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第4話

 バス停を降りて坂の上にある高校へ向かう。春になると桜のトンネルが出来上がる美しい坂だ。さて、ここで今後を語るためにも俺の高校生活について触れておきたい。改めて記しておくと、女子スレに在住していた時の俺は商業高校に通う2年生で普通の男子高校生。卒業まで同じクラスメイトと過ごしていく事が決定していて、俺もクラスに馴染んでいる方だ。しかし悲しいかな、ポジションはいじられキャラであった──というより、いじめられ疑惑が絶えなかった。例えば昼飯の弁当だけでは物足りず、学内で販売しているパンを買いに行こうとする。すると、必ずクラスの三村と堀内という同じクラスのちょい悪不良ポジションの2人から声を掛けられるのだ。大抵は三村から最初に話しかけられる。


「豚長、ついでに俺の分も買ってきてくれ」

「いいよ!いつも通り堀内くんのも買ってくるけど何がいい?」

「俺はジュースだけでいいや。コーラで。三村はどーすんの?」

「いつものタラコがのってるフランスパンと炭酸適当に頼むわ」

「わかったー!」

すると、別のクラスから遊びに来ていた不良ポジションの仲間が便乗してくる。

「俺のパンとジュースも買ってきて!」

「おれもおれも!」


 こうして毎回パンとジュースを両手でごっそりと抱えながらクラスへ帰っていくのが日常になっていた。クラスメイトの中には『豚長ばっかり買いに行かせて可哀想じゃないか!』という声を上げる者もいたが、俺は『ついでだから平気ー!』と心配をよそにニコニコ買いに行く。実際、心のどこかで『良いことではないよなぁ』と思っていた。なのによかれと思い、ついつい引き受けてしまうのである。また、当時はちょうど格闘技ブームであり、昼休みになると教室の隅でよく技をかけられていた。特に三村は格闘技が大好きで、休日になると大型格闘イベントを観戦しに都内へ1人で繰り出したり、ネットで購入したプロ仕様のサンドバッグを自室へ置いて打ち込み練習をしたりと、その熱量が凄まじいのである。これまたいつものように三村が俺に向かって言う。


「豚長、今日は三角締めの練習させてくれ」

「いいよ!俺も覚えたいし」

「じゃあ俺が下になるから、お前は上に乗れ。本気でかかってこいよ」

「オッケー!」


 オッケーじゃないんだよ!というツッコミも今なら出来るのだが、当時の俺には無駄だった。三角締めとは自分の両脚と相手の腕を利用して首を絞める技なのだが、三村の圧倒的技術力によって毎回あっさりと決まってしまう。分かってはいても『続けるうちになんとかなるんじゃないかなぁ』と思ってしまい、結果的に声を絞り出すようにして『ストップ!ストップ!』と必死で三村の脚をパンパンとタップするハメになる。無事に三角絞めが解けてぜーぜー言っている俺に三村がニヤニヤしながら問う。


「これで三角締め覚えただろ?」

「ま、まぁ、なんとなくね...」

「じゃあ、次は堀内にお前がかけてみろよ」

「え、いいの!?」

「別にいいよなぁ、堀内」

「俺は構わねぇよ。ぜってー負けねぇし!」


 堀内は部活こそやっていなかったが180cm超えの筋肉質という恵まれた体格だった。先ほどの三村戦とは逆位置となり、俺が下で堀内が上。三村の合図で試合が始まり全力で両脚を使いながら首を絞めに行くのだが、相手はゴリゴリの体格を持つ堀内。俺の身体ごと宙に浮かせたと思ったら、パワーボムのような形で背中をガンガンと打ち付けられる。結局は短期決戦で勝負はつき、教室の隅で悶絶しながら悔しがるのであった。いま思い出してみると笑い話で済むのだが、これを見ていたクラスメイトはどんな気持ちだったのかを想像すると若干申し訳ない気持ちになる。何せ不良2人組から技をかけられて毎回悶絶しているのだ。豚長くんがいじめられてます!という話に発展しなくて本当に良かったと思う。


