プロローグ
2009年5月某日。良く晴れた涼しい昼下がり。東京都内にある大きな川の土手、生い茂った草に仰向けで寝転び携帯電話を眺める青年が1人。画面に映るのは 『ハッキング』から『今晩のおかず』までを手広くカバーする巨大掲示板群「5ちゃんねる」。当時はまだ「2ちゃんねる」という名称であった。利用していない貴君へ説明すると、裏情報が沢山書かれている怪しげなサイト、パソコンがウイルスにかかってしまう危ないサイト、個人情報が盗まれて特定される…などと脅してみても仕方ありませんな。世間一般で言われている前述のような事は、あることにはあるんだけど、はっきり言って例外レベルな訳で、まぁ、オタクが匿名でワーワー騒いでる雑談掲示板サイト、くらいな感覚で捉えて頂ければよろしい。「カテゴリ」と呼ばれる『ニュース』『雑談』といった大きな分野単位でそれぞれの掲示板が区切られており、さらにそのカテゴリの中に細かいジャンル分けがされ、これを「板」という。眺めているのは『雑談2』カテゴリの中の「ニュース速報VIP」という板。どんな事が書かれているか大雑把に言うと、何でもあり。日常で起こったくだらない事を報告するも良し、日頃のストレスを書き殴るも良し、ネタ画像を投稿してスレ住人を笑わせたりオリジナルの小説を書くのもオーケー。板の住人は総称して『VIPPER』と呼ばれており、これが彼らのステータスにもなっている。なんのステータスかは良くわからんが。1000近くあるスレッドをザーっと流し読みして気になったものをポチッ。適当に書き込みをして一覧へと戻ってまたザーっと流し読み。アホ面の青年──つまり俺はこんなことをしばらく続けていた。数分後、気になるスレが俺の目に入る。
「未発達のおっぱい画像下さい」
俺はおっぱいに目がない。男なら当然だ。さらに言うと巨乳より貧乳派である。これが未発達となると、もうどうしようもない。鼻の穴はゴリラの如く膨れ上がり大事な息子さんもおっきおっきの大暴走状態である。きめぇな。タイトルの後ろを見ると(6)と表示されている。書き込んであるレスの数だ。多分2個くらいはもう貼ってあるだろう、そう期待してすぐさまクリック。予想通りスレ主の書き込み以外は見事に画像URLが貼られており、とりあえず上から順番にクリックしていく。こういうケースの場合、画像を開くとおっぱいではなくグロテスクなものやゲイ同士が交わる画像が貼られることが多いのだが、スレ住民の紳士たるや。きっちりとおっぱい丸出し女の子が貼られていた。だが、未発達という割には成長しきったものばかりで、中にはどうみても現役OLバリバリ仕事してます的な画像も含まれていた。納得いかん。俺はここぞとばかりに画像フォルダに溜めてある厳選されたエロ画像の中から1枚をチョイスして画像をアップロードし、URLをスレに貼っつけた。さぁ賞賛の嵐よ、俺のレスに浴びせたまえ!そう思いながら待つこと数十秒。スレ主は誰に言うでもなく投げかけた。
「なんだよ、おばさんばっかだな」
ここでブチ切れですよ。こっちはスレ主の為を思って選りすぐりの未発達おっぱいを貼ってやったのだ。確かにOL女子は居たが俺のはどうみたって未発達じゃないか。何故あんなザコと一緒くたにされなければならんのだ。これは一泡吹かせてやらねば気が済まない。そう思ってフォルダに保存されてあった秘蔵中の秘蔵である小学生のおっぱい画像、それも顔付きのやつをアップしてやった。言うまでもなく児童ポルノだ。今なら間違いなく捕まっている。保身の為に書いておきますが現在は残っておりません。何なら携帯もパソコンもありません。ネットカフェで書いてます、はい。
「お、おう、やるじゃねぇか。」
「ありがたく保存させてもらった」
「ここに神がいると聞いて」
「よくやった!」
ようやく賞賛の嵐が俺のレスに浴びせられた。この感じが狂おしいほどたまらない。こうなると当初の未発達おっぱいを見たい気持ちは何処へやら。上機嫌で「あとは頼んだ」と一言書き、更新ボタンを押して後のレスをチェックしてその場を立ち去ろうとした。だが、その中に1つだけ気になるレスがあった。
「一応運営に通報しといたから」
またまたご冗談を。この手のスレはこんなのしょっちゅうだ。正義のヒーロー面した奴が脅しで適当に揺さぶりをかけて勝ち誇った顔をする。画像を貼れないのが悔しいくせに──とは思ったものの、現実はやはり児童ポルノ。このまま残していたらサイバー警察に見つかってガチ逮捕…なんていうのも無くはないんだよなぁと思い、念のため画像を消去。とりあえず一安心だ。その後は『芸スポ+』『ニュース速報+』といったニュース系の板を回って世間をチェック。1つの話題に対して沢山の書き込みがされるので否応にも良い意見だけでなく悪い意見も垣間見ることができる。俺の座右の銘である「十人十色」はここから来るものだ。たった1つの話題でこんなにも多くの意見がある。5ちゃんねるを見始める前の俺は1つの考えに固執していたが、より全体を見渡せる良い思考へ変化できただけでも、5ちゃんねるを見続けている価値があるのではないか、と今でも思っている。俺なりの意見を書いて一覧へ戻って別のスレッドへ書き込み、書き込んだレスへの反応の様子を伺いにスレッドへと戻ってまた別のスレッドへ。5ちゃんねるは便所の落書き、という例えがあるくらい反応が来ること自体が少ないのだが、この日はあーでもないこーでもないと俺のレスに意見が返ってきていた。自己顕示欲が強いのかなんなのか、良い悪い関係なく反応があるのは嬉しい。
