第3話
誰とも付き合った事が無く女友達もいない童貞小僧の俺は、このスレの住人達と共に愛を語りあっていた。ふざけんな。俺は誰に言うでもなくレスをする。
「女子さんは愛してくれてる人がいていいなー。俺なんか...orz」
『orz』というのは落ち込んでいる人の顔文字であり、当時はこの表現をよく使っていた。すぐにレスは返ってくる。
「少年よ、愛と大好きは別物だ!お前や女子の若さで愛を求めることは間違いだ」
何故か女子を巻き込んだレスをされたことに少し腹が立ち、レスバトル持ち込んでやろうと反論をした。
「いや、愛は求めた方がいい。男女年齢関係なしでね。愛してくれる人がいるっていいことだよ!」
「お前の若さで愛を語ること自体が間違っている。今はまだわからんだろうが、年齢を重ねればわかるだろう。普通に恋愛していればそれでいい」
俺の『愛を求めた方がいい』というセリフはドラマの知識である。何のドラマか忘れてしまったが、ガチ恋愛経験ゼロの俺は何も言えなくなり、たった1レスで納得してしまった。
「そうなのか…。じゃあ、まずは普通に恋愛してみるよ。相手がいなくて出来ないわけだがorz」
すると、このやり取りを見ていた別の住人からレスが返ってきた。
「横からスマソ。恋愛できないならできないで良いんじゃない? 気にするな。でも、オマイには粘着気質が見え隠れするから、ちと餅付け」
「あー、たしかに…。餅付いて気長に待つとするか。レスサンクス!」
こんな俺の事まで心配してくれて、本当に良い人達と交流できたと今でも思う。そして、このやり取りを見ていた女子からリアルタイムでレスが投げかけられた。俺はビックリしながら読み進めて行く。
「隊長さん!あたしなんかにこんなこと言われたくないと思いますが、あまり気にしない方がいいですよ。恋愛に年齢なんて関係ないです。若いから本当の恋愛ができないなんてありえません。全てを悟ったように『その若さで』とか語る人は大っ嫌いです」
めっちゃ擁護してくれるやん...。女子は語り続ける。
「あたしがそうだった。ホントは今、他に愛する人がいます。もう4年以上その人を愛し続けています。でも、その人は、もうあたしを愛してくれません。でもきっと、死ぬまでその人を愛し続けると思います。それくらい人を愛したから、友達に『本物の愛の姿』なんていう事を語っていました。あたしは特別!あたしだけは違う!って思っていたから。でも、あたしはただ寂しいだけだった。誰かに偉そうにしたいだけだった。意地になっていたんです。偉そうなことを言える立場じゃないって気付いてからは、本物の愛を語るのに言葉なんていらないなぁ、って。そう思うようになりました。だから、ただ漠然と『その若さで』なんて言う人は、本当に何もわかっていないんです!...ごめんなさい。自分でも何を言ってるのかわからなくなってきちゃった」
ここまで俺のことを気遣ってくれた女子に対し、当時の俺の回答を思い出せる限り再現させて頂く。
「女子さん、やっぱり恋愛に年齢なんか関係ないよね!例えば小学1年生の男の子がクラスの女の子に自分の友達の目の前で『○○ちゃん大好き』っ言えるくらい好きな気持ちがあったら、それは遊びじゃなくて『本物の愛の姿』だと思う。やっぱりみんな愛されたい!同じ考えで良かったよ、ありがとう」
はい、理解不能。何を言ってるんだこのガキは。もしかしたらもっと酷い文かもしれないですが概ねこんな感じです。本当にごめんなさい。
「え、あ、うん、そっか。元気になって良かった!」
「なんか逆に勇気付けられちゃったな。女子さん、お互い強く生きようね!」
「はーい!」
当時、なぜ女子がこんなにあたふたしているのだろうか、と本気で思っていた。当たり前である。というか小学生を例に出して『本物の愛の姿』とか気軽に言わないでほしい。もうヤダ書きたくない。その後、住民から『良かったな』5%、『女子に迷惑かけるな』95%の割合で叩かれまくった事は言うまでもない。そしてその日の深夜、事件は起きる。
