第5話
『【イケメン】豚長【歌手】』と仰々しく書かれたスレを覗くと、俺が歌手を目指している旨をまとめたコピペがいくつか貼られていた。J-POPしか聴かない、CDアルバムを全く聴いたことがなくシングル曲しか知らない、もののけ姫が人生で一番好きな曲、などなど。恥ずかしいわ。そして、スレでは住民が俺の登場を待ちわびていた。
「mp3うp!mp3うp!」
「び・せ・い!び・せ・い!」
「動画!動画!」
どういう状況なんだこれ。シカトしても良かったのだが、なにせ女子スレの自作自演疑惑が完全には晴れていない。とりあえず俺がレスしないと何も進展が無さそうなので、仕方なくレスをする。
「このスレ何なの?聞いてないよ!」
すると住人は待ちわびていたようにレスをした。
「歌手キタ――(゜∀゜)――!!」
「未来の大スター、待ってました!」
常人であればこの反応を見てかなり困惑するであろう。先程までボロクソに叩かれていたのだ。しかし、残念な事に俺は豚長である。この反応が嬉しくて嬉しくて、思わずパソコンの前で踊り出したくなるぐらい気分がどんどん高揚していた。無意識に口元も緩んでくる。そして、冷静を装いつつレスをした。
「とりあえず、歌動画うpすればいいの?」
「それでOK、頼んだよ!」
頼んだと言われて断る奴がどこにいる。歌に関して並々ならぬ自信があった俺は早速、携帯のボイス機能を立ち上げて意気揚々と録音に取り掛かった。曲目は、もののけ姫。しかもアカペラ。ここからは俺の独り言である。
「かぁなぁしぃみぃとぉ〜いかぁ〜りぃ〜にぃ〜…ちょっと声ひっくり返ったな、もっかい。はぁりつめたぁ〜……うーん、なんか違うな。…もののぉ〜けぇ〜たちぃ〜だけぇ〜…こんな感じかな…うわぁ微妙…」
こんな感じで子供部屋で1人試行錯誤する。哀れなり。自分の声というのは録音をした経験が無いと慣れないもので、脳内イメージと全く違う声が携帯から流れてくる。納得する歌を録るまでだいぶ時間がかかってしまった。こんな声でよく歌手目指すとか言ってるな、と自分でも思ってしまったのだが、うpする約束をしているので仕方がない。チラっとスレを覗くと、住人達は俺の歌声を心待ちにしているようであった。
「大スター豚長が世に出るのが待ち遠しいなぁ」
「まとめサイト作らなきゃ」
「さっきの顔写真は価値付くぞ」
「うわぁー保存し忘れた!再うpしてくれ!」
「プレミア狙ってるからイ・ヤ・ダ♡」
「てめぇぇぇぇずりぃぞぉぉぉぉ!!!!」
なに楽しそうにしてるんだこの野郎。しかも俺がデビューした時の妄想まで貼られている。
「初登場、豚長さんでーす」
「初めまして。ちょっと緊張してますw」
「デビュー当時の思い出、ありますか?」
「ネットで応援してくれたドクオ達ですかね」
「あの電車男で有名な?」
「そうです。彼らがボクに勇気をくれました」
「ほぉー、いい話だねぇー」
何ステなんやろか。とにかく、さっさと歌を撮り終えてスレにうpするのだ。そして歌が上手いと言われてさっきの件を有耶無耶にするのだ。ついでに女子さんも俺の歌声を聴いて惚れ直しうひゃひゃぁへへへへ…。それから2、3テイク撮り直してようやく納得のいくもののけ姫が完成。すぐさまスレへうpした。
「待たせてごめん。聴けなかったら報告よろ!」
先ほどの囚人のような気分とは打って変わってワクワクが止まらない。これから賞賛の嵐が俺に浴びせられる。この勢いで誤解も解けて正式にスレ復帰ができる。長い長い1分が経過して、次々とレスが貼られていった。
「はい解散 」
「腹イテーーーーーwwwww」
「さて、風呂入ってくるか」
「呑みいこーっと」
「お前らおもしろすぎwwwww」
俺は、言葉を失った。追い討ちをかけるようにポツリとレスが飛ぶ。
