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「頭の回転はそんなに悪くねぇんだな。」
俺が身を切る思いで紡いだ言葉も、神崎にとっては俺を量るひとつでしかなかったようだ。激高しそうになるが、ここで自分の感情を露わにしたからと言って現状が変わることもない。
「神崎、茶化してはダメよ。さて、思ったよりちゃんと現実を理解してくれているみたいで安心したわ。ただ、前提がちょっと違うのよね。まずあなたたちが良く行っていたお店について、他の人がいたのを見たことあるかしら?」
「……そういえば他の客と会うことってほとんどなかった、です」
老婦人に言われて初めて気づいた。あの店に入り浸るようになって他の客や店員と会うことなどほとんどなかった。人が少ないからこそ入り浸っていたとはいえ、あんな街中の店舗に人がほとんどいないというのはおかしい。
「そうでしょうね。あのお店はちょっと特殊なお店で、特殊な人たちしか集まらないようになっていたのだと思うわ。そこにあなた達が現れたものだから狙われてしまったのね。」
どういうことだ……俺たちはいたって普通の人間だ。特別に優秀だとか、特別に悪だとか、そういったことはなくて。一般的な人とは少し違った生い立ちをしてはいるがそれでも似たような境遇の人は多く存在している。俺の困惑をよそに老婦人は言葉を止めることはしない。
「次に爆発が起きたことについてだけれど。これはおそらく私たちがあなた達に接触しようとしたため証拠隠滅に先走った、というところかしら。本当なら穏便に建物を消し去るつもりだったのでしょうけど。」
本当にどういうことだ……?俺たちに接触しようとした?証拠隠滅?もしこの2人が俺たちに接触しようとしなければあの爆発は起きなかったのか……?
そこまで考えて、自分の考えを否定した。老婦人は俺たちが狙われたと言ったのだ。おそらく早いか遅いかの違いで、どちらにしろ俺たちは何らかの事件に巻き込まれていたのだろう。
「そして最後に事件がなかったことについて。ここまでくれば分かると思うけど、普通の人にとってあの場所にはそもそも何もなかったのだけら、爆発がおきるわけがないということね。」
「でも、俺は確かに……」
いくら特殊な人だけが集まる店だったとは言われても、俺自身は特殊である自覚もないしそもそもいつも普通にあの場所にいたのだ。それにあの場所に何もなかったというのも意味が分からない。
「えぇ、だから普通の人にとってはと言ったでしょう?そうね、分かりにくいのならあの店には人除けの魔法がかかっていて、一般人には見えていなかった。あなたは自分が気付いてなかっただけで実は魔法使いだった。と有名な児童書の少年みたいに考えてくれたらいいわ」
有名な児童書の魔法界への入り口、のようなものか?それこそ信じられない。が、どういった状態なのかは理解できた。
「で、一般人に爆発は気づかれなかったけどその衝撃とかの物理法則まではごまかせないから、おそらく一瞬だけの局地的な地震という扱いにでもなっているのではなくて?」
「じゃあ店の周りに人がいなかったのも、少し離れた場所の人たちがいつも通りだったのも……」
「地震大国のこの地で、大きくもなく、二次被害もない地震でどれだけの人が混乱して避難するのかしら?地震直後ならいざ知らず、ほんの20分もすればみんな通常通りの生活でしょうね」
にげていた時に感じた違和感はこれだったのか。そういえばさっきニュースを検索したときに局地的な地震の情報が載っていた。ここまでの老婦人の話をまとめると俺の仮説2つ目と近い。なら、あいつらが犯人ということはなさそうだ。喜んでいいのか、それともあいつらの生存の可能性に落胆すればいいのか。
「信じられねぇけど、何となくわかりました……じゃぁ、あいつらがあの爆発を起こしたとかそういうわけじゃないってことなんすね……」
複雑な気持ちが声にも表れる。安堵と落胆で力が抜けた。
「……ゆかり様が聞かないから俺が聞くが、なぜおまえは複数形を使う?」
老婦人からの情報と自分なりの考察で頭の中がぐちゃぐちゃになっているときに神崎からさらに意味の分からないことを聞かれた。
「?え、何のこと、ですか?」
「さっきからあいつらあいつらと言っているだろう?」
あいつらはあいつらだ。意味が分からずぽかんとしていると、神崎はただでさえ仏頂面と言って良い表情だったのを、さらに苛立ちで眉をしかめた。
「は、いやあいつらは……」
「だぁから!お前が一緒にいたのは本城創志だけだろうが」
本当に、何を言っているのだろう……
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