第15話
言うまでもなく、偽まどかさんの彼氏さんには個人携帯から直電している。自分の命を軽視しすぎではあるまいか。何故か正座をして、肩をガチガチに固めながら話を進めた。
「と、突然すみません。あ、あの、偽まどかさんが…嫌がってるみたいでして…」
「…なんで?」
「えっと、ですね。最近、な、なんか…し、しつこい?みたいで…」
「…で?」
相変わらずドスが効いている威圧的な声。つーか、普通に、キレてね?これはトークを途切れさせたら負けなやつかもしれん。
「あ、あのですねっ!!」
俺はチビりそうになりながら、できるだけ冷静に語りかけた。
「あ、愛は求めた方が良いと思うんです。でも、しつこいと嫌われちゃうというか、一方通行になっちゃいけないん、じゃないですかね。自分が正しいって思ってても、その、自分の経験だけじゃ語っちゃダメ、と言いますか、えっと、後悔してしまうというか…」
語りながら本物のまどかさんと懐かしの女子の事が思い浮かんでくる。盛大にやらかした過去を告白しているような気にさえなった。
「つまり、偽まどかさんの事、ちゃんと考えてあげてくれればなぁって…。いや、別に彼氏さんが悪者じゃないんですよ?自分はただのメル友みたいな感じですし、単純に友達が悩んでるってだけで」
「…もういいよ。話はそれだけか」
耳元にずっしり響く重低音。慣れねえよこんなん。
「…あとはこっちで話する。巻き込んだみたいで悪かったな」
「い、いえいえ!全然大丈夫ですよー全然全然!」
「…そうか。あいつと仲良くしてやってくれ」
「わわ、わっかりましたー!あ、ありがとうございましたー!」
携帯、即切り。
あぁーーーーー怖かったぁーーーーーーーー!!!!!
自分で電話をしているのに、その姿を外から眺めているような感覚。手がまだプルプルと震えている。正座のまま携帯を両手でギュッと握り締めながら、無意識に先ほどのやり取りを独り言のようにぶつぶつと繰り返した。
「いや、彼氏さんが悪者じゃないんですよ。そうそう。メル友みたいな感じで。彼氏さんが悪者じゃないんですよ。大丈夫ですよー全然全然。大丈夫ですよー全然全然。いや、彼氏さんが悪者じゃないんですよ。メル友みたいな…」
こんな感じでしばらくループしていた。一種の精神安定的現象ではないでしょうか。携帯がブォーっと震えてハッと我に返り、即座に来たメールをチェックした。案の定、偽まどかさんからだ。
「さっきわぁりがとぅ!彼氏が謝ってくれたょ!豚ちゃんのお陰だょー♪」
ッハァー、と一気に身体から力が抜け、倒れるように上半身から崩れ落ちた。スフィンクスみたいな姿勢のまま、メールのやり取りを続ける。
「良かったー!俺のことなんか言ってた?」
「変わった子だねって言ってたょ!彼氏こゎくなかった?」
「ちょっと怖かったけど、優しそうな感じの人だった!」
「彼氏ゃさしぃカラ豚ちゃんと気が合ぅんぢゃないの笑」
「じゃあ今度、紹介してもらおうかなーw」
嫌だ。絶対嫌だ会いたくない。
「いぃょー♪豚ちゃんもぉんなぢぐらい大好き!ホントにぁりがとぅ!」
「そんなこと言ったら彼氏さんに怒られちゃうよーw」
「もしかしたらそれ以上かもょー??」
「やめてよーw」
この日は気が済むまでやり取りをした。俺の心が徐々に落ち着いていくのがわかる。それと同時に、なんだかリア充だなぁと少し胸元が熱くなった。その熱はどことなく、本物のまどかさんに感じていた物に近い気がした。
さて、ここから熱い恋愛ストーリーに発展していって2ちゃんねる恒例の電車男の流れになりそうなのだが、ちょっと待ってほしい。次の日、偽まどかさんから唐突にメールが飛んできた。
「豚ちゃん!またまたお願ぃなんだケド頼んでもぃぃ?」
「どしたの?また彼氏とケンカ?」
「うぅん、彼氏とはちゃんと仲良しになったょ!」
「じゃあ大丈夫だw俺にできる事なら何でも言って!」
良かった。童貞がバレてしまう前に恋愛騒動から一旦距離を置かなくてはな。ホッとしたのも束の間、衝撃のメールが飛び込んできた。
「ぁたしエロ二次元サイトの管理人やってるんだケド、画像貼るの手伝ってくれなぃカナ?」
……はい?????
「そうだったんだ!アニメ好きなの?」
「ぅん!意外とえっちなんだょw」
……オッケー。意外とえっち、可愛いです。
「別にいいよー!どうやるの?」
「さすが豚ちゃん!ぁりがとぅ♪まずぁたしが画像送るカラ、それをぁたしのサイトにメールで送るだけでいぃょ!」
「簡単そう!まかせてー!」
オカズにも困らないしな。
次のメールより、エロ二次元画像がどんどん送られてきた。その数およそ30枚。正統派から触手物まで、多岐に渡るエロ画像がメールフォルダを支配し、俺の携帯はあっという間にどスケベ変態糞野郎へと変貌を遂げた。ここから偽まどかさんのサイトへのアップロード作業が始まる。だがこのサイト、1回のメールで1枚しかアップする事ができない、大変ガラパゴスなサイトであった。さらに、彼女→俺→サイトというリレー形式でアップしていくので、時間がハンパなくかかる。結局全て終わるまで1時間近くかかってしまった。
「やっと終わったよー!」
偽まどかさんに報告。精神的に疲れる。
「ぉつかれさま!ご褒美のちゅー♪」
「照れるなー、やめてよーw」
「ちゅーだけでいいのカナ?あっちがカチカチだょ♪」
「なになにどうしたのw」
「…豚ちゃんのコト考えてたら、ムラムラしてきちゃった…♪」
これは…擬似セックルというやつですかな…!?
