7ページ目
抜粋 7ページ目
「朝はいつも通りでした。普通に起きてめし食って……いつも通りあいつらとつるんでゲーセン行って」
老婦人の言うとおりに朝起きてからの自分の行動を1つ1つ辿っていく。
「ゲーセンでそろそろ飽きてきたとかって話して、じゃあ家に行こうって。ソウがまだ対戦終わってなかったから先にコンビニ行って……そしたらあいつがスマホ忘れたっつって途中で引き返して。俺だけ先にコンビニ行って、したらス、ゲェ、お、とが……」
「スマホ、既読、つか、なくて……い、そいで戻っ、て……」
何が何だかわからないままゲームセンターまで人をかき分けながらもと来た道をたどった。ほんの数分の距離がとても長く遠く感じて……
やっとの思いで戻ったゲームセンターは跡形もなくなって、道路にはガラスが散乱していて……
「あ、いつら、でんわも、でなくて……瓦礫の中、ソウのスマホに『にげろ』って……」
瓦礫の中で光るスマホの画面がフラッシュバックする。
「そっからは、ただずっとにげて……気づいたら倉庫群、でした」
思い返してもわからないことばかりだ。だがそれでも、俺が一番聞きたかったことだけははっきりした。
「あい、つら……死、んだ、ん、ですかっ」
そうだ分からないことは確かにたくさんあった。聞きたいこともたくさんあって頭の中ぐちゃぐちゃだったけど、本当はあいつらがいないかもしれないことに気付きたくなくて。だから目の前から逃げていた。ソウのメッセージとかそんなんじゃない。俺が、ただ、現実から逃げたかっただけだ。
「いい加減しっかりしろ」
俺は自分で質問したくせに耳をふさいで机の下にうずくまっていた。そのことに気付いたのは耳をふさいでいた手をいつの間にか戻ってきていた神崎に引っ張り上げられてからだったが。
「ッぁ……」
それでも往生際悪く老婦人から顔をそらし、捕まれてないほうの手で頭を覆い目を閉じ歯を食いしばる。ぶたれる前の子供のように。
「座れ。そして目を開けてちゃんと確認しろ。できないとは言わせない」
神崎はそんな俺を許さず椅子に無理やり座らせ肩を押さえた。嫌だと頭を振れば後ろから顎をつかまれ、最後の抵抗とばかりに目を閉じていたらそんな言葉が聞こえてきた。無感情な、冷酷とも言ってもいいような声であったのに俺の体に触れる体温は高く、背中がひどく暖かかった。
ゆっくりと目を開けると、正面にはこちらを見つめる老婦人の瞳があった。正直、この老婦人は同情や憐憫あるいは落胆や嫌悪の瞳でこちらを見ているかと思っていたが、そのどれでもなくただこちらを見つめていた。
まだ後ろの神崎の声のほうが感情が乗っていると言って良いぐらい無感動な瞳であった。だが、逆にそれでよかったのかもしれない。同情や憐憫の瞳だったなら、俺は自分を可哀相な奴にしてしまっていた。落胆や嫌悪の瞳だったなら、俺は自分を殺してしまっていただろう。
老婦人の瞳に映る自分を見てゆっくりと力が抜けた。どんなに俺が拒否したところで起きたことは変わらないと気付いたからだ。万が一にもあいつらが生きていたのならすぐに向かわなければいけないし、もし、死んでしまっていたとしたら俺ができることをしなければいけない。それが何かはわからないけれど。
俺が落ち着いたのを確認して、神崎は老婦人の横に戻った。
「もう大丈夫そうね」
「すみません」
「……いいの。あなたぐらいの年ならもっと取り乱してもおかしくないことだもの。」
老婦人がゆっくりと瞳を閉じ深呼吸をする。無意識に自分も合わせて深呼吸をしていた。
もう一度老婦人の顔を正面からしっかり見る。厳しい顔をしてはいたが先ほどのような無感動な瞳はしていなかった。こちらを探るような、心配しているような瞳だった。
「さて、あなたのお友達のことだけど。正直なところ、生死不明としか言いようがないわ」
「ぇ、どういう、ことですか……?」
老婦人からの予想外の回答に頭が真っ白になった。
「そうね、まずは今日起きた爆発事故だけど。起きてないの」
「……は、?」
「ここにはテレビがないから確認できないけど、あなたの携帯電話で調べてごらんなさい」
真っ白な頭にさらに理解できないことを告げられ、とにかく言われたように自らのスマホでトップニュースを検索する。
どこにも今日の爆発事故のことなど乗っていない。タイムラインで流れたのかとも思ったが他のニュースの更新時間が爆発が起きるより前のものも残っているのだ。地方のことだからかと、土地の名前で検索しても出てこない。
更にはゲームセンターがあったところには某人気パン屋が近日オープン予定となっていた。
「どういう、ことっすか。なんで、爆発……いや、ゲーセンそのものが」
「わかったと思うけど、爆発は無かったことになっているの」
「じゃあっあいつらは?!生きてるんですか?!いや、そもそもほかの客だっていたはずだ。なかったことになんて……それとも俺が、俺だけが頭がおかしくなったんすか……」
あいつらが生きているかもしれないという希望と死んだことすら無かったことにされたのかもしれないという不安に声が大きくなってしまった。だがさすがに神崎と老婦人もこの事態をおかしく思っているらしく特に気にはしていないようであった。
「落ち着いて聞いてちょうだい。まず爆発事故はあった。といっても私たちは崩れた建物しか確認していないから正確には言い切れないのだけど、確かにあの時間あの場所のあの建物は崩壊していたわ。でもね、不思議なことにあの場所に死体はなかった。がれきに埋もれていたから見落とした、とかそういうことではなくて、あの場所に死体はなかったの」
「それじゃぁ!!!!」
「まって、死体がなかったと言っただけよ。もしかしたら死体を運んだのかもしれない。もちろん生き延びているのかもしれない。仮に生き延びていたのにあの場所にいなかったのはなぜ?」
「そんなの怪我した、からに……」
生存の可能性に頭が熱くなっていたが、よく考えたら怪我して避難していました、というのは楽観的過ぎることに気付いた。
「わかる?」
「……事件がなかったことに、情報だけでなく物理的にもなかったことにされてるってことは、神崎、さんが倉庫で見せたような変な力が関わってるってこと、ですか」
「えぇ」
「事件を無かったことにするために、あいつらを連れ去った。この場合爆発での生死はあまり関係なくて、連れ去られたあいつらはおそらく……」
「もう一つの可能性として……ゲーセンにいた誰かを殺すもしくは連れ去ったことを知られないために事件を無かったことにした場合。ターゲットがあいつらでなかったのならやっぱりもう……逆にターゲットがあいつらだった場合生きてる可能性は高い」
生きていて今も心身ともに無事かどうかはわからないが。そしてもう一つ、考えたくない可能性がある。ただこの場合、おそらくあいつらは生きてる。無事に生きている。
「………………もうひとつ、あいつらのどちらかもしくは両方が主犯の可能性。考えたくねぇけど、これだとあいつらは生きてる、と思う。」
抜粋終了