表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

第1話

 2004年春。高校2年生の俺は入学当初から続けていた部活を嫌になって辞め、これといってやる事もなくボーっと毎日を過ごしていた。そしてただなんとなく、前から知っていた5ちゃんねるを見始めようと思い立った。ここからは昔の表記である『2ちゃんねる』として話を進めたい。


 俺が初めて2ちゃんねるを知ったのは中学2年生の頃。クラスの友人が『FLASH』と呼ばれる動画を教えてくれたのがきっかけだ。今でも『MAD』というコラ動画的作品が作られているが、その先駆けとも言えるのがこのFLASHであろう。 ドラえもんの絵描き歌に合わせたFLASHを観て大爆笑したのが初めてであり、そこから一気にハマっていった。 他にも、当時のテロ組織の親玉ウサマ・ビンラディン氏やブッシュ元アメリカ大統領が出てくる社会風刺系FLASHを始め『しぃ』『ギコ』『モララー』といった2ちゃんねる系FLASHで思う存分笑い転げ、そこで初めて2ちゃんねるに少し興味を持ち始めた。だが、その当時は『ネオ麦事件』という2ちゃんねるに犯罪予告を書き込んだバスジャック事件の記憶が世間に認知されており


「2ちゃんねるは危ない」


とネットで話題になっていて、


「アクセスしたらウィルスに犯される」

「ダイヤルQ2に繋がる」


 などと噂されていた為、俺は全く近づこうとしなかった。専門的な話ばかりするというイメージもあり、バカ真っ盛りの俺には到底理解できない難しいサイトなんだなぁ、と勝手に思っていた。 ちなみに、ダイヤルQ2とは通常のインターネット料金よりも格段に高い回線で、変な怪しいエロサイトを閲覧していると知らぬ間にダイヤルQ2に回線が切り替わってしまう、というかなり悪質なものだ。俺も引っかかった。少し話は逸れるが『テキストサイト』という、今で言うブログの様なものにもハマった。『侍魂』というサイトをよく見ていて、ロボットがちんこからビームを出すGIFに大笑いした記憶がある。古き良き時代である。


 そんな訳でリビングにある家族共有のパソコンを立ち上げYahoo!で2ちゃんねるを検索。すぐトップに出てきた。さて開いてはみたものの、まぁーーー板が多い。どこが盛り上がってんだか何を書き込みゃ良いんだか全く見当もつかぬ。ふと、そういえばテレビで声優のこおろぎさとみさんが顔出し出演していて声と相まってめちゃくちゃ可愛かったなぁ、と思い出し、この話題でいいやぁ、と何も考えずアニメ板へ。が、こおろぎさとみ専用スレが無い。俺の愛はどこへぶつけりゃいい。モヤモヤが止まらず調べた結果、自分でもスレ立てができると判明。溢れ出る愛を抑える事はできず、記念すべき初書き込みはスレ立てとなる事が決定した。しかしここは2ちゃんねる。特有の言葉遣いを考えるに、普通の文書で書き込みすると


「カタギがこんな所にいるんじゃあねぇぞゴルァ!ハッキングして住所特定してブチ殺し行ったろかワレェ!」


 などとカチコミされるかもしれない。本気で考えて身が震えた。とりあえず見よう見まねでたどたどしい2ちゃん語を駆使する。


 スレタイ:こおろぎさとみがかわいい

 本文:この前テレビでこおろぎさとみが出ててカワーイとおもた萌えー


 うろ覚えだがこんな感じ。ひでぇわ。これで完璧だろうと意気込み、胸を張ってスレ立て完了。結果、怪しさしかない素人2ちゃんねらーがほろ苦いデビューを果たしたのである。


 1時間程経った頃、改めて板をチェックする。ワクワクしながら上から追っていくのだが、スレが100を超えても俺のスレは全然出てこない。当時、他の掲示板では1時間に1レス付けば早い方であり、さらにスレも5個下がるくらいが普通であった。ゲーム攻略掲示板をよく閲覧していた俺はこの感覚でスレ確認をしたので、まぁ焦った。スレが消えたと思った。商業系高校に通っていた事もあり、まずはCtrl+Fで『こおろぎさとみ』と検索。400番代にスレがあった事で我が目を疑い、10レス以上も付いていた事でバグなんじゃないかと心から疑った。どんな内容なのかは残念ながら今では思い出せないのだが、その時に貼られたシラネーヨのAAだけは、はっきりと覚えている。AA、いわゆる『アスキーアート』は俺にとってかなりの衝撃だった。