 そして当時、俺には片思いをしているクラスメイトの女の子がいた。性格は大人しくておしとやか。容姿はお目目パッチリ黒髪長髪ストレート前髪パッツンの細身・貧乳・低身長。見よ、この素晴らしいスペックを!低身長といっても150㎝以上あるのだが、2次元から出てきたんじゃないかと見紛うぐらいめっちゃくちゃ可愛くて初めて見た時から俺のハートは時速160km真ん中直球どストレートで突き破られたかの如く射抜かれていた。毎日毎日見るだけで心臓がバックンバックンしていたのだが、クラスでの立ち位置も相まってなかなか仲良くなれずにいた。名前は……えーと、どうしよう。…まどかさんにしておこう。まどマギ好きだし。全国のまどかさん、許せ。そしてこういう時に2ちゃんねるが役に立つのだ。2ちゃんねるには『恋愛サロン』という、恋愛に関する話題なら何でもOKな恋愛専門の板がある。恋愛の悩みを持つ人はもちろん、恋愛のスペシャリストみたいな人もいたりして今でも活気付いている板だ。女子の件もあり『乙女心とはなんぞや』という事で、この頃は定期的に通っていた。主に片思いスレをチェックしていたのだが、スレ住人の話を総合すると、まずは相手と喋らなくてはいけないという。コミュ症ではないと自分では思うが、無口で関わりの少ない人と喋るというのは、なかなか勇気が要るものだ。しかも、これが好きな人となると難易度はどれだけハードなものになるだろう。なにせ人生で1度も告白した事もされた事もないのだ。マリオで例えると俺がクリボーでまどかさんがマリオ。踏まれておしまい。ドラクエで例えれば俺がスライムでまどかさんは勇者。仲間になりたそうにまどかさんをチラチラ見ていても『いいえ』を選ばれてそれっきり。FF6で例えるとまどかさんがティナで俺はオルトロスだろうな。筋肉質のライバルにボッコボコにされるのだ。あーヤダヤダ。モヤモヤが溜まりすぎた結果『好きな人の名前を叫ぶスレ』という、どうしようもないスレでまどかさんの名前を連呼するという憂き目にあっていた。


「まどかさん大好きだよまどかさん」

「まどかさん、この溢れ出る愛をどう処理すれば良いですか…?」

「まどかさん!まどかさんっ!まどかさーーーーーーんっっっ!!!!」


 上記、全てノンフィクションです。当時の俺ですら後々見返して『誰だよコイツきめぇな……って俺じゃねぇかふざけんな!』と1人でアホな突っ込みを入れていた程だ。読者諸君に於かれては多大なる精神的被害を被っている事は想像に難くないのだが、誠にごめんなさいという事でその寛大なる心でスルー願いたい。俺も自己嫌悪に疲れたのだ。という訳で話を一気に戻し、時は女子から事実上の死刑宣告を受けた日の夕刻。色々と考えを巡らせた結果、まずは俺が落ち込んでいるという住人の思い込みを訂正せねばなるまい、という結論に至った。帰りのバス車内は部活があるせいか空いていて必ずイスに座って終点まで行けるので、快適に2ちゃんねるを堪能する事ができる。携帯で女子スレを開き、とりあえず生存報告。


「糞スレの糞ガキ、隊長が帰ってきたぞー!」


 すると早速、住人がレスをする。


「おぉ、来たか隊長。過去スレ読んだか?」

「読んだ読んだ!なんで俺がこんなに凹んでることになってるんだw」

「あそこまで言われてよく来れるな」

「俺は嫌われ慣れてるからなんて事ないし、女子さんが元気ならそれでいいよ。糞スレに糞コテがいる方がいいジャマイカw」

「意外とタフジャマイカ!」

「まぁねーw」


 事実だからタフも糞もないじゃん、と思ったが荒れそうなのでレスはやめておいた。他の住民も続いてレスをしていく。


「タフだけど隊長がいる間は女子は来ないだろうな」

「そういう意味ではドクオ板的なコテだね」

「かといって来て何する訳でもないけど」


 そんなやり取りをしているとバスはすぐ終点の公民館に着いてしまい、一旦女子スレを後にする事にした。駐輪場に停めてある通学用の青いトゥデイの原付バイクに乗って30kmで家に向かってタラタラと走らせる。到着する頃には辺りがすっかり暗くなり始めていた。適当に着替えを済ませて自室で携帯を開く。話題は俺の過去スレ迷言集の話題になっていた。


