第2話
その日、俺はいつものように夜中にこっそりと起き出してパソコンで女神降臨スレを楽しんでいた。ここではアップとは言わず『うpする』という表現を使い、読み方がバラバラなので俺は心の中で『ウプ』と呼んでいた。
「おっぱいうp!おっぱいうp!」
というレスの羅列が続くと、まるで海で溺れかけながらもおっぱいを見たいという欲望が溢れ出して止められない哀れな変態集団に見えてくる。かく言う俺もウプウプ言いながらおっぱい待ちしているのだが。すぐにうpしてくれるかというとそうでもなく、大抵は焦らしみたいな事が始まる。
「いま撮るからちょっと待ってて。どんなポーズがいい?」
「みんなリクエスト多いなぁ(ワラ」
「>>50の人のポーズにしようかな。スレ加速よろ」
いいから早くうpしてくれ!眠くて溺れちまうよ!……とはなかなか言えず、ここは眠気と戦いながら根気よく待ち続けるしかない。そんな中、ある1人の女神が現れた。まずは下着姿からうp。気前がいい。そのまま生おっぱい拝見と行きましょうか、と鼻息を荒くしたところで女神様よりレスが。
「先にあたしの話を聞いてほしいです。その後におっぱいうpします」
なるほど、そう来たか。だがここはあくまでも女神様がおっぱいを晒け出す神聖な場所。有志の方がスレ違いになるだろうからと専用スレを立ててくれた。俺も下着姿だけで満足できる年頃でもないし、そもそもウプウプ言ってた身である。スレへ別れを告げた後、すぐに専用スレへと移動した。そこでは先ほどの女神様の名前欄に『女子』と表示されていた。通常、板によってデフォルトは違うものの、何も入力しなければ名前欄には『名無しさん』と表示される。よほどのことが無い限り名前を付けないのが普通だ。ちなみに本当は名前の横に英数字が付いている。名前の横に半角シャープマークを付けて適当に文字を付けてレスをすると表示される機能で、文字によって英数字が変わる。言わば本人確認みたいなもんである。英数字が複雑でわからなくなってしまったのでこのまま話を進めさせて頂きたい。この名前がある人達は『コテ』と呼ばれていて誰でも付ける事が可能だ。話を戻して、その女子というコテの女神様は何やら悩みを抱えているようであった。
「こんな私に構ってくれるのってこの板の人達だけなんです。普段は居酒屋さんでバイトしていて彼氏もいるのですが、最近あんまり上手くいっていなくて...。この前も疲れが取れる薬だよって貰った薬を飲んでみたら、最初は何故か笑いが止まらなくてスッキリできたのですが、薬が切れたら心臓もバクバクするし凄く不安に押し潰されそうで...。あたし、もう生きてる価値ないですよね。」
これあかんヤツやないけ。誰もがそう思ったことであろう。ここから怒涛の慰めである。
「悩みがあるなら俺らにまず話せよ。死ぬのはそれからでも遅くはないだろ?」
「死ぬとか言うな! 死ぬって言いたくなったら『生きる!』って叫べ! みんな女子を愛してるんだよ!」
「死んだって誰も笑えないし、俺らの玩具になりな、女子」
お、俺も何か書き込まないと...そう思ってるうちに女子は話を進める。
「あたし、1人の人間にすら優しくされた事ないと思います。優しくしてくれた人もいたんだろうけど、あたしはその優しさに気付けず、こんなにひん曲がった女になってしまったんだと思います。さっきうpすると言った画像も今日は疲れてるので晒しません。 画像が目的で起きてる方は、どうぞ眠りに就いてください。そういう方しかいないと思いますが」
それでもドクオ達は諦めない。
「もうお前さんにファンが付いてんだぜ。これでいなくなったら俺が死ぬからね」
「まぁなんつうか、はやくうpしろって事が言いたいの。あ、スレ住人達の代弁ね」
「女子たんハァハァ、女子たんハァハァ」
「おもしろきゃ何でもいいよw」
「みんな女子タンの友達だぜぃ!」
それを見て、女子が再び話を始める。
「なんだよ。なんなんだよ。こんなあたしに声かけるなよ!あたしなんかよりずっと可愛い人いるじゃん。あたしなんかヤク中で、ダメ人間で、間抜けなMで、すぐ調子に乗って、価値のない女なんだよ。どうせ、可愛い人じゃ相手にされないと思ったから、こんなあたしに声かけて...」
早く何か書き込まないと。でも、どう言葉を紡いでいけば...。そう思った刹那。
「...わかった。いいよ。いいよ、いい。...休日の夜から酔っ払ってるような人より、あたしの方がまだマシだよ!!絶対。きっと。いや、たぶん」
これは、解決なのか?彼氏のこと言ってるのかな?スレ住人達が言う。
「誰に語りかけてんだ?ここはネカマと童貞の楽園だぞ」
「豚女子、わかったんならさっさと胸晒せや」
「肥溜めみたいな糞スレで糞みたいなレスしてんじゃねぇぞ、ったく」