「文字だけで絵が描いてある!」


 間違いなく独り言だが、しかしハッキリと口に出して言った。この事がきっかけで、しばらくAA系の板を巡る事になる。まず、最初にハマったのがAAを使った長編ストーリーが楽しめる『AA長編』。初めて見たのは勇者が旅に出る冒険モノ。仲間を集めたりボスを倒したりするストーリーはまるでゲームをしているような感覚であった。他にも、畑を耕したりビルが建ったりする村おこしスレやスレ主が考えたオリジナルキャラクターが色々な板を巡って力を付けていくリアル成長ストーリー、ギコやモララーなどのキャラクターによる学園モノなど、今でいうライトノベルを読む感覚で楽しめた。それ以外にも顔文字板で2ちゃんねるの代表キャラクターを学んだり、AAサロンのネタスレを家族の前でニヤニヤ楽しんだりするのが、だんだんと俺の日課となっていった。数日間AAを楽しみ、ふと

「他になんか面白い板ないかなー」

と思い立ち、適当に2ちゃんねるを巡ることに。そしてここで実況板の存在を初めて知る事になる。テレビの感想をリアルタイムで見知らぬ人と共有できる、という点が当時の俺にはもの凄く画期的であった。それにみんな変な一体感で溢れてるし、変な目で女優とか見てるし、変な顔文字使ってるし...。だんだん全員が変人に見えてきた。


「こんな変人達と一緒にテレビを観ながらあれこれ言い合えるなんて、なんて幸せな事なんだろう!」


 早くこの中の一員になりたい。そう思った俺はすぐさまみんなに習って書き込み。しかし、謎の表示によって俺のレスは弾き返されてしまう。


『もうずっと人大杉』


 なんじゃこりゃ?お金払わないと書き込めないの??

 俺はすぐにググった。2ちゃんねるを見始める以前は専らYahoo!であったが、AAを閲覧して2ちゃんねるに浸っていくうちにGoogle先生に聞けばなんでもわかる、と洗脳されてしまっていたのである。案の定、一番最初にまとめサイトが表示された時は、流石Google先生だなぁ、と思った。読み進めていくと、どうやら『専用ブラウザ』なる物をインストールしなければ実況板は見る事ができないらしい、と判明。とりあえず専ブラなる物をまとめたサイトをググってアクセス。そこには『壷』『かちゅ~しゃ』なんていう怪しくて意味不明な単語がずらずらと並んでおり大丈夫かと少し不安になったが、以前より2ちゃんねるを身近に感じている分、そこまで警戒はしなかった。無料で実況に最適、との理由で『Live2ch』という専ブラをダウンロード。 真の2ちゃんねる生活はここから始まったと言っても過言ではない。


 その日からほぼ毎日テレビを観ながら実況する日々を送っていた、のだが、家族との共有パソコンなので当然、親の目の前で実況するハメになる。そして夕方のニュースを実況しながら楽しんでいた時、母親から突っ込まれた。2ちゃんねるで実況しているなんて事はもちろん知らない。


「テレビ観るかパソコンやるか、どっちかにしなさい!」

「違うよ、テレビ観ながらいろんな人の反応を見てるんだよ」

「何が違うの!」

「いやだから、テレビの感想をリアルタイムで書いてるサイトがあるの。それを見ながらみんながどう思ってるのか楽しんでる訳。」

「そんなの見て何が楽しいんだか。テレビに集中できないじゃないの」

「いいんだよ、俺はそういうのが好きなんだから」


 会話はそこで途切れたが、家族共有パソコンというのは厄介な物である。後日、母親から唐突に言われた。


「あんまり2ちゃんねるばっかやるんじゃないよ」

「え?あ、う、うん…」


 心臓が爆発するかと思った。 恐らくデスクトップアイコンのLive2chをクリックして開いてしまったのだろう。親の口から出た突然の2ちゃんねるに言葉を濁す以外の上手い言い訳が全く思い浮かばない。エロサイト閲覧履歴がバレたら多分こんな気持ちになると思う。パニック状態の俺はそれでも、平静を装い実況を続けていた。不屈の精神ここに極まれり。この日を境にテレビでやっていないローカルニュースの話題をうっかり親に話してしまうと


「それ、2ちゃんねるに載ってたの?」


 と尋ねられてしまうようになってしまった。 もはや親公認2ちゃんねらーである。 仮に、2ちゃんねるの裏側を知る玄人2ちゃんねらーに悲壮感たっぷりで「息子が2ちゃんねらーの親の気持ちを考えた事があるのか親不孝者めが」と聞かれたとしよう。その時の答えは間違いなく「あるけど普通の趣味を楽しんでいる感覚と同じなんじゃないかな」である。商業科の賜物やな。