「隊長の迷言集キボンヌ」

「歌手目指してるとか言ってたよな。『自分J-POPしか聞かないんで』辺り?」

「あったあったw 好きな曲ベスト3がありえない選曲だったような記憶が…」

「もののけ姫が入ってたよ」

「うわ鬼過ぎw」

「しかもちゃんとした実績あるとか言い出したと思ったら、中学校内のカラオケ大会で優勝!だってさw」

「今度その歌声うpさせてみっかw」

「そういえば隊長の顔見れなかったなぁ。見た人詳細キボンヌ」

「見たけど想像通り。キャラを裏切らない顔してた」

「俺も見たよ。この女子様によくも晒せたな!って言われるほど高貴な顔してた」

「隊長が悪いのか童貞が悪いのか…」


 全く好き勝手言いやがって。しかし、クラスのポジションから御察しの通り、こうやってみんなからイジられるのは非常に嬉しかった。悪口のように見えてなんやかんや構ってくれるので本当に居心地が良い。さっそく俺もレスしようとすると、このタイミングで女子が登場した。


「ここはあたしのスレだ。隊長、心配するだけなら誰にでもできる。でも、あんたには何の力もない。ネットでしか関わりのないあんたに何ができる?とっとと失せな。あんたは無意味だ」


 至極真っ当な意見なのだが、俺は全くめげなかった。ここから俺と女子のレスバトルのようなものが始まった。


「女子さんおつかれーノシ」

「だから話かけんじゃねぇーよ!整形してダイエットして童貞卒業して出直せ!」

「整形はキツいなw ダイエットならできるかも!童貞は……ワカンネ」

「なんなの本当にウザい!いいから早く消えろ!!」

「また不安になってるの?俺がサンドバッグになるから何でも言ってね…」

「あーーーーーもう!いい?あたしはメンヘラを演じてたの。あたしは極上の釣り師だから。本気で騙されてたんでしょ?」

「大丈夫、みんな味方だからね…」


 まさに狂気。俺のレスを慰めと取るやつが世界にどれだけ存在するだろうか。スレ住人も堪らずレスをする。


「隊長餅付け。冷静に自分のスレ見返せ、な?」

「今日は早く寝た方がいいぞ。すまんな女子、隊長は傷付いて精神が狂ってしまったらしい」

「隊長、1回黙れ」


 みんなのレスを見て、流石の俺もコナン君もビックリの『あれれー?おかしいぞー?』状態になった。それでも何がおかしいかわからず、とりあえず自分のレスを見返して心の中で咀嚼する。


 そして。


 いくつか俺を諭すレスが続いた後、2ちゃんねる人生最大のレスが女子から打ち込まれる。



「…わかった。お前、名前変えろ。隊長じゃなくて『豚長』の方がお似合いだ。嫌なら今すぐ消えろ」



 何を隠そう、これが現在まで続く俺のコテ名『豚長』の始まりである。


 バカだった俺は女子がピッタリの名前を付けてくれたと勘違いしてしまった。すぐにコテ名を変更してレスをする。


「これでいいかな?違和感無くて良い感じ!読み方は『とんちょう』でいいよね?ありがとう!」


 まさかの歓喜に満ちた俺のレスに対し、混乱しているであろう女子はとにかく打ち続ける。


「ブサがうつる。童貞がうつる。デブがうつる。オタクがうつる。臭いがうつる。アキバがうつる。ヒッキーがうつる…」


 完全に壊れてしまった女子に対して俺はレスをした。


「ブサ、童貞、デブは合ってる!アキバとヒッキーは違うなぁ。臭いは、うーん…。どうだろう、言われたことないなぁ」


 恐らくスレ住人の誰もがこう思った事だろう。



 こいつ、本物のヤバい人だ…。



 誰もレスをしないまま5分程経過した頃、女子がポツリとレスをした。


「もういい。豚がいるからおちる。まじ氏ね」


 こうして女子はスレを後にした。俺も夕飯の時間になったので一緒にスレを後にした。だが、その後のレスがめちゃくちゃ気になったので夕飯をガツガツとかっ込み、15分後ぐらいにはスレへ復帰。すぐに過去レスをチェックした。すると、見た事も無いコテがスレに現れている。便秘という名前でレスをしていた。


「最近来た人達はぜんぜんわかってない。女子さんは危険な状態です。釣りだけでここまで出来る人はいません。最初に委員長がスレ立てしたのも本当に危険だと感じたからです。それに、単なる釣りならこんなにスレは続きません」