──次の日の朝、何も知らない俺は通学中のバスの中で吊り革に掴まりながら携帯でスレを見返していた。目的の降車駅に高校が隣接している関係上、始発で乗車しても人が多くて通学時間もたっぷり20分はかかる。なので、スレを読み返すには丁度良い時間だった。そしてそれは、何気ない住人達と女子の会話から始まっていた。
「女子よ、よっぽど何かトラウマがあるみたいだな」
「色々ありましたから。あたしはあたしでしかないのに。何でもかんでも自分の経験だけで悟ったように言う人が本当に苦手です。他にもいろんな発言を聞いてて、実際この人は苦手だな、ってコテさんもいます」
これに対して住人が続ける。
「苦手なコテがいたら実名出せば良いのに。他のコテが痛いことに気づけないから、たまに変な雰囲気になる」
「まぁ女子のスレだしね。ここには思ったことを書けば良い」
「ついに女子の本音が出たかw」
「俺らだってスルーしたいコテがいるだろ?女子だってスルーしたいコテがいたっていいじゃん。女子は聖人じゃないんだから」
そして、女子は本性を露わにした。
「……そうだ。お前らそういう反応でいいんだ。酔っていて気分が良いから、良いこと教えてやるよ」
そして、彼女は衝撃の事実を告げた。
「今までに登場したコテの中に3人嫌いな奴がいる」
ここから間髪入れずに畳み掛けていく。
「まず、頻繁に現れていたHBK。エロばかり求めてうざい。確かにここはそういうスレだ、ってことはわかってる。でもこいつは、あたしを理解した気でいる口だけ野郎。まじうざい。具体的に何がわかったっていうの?毒男のくせに」
この人は元々PINK系板と呼ばれるエロ専門スレに居たコテだ。基本的に女子の言っている事は間違っていない。女子はさらに続ける。
「2人目はマギー。急に偉そうになった。見てて痛々しいし明らかに女に縁の無さそうな顔だし。なんもわかっちゃいないくせに偉そうにしすぎ」
マギーさんマジかよぉ…と呟いた。そして。
「最後は隊長。とにかく顔があたしの美学に反する。よくそんな面を大好きな女子様に晒せたな。見せたがってたから余計うざい。あと、歳が若いことをむやみにアピールしすぎ。ただの糞ガキ。あたしは子供に興味ないから」
女子は続ける。
「明日、これを見返したらシラフの女子はこのスレに出て来れないだろうなぁ、へへへっ」
もしかすると多少の罪悪感があったのかもしれない。それでも、女子の本音である事には変わりない。これに対し、周りの住人の反応はこうだ。
「ワラタw」
「わかってんじゃねーか女子!それだよ、それを求めてたんだよ」
「なんでも溜め込むのはよくないからな」
「言いたい事を代弁してくれる女子は真のクソ女神」
「女子に賛同の嵐だな」
これが、2ちゃんねるだ。
女子はレスを続ける。
「あっはっは!笑いが止まらんな。そうだよ、今までの事はすべて演技さ。あたしは鬱でも境界性人格障害でもない。至って健康な精神だ。悪いがあたしは極上の釣り師。こんな性格の女をリアルで相手した奴なんてこのスレに一人もいないだろうな。あたしはな、ただのヤリまんだ。あんたらの知らないところで男とヤリまくってんだ。みんなのカキコを読んで泣いていた女子はもういない。本物の涙は流せない。あの3人はこのスレに来れなくなっちゃったね」
──さて。常人であればこの後、恐らく1週間は落ち込んで飯も喉を通らず憂鬱な日々を過ごす事であろう。しかし、俺は違った。スレにこそ書かなかったが、俺は心の中でこう思った。
よっしゃあ!これでライバルが減る!きっとこの先、女子さんの本性を知って応援できない奴らが消えてスレが過疎になる。だが、俺はめげずにレスを続けて本気なんだと存分にアピールする。そうすれば、ここにいる誰よりも、俺が優位に立つ事ができるのだ...!