 専ブラを手に入れた事で、自分でもやってみたいなぁと思っていたAA作成も専ブラを駆使して出来るようになった。ついでにフリーのAA作成キッドも一緒にダウンロードした。が、こちらは10分で挫折。結果的にAAは完成はしたが、書き込みをすると顔はもちろん目も口もズレまくりで、しかも練習スレに書き込めば良いものをいきなりAA長編にスレ立てしてしまったので総叩き状態である。以降AA作成には一切手を付けず、2ちゃんねるキャラクター虐殺スレを見始めて罪悪感に縛られる毎日を送っていた。そこ、病んでるとか言うな。


 ある休日。中学時代の同級生である上村という友人の家にゲームをしに遊びに行った時、ふと2ちゃんねるの話題が出た。


「俺さ、最近2ちゃんねる見始めたんだ」

「へぇ、ついに豚も2ちゃんねらーか。俺も昔から見てるよ」

「え、上村君いつから見てるの?」

「中学の時にFLASH観てたろ?その頃からずっと」

「そうだったんだ。上村君が2ちゃんねらーだったなんて知らなかったよ、言ってくれれば良かったのに」

「あー、そっか。あのな、自分から2ちゃんねらーだって人に言わない方がいいぞ」

「え、なんで?」

「2ちゃんってアングラなんだよ。なるべく新規は入って来てほしくないし、こっそりやって楽しむのが2ちゃんの常識として通ってるからな。悪口ばっか書いてあるし」

「ふーん、そうなんだ。気を付けるよ。ところで、上村君はどこ見てるの?」

「ドクオ板」

「ドクオ?ごめんわかんないわ」

「独身男性板。2ちゃんではそこそこ人が多い板だぞ。雑談スレに行けばチャットみたいな感じで会話ができる。何でもありだから豚でも楽しめるんじゃないかな」

「そんなに人いるの?だってただの掲示板でしょ?」

「そりゃ2ちゃんだから人はいるよ」


 AAばっかり見ていた俺は文字の羅列なんざこれっぽっちも興味は無かった。板巡りをしていた時もニュース系の板を覗きはしたのだが、何が書いてあるか理解できなくてすぐに挫折してしまった。しかし、これがチャットみたいにやり取りできるとなれば話は別だ。小学6年生の時に我が家に初めてパソコンがやってきた時、タイピング練習で一時期チャットにめちゃくちゃハマっていたのである。


 三国無双をひとしきり終わらせ家に帰り、早速2ちゃんねるで独身男性板を開く。上村君の言っていた雑談スレは上位5スレ以内に入っていた。スレを開くと確かに独身男性事情とは関係ないレスが書かれている。


「漏れみたいなヲタクは──」

「藻前みたいな香具師が──」

「──な件について藁」


 漏れ?漏らした?もまえ..でいいのか、何これ?『かぐし』はそもそも何だ?最後の難しい文字はなんて読む?ヤバい、言葉が、わからない。何なら文章の意味も全くわからん。しかし全てが2ちゃん語という訳ではないし普通の言葉で書いている人もいる。まずは書いてみる他あるまい。


「初めてきてみた。みんなヨロ。」


 チャット感覚ということで昔を思い出しながら書き込み。初めてだから敬語の方がいいかな、と思ったがみんなタメ語なので周りに合わせた。数秒後、すぐにレスが返ってくる。


「昼飯なに食った?」


 なるほど、ほんとにチャットみたいだな。


「カップラーメンとツナマヨおにぎりとまるごとソーセージ食ったよ」

「まるごとソーセージうまいよな」


 反応がすぐ返ってくるのはたまらなく嬉しい。友人がハマっていた理由がなんとなくわかった気がした。こうしてドクオとなった俺は夏休みに入ってからもドクオ達と何気ない世間話に花を咲かせて語り合い、高校2年生という青春真っ只中をガッツリ2ちゃんねるで過ごしたのである。雑談していくうちに2ちゃん語もだいぶ理解できるようになってきた。『漏れ』は『俺』で『藻前』が『お前』。どれも打ち間違いが定着したらしい。『香具師』というのも『かぐし』ではなく『やし』と読む事がわかった。『奴』の打ち間違いだという。『藁』は(笑)と同じ意味だという事も学んだ。2ちゃん語って奥が深いなぁと思った。ちなみにこの独身男性板、かの有名な電車男の発祥地でもあり丁度この時期にリアルタイムで本人が存在していたはずなのだが、すでに書籍化うんぬんの争いが起きていて俺は全く興味を持たなかった。なので電車男は未だに本の中の物語だと思っている。


 さて、独身男性板には女神降臨スレというものがある。要は素人おっぱいをタダで拝めるスレ。可哀想なドクオ諸君におっぱいの1つや2つくらいならいくらでも見せてあげるわ、という皆々様が集まっていらっしゃるのだから女神と言わずして何と言おうか。そして、このスレがきっかけで俺の2ちゃんねる人生最大の忘れもしない出来事が始まることになろうとは、おっぱいしか頭に無い俺には到底考え得る余地も無いのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