「豚のマジっぷりに少し引いたわ」
絶望だ。これは紛れも無い絶望だ。ベッドでふて寝して夢の中でタモリさんとの会話を楽しもうと思い立った時、住人がまたレスをした。
「本スレで便秘待ちしてるよ。このスレ用済みだから豚も来れば?」
「あいつ来るのか!?文句言わないと気が済まない!行く!」
絶望から怒りへと変わった俺はスレを後にし、女子スレへと移動した。が、便秘の姿はどこにも無い。代わりに俺専用スレがいかに盛り上がったかという事がつらつらと書かれていた。
「いやー気持ち悪い歌声だったwwwww」
「お前らの団結力に感動」
「人を釣るのってこんな楽しいのか。病みつきになりそうで怖いな」
「いま仕事終わった。乗り遅れた事が悔やまれる…」
「久々に腹がよじれるほど笑ったわw」
無言で携帯を閉じ、何となく部屋の中にあるピンクパンサーのぬいぐるみを抱いてベッドへ潜り込んだ。そして、タモリさんへの差し入れは何がいいかなぁと本気で考えながら眠りに就いたのである。
翌日、嫌々ながらスレを見返すと複数による謎の荒らしが夜中に来ていた。よくわからない書き込みが何レスも続いている。今までも少なからず荒らしは来ていたがそれは同一人物によるもので、大勢で来ることは初めてだった。住人の1人が言う。
「どうせニュース速報VIPの奴らだろ。気にすんな」
VIP?なんじゃそりゃ?そんな特別な人達が関係ないスレを荒らすのだろうか。
「VIPPERだな。一緒に糞にまみれたかったか」
「それ最近できたゴミ箱みたいな板だろ?」
「どうせ糞以下のくだらない板」
別の住人が次々とレスをする。一体VIPPERとは何者なのであろう。しかし、どんな奴が相手でもやり返さねば気が済まない。昨日の件もあり、俺は正義とも怒りとも違う何かに取り憑かれていた。早速、ニュースカテゴリをチェック。しかし、VIPは存在しない。この時点で2ちゃんねるではなく別のサイトかと思ったのだが、煮えたぎる思いが収まらないのでまずはググる。すると雑談2カテゴリにあると出てきた。やっぱりGoogle先生は最強だな、と思いながらカテゴリを開くと『ニュース速報VIP』と板が出てきた。敵の総大将を見つけたかの如くすぐにクリック。
この時、初めて見たVIPの印象と興奮は今でも忘れない。
今はわからないが、当時のドクオ板は一覧で表示されるスレが最大でも400スレ前後だ。それがVIPでは3倍の1200スレ以上がずらーっと並んでいるのである。
「なんじゃこりゃ!!」
素で叫んだ。半ばパニックになりながらも、とりあえず適当なスレを開いてみた。その瞬間、俺は笑っていた。
「テラワロスwwwwwwwwwwwっうぇwwwwwwwwっうぇwwwwwwwwwwwwww」
「ちょwwwwwwおまwwwwwwwwwwwwww」
「うはー夢がひろがりんぐwwwwwwwwwwwwっうぇえwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「おkwwwwww把握wwwwwwwwwww」
「クオリティタカスwwwwwwwwwwwwww」
全ての言葉が斬新で、なんでこんなに『w』が並んでるんだとか、なんでみんな小倉優子みたいな喋り方してるんだとか、なんでこんなテンション高いんだとか、色々こんがらがって爆笑するしかなかった。全てが桁違いの世界だったのだ。文句を言うつもりが一発で板の雰囲気にハマってしまい、この日からVIPPERとして過ごす日々が始まる事になった。もちろん女子スレも見続けるのだが、ここからはVIPPERとしての生活をしばらく書き綴っていきたい。
