9ページ目
抜粋 9ページ目
「は、何言ってるんで……」
訳が分からないまま聞き返す。だが、なぜか嫌な予感だけはひしひしと感じていた。
「神崎は短気でいけないわ。まぁ最初から質問予定だったのだけど……」
いやだ、言わないでくれ
「あのお店を見つけたのは誰?」
そんなの、3人で歩いていて誰ともなく……
「もとから、おかしかったのよ。あなたたちがあのお店に入れるわけがないんだもの」
どこか時間を気にせずたむろできるところを探してて……
「偶然、というのは無理があるわ。だって毎日のように通っていたのでしょう?」
――『ゲンちゃん!あそことかよくない?』
「それに、私たちのほうに回ってきた情報にはあなたともう一人の子のことしかなかったもの」
――『あ?どれだよ?』
「一緒にいたのなら少なくとも情報が回ってきたはず」
――『あれあれ!あそこのゲーセン!人も少なそーだしちょうどいいじゃん!』
「あなたたちをあのお店に導いたのは誰だったのかしら?」
――『こんなとこにゲーセンなんてあったか?』
――『うわ、オレも初めて気づいたわ。』
――『エッヘン!ねーねー、ここでいいでしょ?』
――『まぁいいんじゃね?』
――『まぁゲンがいいなら……にしてもホントよく気付いたな、ハル』
「教えてくれる?」
「そ、れは……」
老婦人の言葉に誘導されるように俺の意思とは関係なく口が言葉を紡ごうとする。それと同時に頭が割れるように痛くなった。
「ぐっ、ぅ」
――に げ ろ
再びソウの声が頭の中に響く。頭痛と声で余計に頭がぐちゃぐちゃだ。だが不思議と割れるような痛みは治まってきた。
「なるほど、あなたの命の危機に反応するのかしら?」
感心したような声にいつの間にか俯いてしまっていた顔を上げる。正面には声とたがわぬ表情の老婦人が俺を、正確には俺の首元を見ていた。
「なにが……?」
「あなたのその首にかかっているもの。それにね、とても強い……念、とでもいうようなものが籠められているわね。少し見せてもらえるかしら」
リングのことだろうか。これは特別なものでもなんでもなく、俺が作ったものだ。老婦人に言われるがまま外して机の上に置く。神崎が手に取り光に透かすように見分してそのまま老婦人に手渡した。
「アミュレット、タリスマン、まぁいろいろな呼び方がされるけどそういった類の物ね。これはどこで手に入れたの?」
そんなことを言われても困る。
「俺が作ったやつ、です」
神崎と老婦人が不思議そうにこちらを見る。そんな顔で見られても、俺も自分が作ったものを変な評価されて同じような表情をしているに違いない。
「あなた、そういう知識があるの?それとも偶然かしら?それにしては……」
「あ、あの!それ、ソウがデザインして俺が作ったんス!だから、俺にそんな変な力は……いや、だからと言ってソウにそんな力があるわけでも……」
「デザインはもう一人の子が……いえ、それにしても作成したのはこっちの子だわ……」
なぜかひどく居た堪れなくなって語尾が小さくなる。俺の言葉を聞いているのか老婦人はリングを見たまま何かを考えているようであった。
しばらくそのままであったが、何かわかったのかリングは無事手元に帰ってきた。そのまま再び首にかける。
「なぜその指輪に力が込められているのかは分からないのだけど、力の大元はあなたのお友達ね。とても強くあなたのことを想っているわ。少しでもあなたが安全であるように。といってもあなたの危機に対して外に向けて力を発するというような、そこまでの力ではなくて、あなたに危機を伝えるというのが精一杯という感じね」
老婦人の言葉から、その念がソウの物であるのは間違いないと思う。ずっとソウの声が聞こえていたのも納得できる。だが、なぜさっきまたその声が聞こえてきたのだろう……
「ソウが……でも!ならなんで、っが、ぁ……!」
ハルの名前を出そうとすると再び頭が割れるような頭痛がする。同時にソウの声も。
「呪い?名前をキーワードにしているのかしら……」
「さて?俺にはどうでもいいので」
「そんなひどいこといわないで。神崎なら簡単にできるでしょう?」
「死にはしないのだから別によくないですか?」
「でもこのままだといつまでたっても終わらないわ?」
「……はぁ、なんでこんな中途半端な呪いなんだ。いっそ死ぬようにしてしまったほうがあと腐れがないだろうに……」
俺が頭痛にさいなまれている間に2人は軽い会話をしていた。この人たちは基本的に俺のことを気にしているわけではないのだろう。神崎に至っては面倒だとすら思っている。老婦人に言われてしょうがなく動いたのが分かった。
神崎が何をしてくれたのかは分からないがゆっくりと頭痛が引いていく。それに伴ってソウの声もおさまる。
「もう頭が痛くなることはないと思うわ。じゃあ改まってあなたのもうひとりのお友達の名前を教えてくれるかしら」
ひどい頭痛のなかでも2人の会話は拾えていた。信じたくはないが、2人の会話とこれまでの情報から考えるとこの呪いとやらをかけたのはハルなのだろう。
「……」
だとしても、この2人にハルの名前を言ってしまったら何が起きるのか分からなくて怖い。
「なんだ、どちらにしろ言わないのなら呪われたままでもよかったじゃないか。それとも実は仲間とかいう落ちか?呪いをかけたやつも仲間だからこんな変な呪いをかけたんじゃないのか」
「?どういう……」
変な呪いというのはどういうことだ。それに俺はあいつの仲間、少なくともあの爆発に関しての仲間ではない。ならなんでハルは……それともハルは俺が自分の名前を出さないと信じていた?それならばわざわざ呪いなんてかけなくてもよかったはずだ。ハルの行動には矛盾だらけだ。
そういえばあの時も俺たちをあの場所からすぐにでも連れ出そうとしていた。俺と外に出た後も、もしかしたらソウを助けようと……?