 これに対する住人達のレスがこれだ。


「これだから豚って言われんだよ!修行しなおせ豚長」

「コテ変えても解りやすいなお前。はよ氏ね」

「女子が危険な状態だと勝手に決め付けてるから嫌われんだよ」

「本気で何も解ってない糞餓鬼だな 」


 なんと、俺が名前を変えて自作自演をしていると思われているではないか!確かにタイミング的に不自然だし、レスの感じも何となく俺っぽい。しかし、かつてない程の叩かれ具合に流石の俺も焦った。すぐに弁明のレスをする。


「おいおい、これだから偽者は困るんだよ。今はまだ黙っとけ。女子さんを鬱にさせるような発言はするな。ったく、便秘とかいうコテのせいで自演みたいじゃないか」


 これで一安心だ。と、思ったら。


「タバコ吹いたwwwww」

「なんだこいつマジウケルwwwww」

「まてまて、みんな餅付け。豚 長 は 釣 り」


 ……え?ウソでしょ?


 とりあえず今はどうにか誤解を解くレスをするしかない。


「あー、もう最悪だ…orz どうやってこの状況乗り越えればいいの…orz」


 すると、俺の次に便秘がレスをする。


「隊長さんすみません、わたしは隊長さんではないですよ」


 その差、約5秒。そして反応するスレ住人。


「携帯とPC両方使えるんだな、豚長wwwww」

「隊長のままになってるぞーw 自演も楽じゃないな!」


 いやいやいやまてまてまてタイミング悪すぎひん?


 ついに俺は便秘に対してレスをした。


「おい便秘、ちょっと黙っててくれないか!?スレが混乱するんだよ!!」

「豚長さん、スルーを覚えてください。余計に荒れます」


 あー、そういう風にレスしちゃうと…。


「豚長の必死な顔が目に浮かんで腹いてぇwwwww」

「良かったなぁ豚長!憎っくき女子を追い払う事に成功したぞ!」

「だんだん可哀想になってきた…」

「もうダメ勘弁してwwwww」


 こうなると何を言っても信じてもらえない。これを見兼ねた1人の住人がレスをした。


「疑惑を晴らしたいならどちらも鼻から上をうpしろ。ただし、嘘とわからないように今日の日付を紙に書いて一緒に載せるんだ」


 ナイスパス!俺は以前に手で隠して晒している身なので全く問題ない。


「賛成!便秘、逃げるなよ!」

「私は特定が怖いので辞退します。それに変な人が湧いてきたので、これで去ります」



はぁーーーーーーーーーー!?!?!?!?



「ゴルァ便秘!俺を見捨てる気か!!」

「悪意あるスレになりましたね。豚長さん、女子さんをよろしくお願いします。さようなら」

「豚長さんって何だよ!そんな書き方したらますます俺が怪しまれるんだよ!」


 このやり取りを見ていた住人がポツリ。


「他のコテにはペコペコしてるのに便秘にだけ強気で押せる豚長。しかも豚長ワッショイ系。笑うしかねぇわw」


 大変だ、このままではスレからガチ追放されてしまう。どうにかせねば。そう思った俺はとりあえず顔うpする事にした。日付を書いたりして準備している間に便秘は本当に帰ってしまい『豚長が何かしてる時は絶対に出てこない便秘萌え』とか煽られていたが、流石にもう触れられない。紙で口元を隠すようにしてササッと自撮りをしてすぐにアップロードサイトへうp。そして電光石火の如くスレにURLを貼り付けた。


「おまたせ!」


 そこから1分程レスが途切れる。判決を言い渡される囚人ってこんな気持ちなのかなぁ、と思いつつ祈るようにレスを待った。


「ドラえもんキタ――――(゜∀゜)――――!!」

「こら女子も引くわ」

「豚長勇気あるw」

「こんなのに粘着されて可哀想な女子…」


 なんで俺はこんな叩かれなきゃいけないんだろう、と本気で思った。そして、この勢いのまま行こうと思っていたのだろう。1人の住人がある2ちゃんねる内のURLを貼り付けた。


「イケメン豚長専用スレ立てたぜ!みんな待ってるぞ!」


 え…マジすか……?


 流石に釣りだろうとドクオ板のスレ一覧を見ると、なんと俺のスレがトップに来ていた。すでに10以上の書き込みがある。なんてこった神様!俺はこの状況を打開すべく、すぐに俺専用スレへと向かった。

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― 新着の感想 ―
釣りなんかしませんよ。きっとあなたに 助けて欲しかったんだと思う。 今は自分の力で立ち直れるように生きています。 あの時は抱いてくれてありがとうw
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