悲しいかな、俺も生粋の2ちゃんねらーになってしまっていた。しかし、スレ住人は俺がこんなクズだとは思っていない。俺に関するレスが次々に書き込まれていく。
「まて、隊長は粘着君だから来るかもしれないぞ」
「隊長は天然だからなー。でも流石にこれは堪えるか?w」
「隊長のリアルな生活の為には良かったんじゃないのかな」
そして、俺も疑問に思っていたレスが投げかけられた。
「愛がどうたらって話で隊長を庇っていたのはなんだったんだ」
女子はすぐに反応した。
「あれは隊長を責めた奴がほんとに憎かった。でも『可愛い女子』を演じるには格好の餌食だったな。みんなのことが大好きだよ、って事を伝えるためのカモフラージュ」
そうか、女子さんはやっぱり俺のことをまだ気になっているんだ!
ストーカーも真っ青のぶっ飛んだ思考にいっそう拍車を掛けてしまった事は間違いない。俺も書いていて怖いから念のため記しておくが、今はこんなサイコパスな考えしていないと思いますですはい。ゆるして。そして、隠れていたであろう名前の出ていないコテ達が姿を現す。最初に出てきたのはお兄ちゃん的存在のいびりだった。
「周りを傷つけて自分を傷つけて…。女子の悲鳴にしか聞こえないな」
「いびりがあたしをどう思おうが知ったこっちゃない。あたしを憎むか馬鹿にするか同情するか、それはあんたの価値観だ。ただ、あたしはあんたのこと好きだぜ。辛い時も相手してもらったから」
「俺は女子を憎んだ事も馬鹿にした事も同情した事も無い。此処へは好意だけで来ている。嫌いな奴の顔を見にわざわざ来るような人間ではない」
「ボランティアで来てんの?まぁなんでもいいや、そう言ってくれて嬉しいよ」
「ボランティアだと。好きな子にちょっかいを出す事をボランティアとは言わん。こっちも好きだから来ている」
「ありがとうよ。あんたは変わらずあたしの義理のお兄ちゃんだ」
次に現れたのは志村である。
「アタシも出て行くパターンかねぇw」
「志村は大好きだぜ!あんたと結婚したいぜ!」
「嬉しいなぁ、いつでも結婚してやるよw 結婚式は盛大にするかw」
「そうだな!金かけまくってやりたいね、どうせやるなら」
「アタシャ貧乏だよw 結婚するならここの連中しか来ないと思っとくれw」
「ならここの奴等から金もらおうぜ。一人10万づつな!」
他の住民も『アホかw』とか『そんなもんでいいのかよ』なんて冗談じみたレスを返して行く。だが、ある名無し住民が呟く。
「いい加減にしろメス豚」
「は?氏ねよ童貞」
女子の鋭い即レスに一発で黙ってしまう。
「斬れ味が良いねw」
「糞で研いだ刀は効果が違うな」
「今日という日を女子革命記念日として国民の休日にするべき」
住人も便乗するように言いたい放題である。スレはまさにカオス状態であった。ちなみに委員長は忙しいのか来ていなかった。
「ところで、どこまで釣りなの?」
住人の1人がボソッと呟く。女子も話したいと思ってたらしく反応は早かった。
「敢えて事実を上げるなら、あたしが本当に女だって事と彼氏がいるって事。それ以外はほとんど嘘かもね。鬱じゃないしセックスする時は感じてるふりしてイクふりして喘ぐんだ。女なんて、みんなそんなもんだよ」
正直、どこまで本気の書き込みだったのか今ではわからない。これが本心だったのか、それとも心から自分を慕ってくれる人を試す為のテストだったのか。それを確かめたくて別のスレを立てる事になるのだが、それはまだ未来の話。ここからはいつもの様にワイワイとスレは進行し、女子が寝落ちする形でレスは途切れていた。肝心の俺を含む3人のコテはまだ誰もレスをしていない。バスは間も無く学校付近のバス停に到着しそうだ。俺は学校にいる間に他のコテと差を広げる具体的な策を練ることに決め、折りたたみ式携帯をパタンと閉じてブレザーの内ポケットへしまった。