これが、俗に言うツンデレですか。というか、厳しすぎやしませんか皆様。それでも女子は嬉しそうに言う。
「みんな大好きだぁ!こんなあたしを好きになってくれてありがとうございます。こんなあたしがみんなを好きになってごめんなさい。...ねぇ、信じてくださいね。あたし絶対絶対、みんなが想像するようなこと、しないですから」
夜中の3時にパソコンの前でお目目ウルウルである。あぁ、こういう、感じに、なるのですね。このスレの住人はなんてカッコいいんだろう。こういう大人になりたい、と心の底から思った。ここからしばらく女子との交流をみんなで楽しむ。
「話し方がすでに天使。可愛いんだろうなぁ」
「いやいや、ぜんぜん可愛くないんです。あたしタヌキなんです」
「なんだ、人を化かしたりするのか」
「いえ、タヌキみたいな顔って言われたんです」
「やっぱ可愛いんじゃん。セーラー服着せてあげたい」
「チャイナドレスがあたしのお気に入りですよ。ナース服とかミニスカポリスも好きです。セーラー服はあんまり似合わないと思います」
女神とはこういう子の事を言うのだ。普通ここまで話さないからね。気付けば外は藍色の空に黄色い光が帯び始めている。普通に学校があるのに結局、夜中から起き続けてしまった。
「本当にありがとうございました。朝まで付き合わせてしまってごめんなさい」
女子が改めて謝罪のレスをする。
「夜勤終わりだから丁度良かったわ」
「気にするな気にするなw」
「よーしパパ朝から牛丼食べちゃうぞ!」
こういう気の使い方は学校では教わらないし、なかなか出来ない。一晩で良い社会勉強をした気分になっていた。
「ふふ、皆さんありがとうございます!また今夜来ますね。おやすみなさい」
そう言い残すと女子は元気にスレを後にした。しばらく女子の魅力について花を咲かせた後、ある住人がボソッと呟いた。
「この際、全員コテを付けたらどうだ」
この提案に真っ先に反応したのが、最初にこのスレを立てた有志である委員長というコテだった。無駄に笑いながらスレを進めていく。
「それ激しく賛成wwwwwお前ら思い思いのコテ付けろやwwwww女子に名前呼んでもらえっぞwwwww」
「コテなんか付けてどうするんだよ。目立って好かれたいのか?自己満だな」
「そういうこというなよケツ掘るぜwwwwwここは糞スレなんだから、煽られてなんぼwwwww」
「俺は委員長のお言葉に甘えて付けさせてもらうよ」
「よし、俺もだ 」
「俺が女子のハートを掴む。コテ名はちんこにするわ」
「ちんこ、いいじゃねぇか。おれも女子のハートを掴むような良いコテ名を考えないとなぁ」
「でも、いざコテになってみるとプレッシャーだよね。俺、無個性だし」
「ここはボットン便所の底だからなwwwww糞も味噌もフランス料理も一緒wwwwwそのうち女子のうんこが頭上から落ちてくるからせいぜい気を付けるこったwwwww」
「とっくに俺ら全員、糞まみれになってるよ」
なんだかみんな楽しそうである。俺もコテを付けたら名前を呼んでくれるのだろうか。そしたら女子さんに好かれて童貞卒業して...。なんかオラワクワクしてきたぞ!
「じゃあ、俺もコテ付けるわ。今日から隊長になります。改めてみんなよろしく!」
これが、2ちゃんねる人生最初のコテ人生の始まりである。寒さを増してきた11月末の朝6時頃の出来事だが、心はポカポカ状態であった。
その日から『隊長』というコテ名で毎日この専用スレをチェックするようになった。最初はパソコンでチェックしていたのだが、夜中になっても更新は続くのでなかなかリアルタイムでスレに参加できない。どうにかならないかと調べると携帯からでも見られる事がわかり、通学中に携帯でスレを見返したりして、休日になるとたまにリアルタイムで参加するという生活を送っていた。恐らく、このスレは当時の独身男性板の中でも上位5位以内に入るぐらいの盛り上がりを見せていたのではないだろうか。さて肝心のスレ内容だが、女子を元気付ける事が主な目的である。が、元々の彼女は女神様。彼女を元気付けた恩返しにおっぱいをうpしてくれることもあった。
「騎乗位したらこんな眺めかな?」
「横から寝てる姿を見るとこんな感じ?」
「すぐ消しちゃうから早めに保存してね」
…...あれ、この小説って誰でも閲覧できるフリー設定だよな。これ大丈夫か。書いてて不安になるけどまぁいいや続けて行ってみよう。このスレでは他にも女子が住民と擬似セックスをする場面もあった。
「俺の舌をてめーのきたねー穴に突っ込んでやらぁ!」
「も、もうほんとに、ほんとにダメだってばぁ…そんなふうに言うと、頭おかし」
ストーーーーーーーーーーーップ!!!!!!!!!!