最初に重要となってくるのがVIP特有の言葉。まず、最初に目に付いた特徴的な『w』の羅列だが、VIPPERの笑い上戸ゆえに起こる現象だと思って頂ければよろしい。例えば机に箸を1本転がす。それを見たVIPPER。
「箸がwwwwwwwwwwwwwwwww」
ちなみに先ほどの『w』の後の『っうぇ』というのは、キーボードの『w』の横に『e』がある関係上、笑いすぎて『e』を途中で押してしまった事で発生したものである。…説明しすぎてよくわからんな。簡潔に言うと、VIPPERの鳴き声である。今では草を生やすという表現が使われるが、文字通り『w』を草で刈り取るAAが当時はよく貼られていた。それだけVIPPERはアホみたいに笑いまくっていたのだ。『うはー夢がひろがりんぐwwwww』というのはVIPに立ったスレが発祥である。ざっくり内容を説明すると、スレ主がトラックを1台買ってりんごジュースを売るオーナーになったという。全国を回って大儲けするというのだが、これがどうも怪しい。まず、トラックは自費で購入。話を聞くと悪徳商法の可能性が高かった。美人なねーちゃんが紹介してくれたという事でデート商法なんじゃないかと疑われ、さらに委託販売をするりんごジュースはマルチ商法のものであると判明。住民が詐欺だと忠告してもスレ主は業者を信じ抜き、結果的に『これで家族に親孝行することができる。うはー、夢がひろがりんぐ』という迷言を残してしまった。スレ主の純粋な心と悲惨な状況にひどく心を痛めたVIPPER達はスレ主に敬意を称し、板のTOPに表示されるバナーをトラックでりんごジュースを売るスレ主の様子を描いたバナーに変更したのであった。そして、代表的な『ワロス』という言葉。笑って許す、というのを短くしてワロスになったらしい。面白い面白くない関係なく、とりあえず『ワロスwwwwwwwww』と叫んでおけばスレは盛り上がる空気だったので、初心者の俺でも気軽にレスする事ができた。また、今はだいぶ廃れてしまったのだが、その頃はみんなワロスの前に自分流の言葉を付ける『オリジナルワロス』を作って楽しんでいた。 1番の主流は『テラワロス』であったが『ペタワロス』も居たし、『メメタァワロス』『ギガントワロス』『アルティメットワロス』なども存在していた。基本的にはなんでもありなので、まぁ、例えるならファッションみたいなもんだろうか。ここで1つ、ワロスに纏わるエピソードをご紹介しよう。当時、ある売れないアイドルタレントを応援するスレが立っていた。その方はVIPPERであり、個人ブログで思いっきりVIP語を使って更新していた。2ちゃんねる全体の言葉は電車男の影響で多少は認知されているが、VIP語に関しては生粋のVIPPERでないと絶対に使わないのである。思い出す限りだとこんな感じ。
「ギザワロスwwwwwwwwっうぇっうぇwwwwwwwwwww」
「mmtsギザカワイスwwwwwwwww」
「なんなんだおwwwwwwwwwwwww」
名前は出さなくていいんじゃないかな。後に彼女は有名となり、テレビでVIPPERを『集団じゃないと何も行動できない人達』とネガティブな発言をしたあげく『ギザは私のオリジナル』と勝手に自分の物と公言してしまった。その放送を観たVIPPER達は失望してブログをプチ炎上させた後に見放してしまうのだが、それは未来の話であり過去の話。現在は立派な芸能人として活躍されているので、特定できた方は是非とも応援して頂きたい。ちなみに俺はドラクエ4だとライアンが好きです。もっと言うとホイミンが好きです。アリーナはかわいいけどミネアの方が俺としては…おっと、誰か来たようだ。次回からVIPにさらに切り込みつつ女子スレの行く末も併せてお届けしたいと思う。乞うご期待!はいはーい、いま行きますからねー……。