こんな事を続けていたら、いつの間に腕時計の長針が4時を指そうとしていた。イカンイカンと思いながら起き上がり身体についた草や土をパッパと振り払い、そのまま10分程歩いた所で6畳一間の我がボロアパートへ到着。中へ入り、ビニール袋や服が散乱した部屋の僅かなスペースへゴロンと倒れこみ、すぐさま転がっているリモコンを手に取ってテレビを付ける。チャンネルはNHK教育テレビ。同時に携帯で5ちゃんねるを開き、実況カテゴリの中のNHK教育実況板へ。そして始まる「おかあさんといっしょ」。オープニングから「おかいつキター!」という書き込みが次々と書き込まれていく。俺も流れに乗って書き込み。この時間帯は『おかいつ実況』と呼ばれており、テンプレートの書き込みがすでにいくつも出来上がっていて、いわゆる一体感という奴を思う存分体感できる場なのだ。季節の歌や例の着ぐるみコーナーを始め、体操のお兄さんと子供達が戯れながら体操という名の踊りを披露してトンネルをくぐるエンディングまで、誰が考えたのか全てのコーナーに決まったレスがある。思う存分かわいい幼…じゃなかった、おかいつ実況を楽しんだ後、少しだけニュース系スレを眺めて5ちゃんねるを閉じた。
2日後の朝。
いつものようにVIPに書き込もうとするとこんな警告が。
ERROER:ウィルス警報。。。
(個体番号)には5ちゃんねるには書くことを遠慮してもらっています。
なんだよ、規制かよ。俺は心の中で舌打ちをする。
通信規制ではなくサーバの規制。いわゆる荒らしなどを規制する為に実施されることがあり、この巻き添え規制を食らうことがあるのだ。運営による独自判断であり長期規制がかけられることもしばしば。毎日の日課を返せ。そう思って運営板で文句を言うために書き込もうとする。規制中でも運営板は書くことができるのだ。だがしかし。
ERROER:ウィルス警報。。。
え、まただ。なぜ運営も…?
試しに『シベリア超速報板』という、書き込み時にIP丸出しになるという匿名もクソも無い独特の板に書き込もうとした。
ERROER:ウィルス警報。。。
おかしい。これは何かがおかしい。っていうかウィルス警報ってなんだ。俺はすぐにググった。
5ちゃんねる活用まとめサイト。そこには驚愕の事実が書かれていた。
『ERROER:ウィルス警報。。。が出ると、半永久的に規制されます。携帯の場合は買い換えるなどして下さい。』
こ、これは……。
嘘だっ!!!!!!!!!!!!!
次の日も、また次の日も、分かっていても俺は書き込み続けた。それでもやはり、出る言葉は決まって
ERROER:ウィルス警報。。。
俺は5ちゃんねるから追放された。一生書き込みができない。もはや絶望である。
だが原因がわからない。荒らしもしていなければ連続スレ立てもしていないし、ましてや殺人予告なんかする訳がない。思い当たるものを考え抜いた結果、ある一つの答えに辿り着いた。
あの、ロリ画像だ。
運営のVIP専用通報スレ。その中の2次元エロ画像やらロリ画像やらの通報報告スレ。2日前に遡るため下へ下へどんどんスクロールをしていく。辿り着いた先に、俺が意気揚々と未発達おっぱいを貼ったあのスレが、間違いなく書き込みされていた。一応通報しといたから…あれは本当だったのだ。
この日から『ROM厨』と呼ばれる見る専門のVIPPERとして生活が始まった。まさかロリ画像を1回アップしただけでBANを食らうハメになるとは…。みんなが当たり前のようにレスをする。俺だってついこの間まで普通に書き込んでたんだ。『半年ROMれ』とはよく言ったものだが、半年どころか一生もんだ。お盆休みも秋と来年のゴールデンウイークもクリスマスも元旦もバレンタインデーもエイプリルフールも全部全部全部!
……まぁ、実際は携帯を買い替えれば良い話なのでそれまでの辛抱である。だが、すぐに買い替えられない理由があった。この携帯、2年使わないと罰金払わなきゃならないのだ。確か3万前後くらい。貧乏で家賃を払うのが精一杯なのに、携帯に金払う余裕なんざこれっぽっちもない。つまり、最低でもあと1年はROMることになる。基本独りぼっちで人と会うのは仕事だけ。しかも職業が警備員だから周りに女の子なんざいるはずもなく定年過ぎの爺さんばかり。友達だってみんな仕事や就活で忙しいしそもそも居な…おっと危ない。そんな状況で今年のクリスマスと来年のバレンタインデーを乗り切れと。そうおっしゃるのですかFOXと讃岐とFateとその他諸々の運営諸君よ。でも、考えてみれば流石にロリ画像アップはまずかったから自業自得か。
この鬱憤をどうにか晴らしたい。とにかく書き殴りたい。そう思った俺は5ちゃんねるとは関係ない場所を探すことにした。巡りに巡ってついたところは『ゴミ箱』という板。隠し板と呼ばれるものが5ちゃんねるには存在していて、当時はまだその中の1つとして載っていた。見るとVIPより遥かに書き込みが少なく、中には1年以上放置して残っているスレもある。ここなら何を書き込んでも文句はあるまい。俺は昔を懐かしみながら、いかに5ちゃんねるが大事な存在であったかをつらつらと書き込んでいくのであった。