やはりこの小説は健全に進める必要がある!
詳細は割愛とさせて頂くので悪しからず。代わりに心に残ったスレ住人達の反応をご紹介したい。
「ちんこが、マツケンサンバを踊り出しそうです」
「擦ったら負けかなと思ってる」
「もう、我慢できねえっす」
「スレ消費が早いぞ、今日は特にw」
「流石クソスレのクソ女神だな」
これで察してくれたまえ健全なる読者諸君。
スレでは俺以外にも沢山のコテがいた。まず、先程の委員長がお父さん的ポジションである。女子の一番のお気に入りとなり、委員長の性奴隷になりたいとまで言わしめる存在になっていた。他にも、いびりという気前の良い兄ちゃんみたいなコテがいて、女子も随分と慕っていた記憶がある。志村という本当に志村けんみたいな冗談ばかり言うコテもいて、彼はスレのムードメーカー的存在であった。俺はスレの弟的ポジションとなっており、みんなからは『心配性の隊長』と呼ばれていた。女子に対する俺の慰め方は、当時を振り返ってみると鳥肌が立つほど気持ち悪い。
「女子さん、本当に死なないでね。みんな心配してるよ?」
「今日は女子さん来ないのかな?とっても心配です」
「みんな女子さんの味方だからね?」
エロゲーでもそんなセリフ言わんわ糞童貞が!書いてて思わず『本当に気持ちわりぃ』って呟いちまったじゃねぇか!恥ずかし過ぎるんで、これで勘弁して下さい。こんな青二才でも他の住民は俺を温かく受け入れてくれる。マギーという薄い目の顔文字を使ったコテがいて、彼と一番親交が深かった。
「隊長はガキだな。お前が言わなくたって大丈夫だよ」
「そうかなぁ?死なないかなぁ?」
「人間すぐには死ねないもんだ。お前が楽しんでいれば女子も楽しむだろうよ」
スレを通じて大人の魅力を深く深く実感した次第である。こんな調子で楽しく毎日を過ごしていたある日、住人の1人が思い出したように切り出した。
「みんなで顔を晒して女子に見てもらわないか?」
それに続いて住人が発言を続ける。
「あー、そんな企画が以前スレで出てたよな」
「名無しは晒したい奴だけ晒してコテは必須、だったっけ?」
「俺は構わんよ」
「女子、野郎どもの顔を見たいか?」
たまたま見ていたのであろう。すぐに女子から反応が返ってきた。
「なになに?みんなのお顔見れるんですか?ぜひ見たいですー!」
この子、めっちゃ乗り気である。先に記した通りエロ要素が強いスレなので、写真があると向こうも妄想が捗るという訳だ。俺はただただキモいだけの高校生だからどう考えても顔を晒した時点で負けなのだが、何を勘違いしていたのか当時はやたら自信に満ち溢れていて、俺は女子以上に乗り気だった事は間違いない。晒せる人からどんどんうpする流れとなり、俺以外のコテもほぼ躊躇なく顔面を晒していく。
「わぁ、委員長様って素敵メガネ様...」
「志村さんって綺麗なお顔ですね!」
「いびりさん、ナデナデして下さい...!」
この流れは確実に褒められる流れだ!そう確信した俺は改めて、産まれて初めての自撮りする事を決意した。しかし、忘れてはいけないのがインターネットサイトへのアップロードであり、さらにここが2ちゃんねるであるという事実。今でこそ世間の人々は自撮り写真や動画をSNSにアップして楽しんでいるが、当時はインターネットに関する法律が全くと言っていい程に整理されておらず、自分の存在をインターネットへアップロードする行為は個人情報を全世界に発信している事と同じ意味である、という共通認識があった。家族共有のパソコンを使っていた事もあり、どこでどうバレるか解らないし家に不審な手紙や電話が来るかもしれない、という恐怖も相まって、いくら欲望に駆られていても超えちゃいけないラインは超えないようにしよう、と常に意識していた。なので、左手で鼻と口元を覆い隠して目から上までの顔を携帯でパシャリ。写真をチェックして、これなら自分だとバレる事は無いだろうと一安心。すぐに写真を画像アップロードサイトへうpして颯爽とスレへアップロードURLを貼り付けた。すると、女子はすぐに反応を示した。
「二重がとっても可愛いですね、隊長さん!」
ぶっっっはぁーーーーーーかわえぇーーーーーーー!!!!!!!!
俺は褒められた事よりも女子の反応に大興奮である。これで俺の認知力は益々上がるはずだ。実際その後、他のコテよりもスレ内でめちゃくちゃ目立つことになる。それが最悪の目立ち方になろうとは、この時の俺はまだ知る由もない。