「あ?そりゃそうだろう。自分を忘れさせるわけでもなく、殺すでもなく。まぁ殺せないわけがあるにしても、昏倒させるとか色々あるだろうに……何を思ってこんな柔い呪いなんだ?まるで本当は呪いなどかけたくなかったみたいな」
そうだ、呪いをかけたくなかった。そう考えたらつじつまが合う。だからこんな矛盾に満ちた行動をしていたのだろう。俺に呪いをかけたくなかったからこんな中途半端で、俺たちを巻き込みたくなかったからあの時店の外にすぐにでも連れ出そうとしていたのだろう。
「そうね、確かに矛盾に満ちた呪いだわ。これは私の考えなのだけれど……きっとあなたたちはとても仲が良かったのじゃないかしら?そうね、どんなことをしても殺したくないと思うぐらい大事にしていたのでしょうね。でないとあなたが店の外にいたわけがないもの。きっとあなたのお友達はあなたが外に出るのを止めたりはしなかったのじゃなくて?」
「あ、いつは、俺が外に出るのを止めようとはしませんでした。いえ、おそらく俺たちをあの店から連れ出そうとしていました。俺たちだけ先に店を出るようになって……そのあとすぐにあいつ、ハルは店に引き返して……」
あの時のやり取りが脳裏をよぎる。それと同時に1つの仮説がたった。俺の願望が多分に含まれているとはいえそこまでおかしな仮説ではないはずだ。
「あの!もしかしたら、なんですけど。狙われたのってソウなんじゃないんすか?!あいつ1人になったから……だってあの店行くときは俺たち3人そろってが多くて。俺とハルだけ行ってる時もあったんすけど、そん時はなんもなかったし!ハルもあの日ソウと離れないようにしてたっていうか……俺のリングも、ソウのデザインで……俺には何の力もないから、あいつに特別な力があるってほうが納得できるっていうか。だから!ハルはきっと本心ではこんなことしたくなんてなかったんだ!!」
いつの間にか立ち上がって身を乗りだしながら力説していた。ここでこの人たちにハルが敵だと認識されたら、俺はきっとハルに二度と会えなくなる。逆にここで味方、とまではいかずとも処分保留ぐらいに抑えられたら……
「あなたにとっても大事なお友達なのね。なら、きっと私たちと一緒にいることで彼らを探す手助けができると思うわ」
「手助け、ですか……?」
思ってもみなかった老婦人の言葉に、しかしその言葉に含まれるニュアンスにわずかばかりの希望を抱く。
「えぇ。私たちはいわゆる……そうねぇ、何でも屋さん、みたいなものなのよ。あなたも今日1日で分かったと思うのだけれど、この世界には不思議なことがたくさんあって、それに困っている人とかも多いの。その人たちの話を聞いたり、時に助言したり、今回みたいに動いたり。まぁいろいろとするのだけれど、その分今回のような情報はよく集まるの。だからね、あなたのお友達の情報もきっと集まってくると思うわ」
「いいの、ですか?」
「えぇ。その代わり、私たちのことを手伝ってね」
「もちろんです!よろしくお願いします」
願ってもいない老婦人の言葉に何か考えるよりも早く頭を下げていた。
「っていやいやいや、俺の意見も聞きましょう?嫌ですよ、俺は……そもそも面倒ごと抱え込むならあの男1人で十分でしょう?」
置いてけぼりにされていた神崎が慌てたように口をはさむ。勢いで返事をしてしまったが、俺が増えることで最も迷惑をかけるのは執事らしきこの男だ。反対するのも当然だ。なにか、ここに置いてもらえるだけの理由を作らなければ……
「あの俺、料理できます!!掃除とか洗濯も!こ、この屋敷にふさわしいレベルでできるかって言ったら、その、今すぐは無理ですけど、すぐに覚えるんで!!」
「そういうことじゃねぇんだって。とにかく俺は反対だ!」
断固反対、と言わんばかりに老婦人を厳しい、否、睨みつけるといったほうが正しいような目つきで見ている。
「そうはいってもね、もう縁ができてしまったものはしょうがないじゃない。彼と縁ができたからこの子にあったのか、この子と会うから彼と縁ができたのか……片方だけなら無視もするけど、両方となるともうどうやったって、ね?どちらにしろ見届けないといけないのであれば特等席で、巻き込まれるより自分から巻き込んでいったほうがきっといいわ」
神崎の視線も物ともせず老婦人は言い返した。この人は俺がいることで起こるだろう面倒ごとも含めて俺に手を差し出してくれていたのか……?
「どちらも放逐すれば済むと思うのですがね」
老婦人が前言を撤回することはないと悟ったのだろう。先ほどの剣幕とは程遠く、今度はすねたように老婦人を見る。対する老婦人はなにやら含みのある笑顔を浮かべていった。
「それにね、神崎あなた……」
老婦人の笑顔が深まる。
「いつまでたってもコーヒーしか淹れられないじゃない」
神崎が甘いものと辛いものと苦いものとすっぱいものを一気に飲み込んだような一言では言い表せない表情となって押し黙った。
結局、俺の仮説や説得とかではなく神崎がコーヒーしか淹れられない、ということが俺を屋敷におく決定打となった。
抜粋終了