以降、画像アップの後の擬似セックルは恒例になった。最初は楽しかった。本当に、ただ単純に興奮して楽しかった。しかし、日を追うごとに全てがストレスに変わっていってしまう。まず、エロ画像がこちらに送られる時間が、決まって深夜1時から3時の間。しかも予告一切無し。一番深い睡眠中、唐突に俺の携帯が唸りを上げるのだ。これが毎日、1日も欠かす事なく。枚数も40枚、50枚と日に日に増えていく。これをようやく上げ終わって眠ろうとすると、擬似セックル開始。偽まどかさんが寝落ちしたかな、と思って俺が眠ろうとした瞬間にバイブが鳴ったりする。これで毎回30分は取られてしまい、長い時は刻みながら2時間掛かることもあった。逆に俺が寝落ちすると次の日、偽まどかさんは大しょんぼりタイムに入る。それも嫌なので、俺が最後にメールを送る形が恒例となっていた。1週間も経つと二次元エロ画像はただの絵にしか見えなくなり『おっぱいって何だろう』という哲学的境地へと辿り着いた。当然、寝不足気味なんてもんじゃないぐらい毎日眠い。音楽の勉強も頭に入らないし声もガラガラで、どう考えても私生活に悪影響を及ぼしている。ここで先ほどのほんわかなやり取りをご覧頂きたい。なんと哀れな童貞豚野郎であろうか。笑ってやってくれ。それから2週間が経とうとした時、流石にこれ以上は無理だと思い、堪らず偽まどかさんへメールした。
「ごめん。エロ画像なんだけど、流石に深夜ばっかりだとキツくて…。昼間に適当に送ってくれれば時間あるときにアップするから、それでいい?」
至極真っ当な意見だと思う。もっと早く提案すべきだった。しかし、偽まどかさんからの返事は俺の意に反する物だった。
「やっぱりめんどくさぃょね…。ぁたしのコト嫌い?もぅメールできなぃの…?」
「いや、そうじゃないよ!どうしても夜眠くなっちゃって…」
「お昼わ毎日バイト忙しぃカラ送れないの。夜ぢゃないとダメなの…」
「あれ?大学生じゃなかったっけ?」
「そぉだょ!会津大でぃそ」
途中送信だろうか、変なところで切れていた。
……ん?会津??
「ごめんまちがえちゃった!気にしなぃで!消そぉとしてぉかしくなっちゃった!」
「そっかそっかwあれ、東京のどの辺りだっけ?」
「新宿だょ!ごめん、ぃま忙しぃカラまた夜ね。大好きだょ…」
なんだ、この違和感は。
あんまり考えたくないが、もしかして俺、釣られてるのでは…?
思い出してみると、偽まどかさんが女だという根拠は一番最初の画像以外全く無かった。そしてあの電話に出た男が、偽まどかさん本人だという可能性も、現時点では否定できない。俺の第六感が直ぐにでも縁を切った方がいいと告げている。しかし、いずれも憶測の域を出ておらず、まだ釣りと確定したわけではない。そもそも色々と確かめなければ気が済まん。思考を巡らせた結果、まずは深夜になるまで待つ事にした。そして、その日の23時頃。少し早い気もしたが、居ても立っても居られず偽まどかさん宛に文書を打ち込んだ。
「ごめん。疑ってる訳じゃないんだけど、大学って東京だよね?会津って福島だけど、打ち間違いだよね…?」
とりあえずジャブ程度にしておいて送信。……できなかった。送信エラー。
あれ?なんでだ。試しにもう1度。
……やはり送信エラー。送信先のメールアドレスが間違っているらしい。しかし、こちらは新規メールではなく返信でメールを返しているのだ。間違えたくても間違えられない。
考えられる理由は1つ。
あの子、メールアドレスを変更したのだ。
まだ俺にメアド変更の旨を知らせるメールは届いていない。
今だ。このタイミングしかない。
俺は急いで携帯サイトを開いた。設定からメールアドレス変更ボタンを押す。メアドなんて何でもいい、適当だ。今までにないスピードで新メールアドレスを打ち込み、確定。無事に変更が完了した。メールボックスをチェックする。偽まどかさんからメールは届いていない。最後に、偽まどかさんの彼氏の電話番号を着信拒否設定にした。
勝った。これでもう、俺と彼女が連絡を取る方法は存在しない。
こうして偽まどかさんとは難なく縁を切った。現在に至るまで、彼女からの連絡は全く来ていない。この日から夜はぐっすり眠り、ズタボロだった俺の身体もすぐに回復。平和で充実した日々を取り戻す事ができた。それから数日後。本物のまどかさんを忘れられずに恋愛サロン板の好きな人の名前を叫ぶスレに行った時、こんな書き込みを見つけた。
「豚ちゃん豚ちゃん豚ちゃんなんでなんでなんで豚ちゃん豚ちゃん豚ちゃん愛してる愛してる愛してる豚ちゃん豚ちゃん豚ちゃん犯したい犯したい犯したい豚ちゃん豚ちゃん」
ひぇっ……。
俺の本名はありふれた物なので、これが偶然だと信じたい。今でも信じている。いや、信じさせてくれ。名前を書き込まれる恐怖を知った俺はこの日以降、好きな人の名前を叫ぶスレに行くことは無くなった。いい加減、専門学校で良いから想い人を見つけなければな。恋愛も前向きになったことだし、ポジティブに捉えておけば良いのだ。やはり、インターネットという場所をむやみやたらに信じてはいけないのである。




