんだよ全然伸びねーじゃねぇか!」

「ふざけんなお!時間返せお!!」

「日テレの陰謀だな」

「ペ様の陰謀だろ、許せねぇ!」


 この時ばかりは笑ってばかりのVIPPERもブチ切れである。半ば嫉妬のような形でペ・ヨンジュン公式掲示板を荒らしにVIPPER達は繰り出していった。


「VIPからきましたwwwwwwww」

「ペ様の本部と聞いてwwwwwっうぇwwwwwww」

「荒らしにきましたwwwwwwww」


 もちろん俺も一緒に参加する。


「テラワロスwwwwwwっうぇwwwwwwww」


 特に意味はない。とりあえずなんか書き込んでおけばいいのだ。それまでペ・ヨンジュンの話題で進行していた掲示板はVIPPER達の書き込みで瞬く間に200レス以上埋め尽くされてしまった。まだ世間ではマイナーだったAAもガシガシ貼られている。さらにはスレの中だけに留まらず、掲示板のスレッド全体が『VIPからきましたwwwwwww』とか『VIPの植民地になりましたwwwwwww』という下世話なタイトルで埋め尽くされてしまう。当のヨン様軍団は大パニックだ。


「ちょっと何が起きてるの!?」

「パソコン壊れちゃったかも…」

「誰かがいたずらしてるのよ!」

「管理人さん助けて!」

「ホームページの電話番号とメールアドレス教えて!」


 30レス中1回はこんな書き込みを目にした。あとは全部VIPPERである。インターネットが発達しきっていない当時において、この程度の荒らしでも対応にはめちゃくちゃ時間がかかるのだ。普段から1時間に2、3レス程度でまったり楽しんでいた高貴な奥様方は為すすべもなく、ただ見守るしかない。そして、VIPPER達はこれだけでは満足しなかった。あろう事か、ペ・ヨンジュン公式サイト内に入り込みセキュリティホールと呼ばれるバグを発見してしまったのだ。誰でもわかる簡単な方法で個人情報が垂れ流しされていることが判明し、ここからヨン様軍団の個人情報が滝のようにだだ漏れとなっていった。そして、VIPPERの1人が本スレにレスをする。


「公式ホームページのBGM変えてみたwwwwwww」


 何のこっちゃ、とサイトを開いて数秒。突然BGMが流れ始める。


『しょ〜こぉ〜しょ〜こぉ♪麻原彰晃ぉ〜♪あっさ〜は〜らぁ〜♪──」


 なんということでしょう。匠の技によってサイトから麻原彰晃の歌声が流れてくるようになりました。更新ボタンを押すごとにファイナルファンタジー7のBGMである片翼の天使になったり、当時の北朝鮮の代表である金正日を讃える曲になったり、巫女みこナースになったり、もうしっちゃかめっちゃかである。当然、ヨン様軍団は阿鼻叫喚の地獄絵図。個人情報が漏れた事で警察に電話した者もいた。そして、この一連の流れを見ていたヨン様軍団の1人が壊れる。人間として壊れてしまう。何を思ったのか、自らの名前・住所・メール・電話番号をスレへ貼っ付けたのだ。


「私は逃げも隠れもしない。ネットでしか何も言えない引きこもり達に何ができるというの?悔しかったら電話でも何でもしてみなさいよ!」


 愚策中の愚策である事は間違いない。しかし、当時の善良なる一般市民がインターネットを使う感覚というのは、この程度なのだ。こんな挑発をされてVIPPERが黙っている訳がない。VIPの本スレに上記の発言が貼られる。


「こんな事言ってるんだがwwwwwwww」

「うはwwwwwマジかwwwwwwww」

「ググったら本人出てきたwwwwwテラワロスwwwwwww」

「釣りじゃなくてガチかよwwwwww狂ってやがるwwwwwwww」

「ファンキーすぎるwwwwwwっうぇwwwwwwww」

「本人のお望み通り遊んでやろうぜwwwwwwww」


 ここから祭りはさらに加速する。ある者は自ら電話をし、ある者は迷惑メール業者に彼女のメールアドレスを登録する。彼女の住所にピザを注文する者もいればホストやデリヘルを呼ぶ者もいる。通販サイトで着払い扱いにしてエロ本や家電製品を送る者もいた。俺は警察が動く可能性も鑑みて怖くて何も出来なかったが、パソコンの前で大爆笑していた。同時にVIPPERはなんて恐ろしい人達なのだろうとも思った。結果的に彼女は1時間も経たないうちに弱音を上げ、田代砲で公式サイトのサーバーをダウンさせてこの日は終了した。話は少し逸れるが、現在の5ちゃんねるには『なんJ民』と呼ばれる人達がいて、通称『野球のお兄ちゃん』と呼ばれている。みんなと遊んでくれる優しいお兄ちゃんなのか、というとそうではない。遊んでくれるのだが度が過ぎる。上記のような事はもちろん、実際に現地に赴いて色々なイタズラをするのである。逮捕者も出てるしニュースで事件として扱われた事もあるぐらいなので、これと比べるとまだ良識はある方なのではなかろうか。ただ、これを読んでいる皆様はくれぐれも真似をしないようにお願い致します。平和で幸せなのが一番なのだ。ここからパペマペ祭りはいよいよ佳境に入ってくる。

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