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――くそっ、どこいきやがった!!
――探せぇっ!!何としても探し出して捕まえろぉ!!
奇妙な安心感を抱きはしたが、外の状況が変わるわけでもない。外では追手たちの声が至る所から響いてくる。気のせいでなければ先ほどよりも声と足音が増えていた。
「先にご用事を済ませようかと思ったのだけど、鬼の方たちがうるさいわね。ねぇあなた、あの鬼の方たちに鬼ごっこの日を改めていただけるよう言ってきてくださる?」
外の音がうるさくなってきたのか老婦人が突然とんでもないことを言い出した。本気で俺と外の追手が鬼ごっこをしていると思っているようだ。
「ぁの、おれは」
「ゆかり様、おそらく彼は外の奴らと遊んでいるわけではないかと思います。」
俺が否定するより早く神崎という男から訂正が入った。
「そうなの?」
老婦人からの確認に何度も首を上下に振ることで公定を示す。そうでもしなければ俺は外の奴らと対峙しなければならない。これ以上訳の分からない状況になるのはごめんだった。このままこの2人といるのと外の奴らに捕まるのと、どちらもこの先の自分がどうなるのかは不明であるが、少なくとも2人は俺を痛めつける様子は見られない。
「じゃぁ、あの方たちに帰ってもらってもよろしいのね。神崎」
「かしこまりました」
老婦人が神崎という男を呼び、男はそれだけで自分のすべきことを把握したかのように俺の隣に移動した。
「邪魔だ」
展開についていけず固まっていた俺を猫の子を拾うかのように、襟首をつかむと何の予備動作もなく老婦人の車いすの横へと放り投げた。受け身をとることもできず体をしたたかに打ったが、俺は声を出すこともできなかった。
俺の体が老女の横に落ちると同時に、倉庫の中の空気が変わった。空気が戻ったというほうが的確だったかもしれない。今まで外と倉庫の中で膜1枚隔てていた状態だったのが、その膜が破られ外と同じ空気になった。それに伴い外の人間も倉庫の中に気付く。当然だ。扉を閉めているわけでもなく、さらには入り口からわずかばかりではあるが夕日が差し込んでいるのだから。
「なんだ!この倉庫開いてるぞ!!」
1人が倉庫の存在に気付くとその情報を共有した近くの人間たちが入口に集まりだす。先ほどまで気づかなかった倉庫に対し警戒しているのか、入り口から入ってくることはない。
「なんだ、入ってこないのか?」
倉庫の中で待ち受けていた神崎という男は入り口の人間たちを挑発するかのようにゆっくりと足音を立てながら奴らに近づいていく。入口の奴らは中からの声にざわついたがすぐにリーダーと思しき男が中に踏み入ってきた。
「よぉ、にぃちゃん。ちぃっと聞きたいんだがよ。この倉庫の中に小僧が逃げ込んでこなかったか?」
リーダーの男は軽い調子でしゃべりながらも倉庫の中を隙なく見渡し、俺と老婦人に気付くとにやりと笑った。
「おぉ、いたいた。にぃちゃんの後ろにいるご婦人の横で震えている奴なんだがね。こっちに渡してくれるかぃ?」
「なぜ?」
こちらに視線を合わせたままリーダーの男は神崎と向かい合う。視線はこちらに向いているが全身の神経は目の前の男に向いているのだろうことが、戦闘などとは程遠い俺にでもわかった。対する神崎は自然体のまま、警戒も緊張もしていない。リーダーの男の質問に小首をかしげる余裕すらある。
「なぜ、って……逆に聞くがね、にぃちゃんたちはそこの小僧を渡せねぇ理由でもあんのかぃ?」
リーダーの男も目の前の男に視線を移し、マネするようにこちらは肩をすくめて見せた。
「ふむ。別にこれと言ってないな。」
「じゃぁ素直にこっちに渡してくれねぇかい?あんたとはあまり戦いたくないんでね。」
「まぁ、お前たちに渡す理由もないがな。」
神崎のおちょくるような会話にリーダーの男ではなく、その後ろの男たちが憤る。それぞれが自分の獲物に手を添えすぐに攻撃できる体制になっていた。
「ほぉ?ずいぶんと自信があるようだねぇ。だが、あんたの後ろのご婦人はあんまり強くはなさそうだっ!」
リーダーの男が言うのと同時にナイフを俺たちに向けて放つ。それを援護するかのようにリーダーの男の後ろから複数の銃弾も迫っていた。もっともそれらは俺たちにとど置くことなく、神崎が手を軽く下に下げる動作とともに地に落ちた。
「な、なにが……」
リーダーの男は苦々しい顔をしたまま動かないが、その後ろの男たちは何が起きたのか分からず騒ぎだす。そして一人の発砲を機に一斉に男たちがそれぞれの武器を手に神崎にとびかかってきた。
「ひけぇっ!!」
部下たちの動きに気付いたリーダーの男が声を張り上げるが一足遅く―恐慌状態にある男たちが指示に従えたかどうかは別として―
神崎に向かっていった男たちは、お互いの武器で互いを攻撃し合い、地に伏せていた。
神崎は先ほどの場所から一歩も動かず、同じ姿勢のままであった。
「おいおい、ノーモーションでんなことできんのかぃ……」
「まぁ。これぐらいはできるわな。で、あんたはどうする。」
神崎はゆっくりと手を男のほうへ伸ばしながら尋ねた。
「はっ、逃がしてくれんのかぃ?」
「……まぁ、逃がす理由もないわな。」
「だと思ったよ!」
くそったれっ!と悪態をつきながらリーダーの男が戦闘態勢を解いたのがわかった。そのままおとなしく神崎に拘束される。気付かず詰めていた息を吐き出す。様々な危機が去ったことを理解し一気に体から力が抜け
た。
「さて、ゆかり様。どうされますか?」
拘束した男を連れて神崎が老婦人の元に帰ってくる。腰を抜かして立てない俺を無理やり引っ張り上げリーダーの男の小脇に抱えさせるように固定した。
「ちょっっ」
「いいのかぃ?このまま小僧連れて逃げるかもしれないぜ」
「できるんならな。」
俺だけでなく成人間近の男を小脇に抱える羽目になった男も目を丸くして神崎を見る。当の本人は老婦人のひざ掛けの位置を直し、ほこりを払いとまるでこちらのことなど見てもいない。文句を言ってもしょうがないことを悟った俺とリーダーの男はどちらともなくため息をついた。
「では、とりあえず面倒なことも片付いたようですし一度私のお家にご招待するわね。神崎」
「かしこまりました。おい、ちゃんとついてこいよ」
まるで戦闘などなかったかのような老婦人の様子にリーダーの男は慌てて俺を抱えたまま追いかける。
「おい、着いていくのはいいが、あいつらはどうするんだ!」
地に伏したままの男たちを顎で指してリーダーの男は神崎に問う。神崎は一瞥もせずに吐き捨てた。
「あと数時間もすれば目を覚ますだろ。その前に警察のお世話になるかもしれないがな」
パトカーのサイレンの音や無線の音が聞こえてくる。
「そういえば、幼気な男の子を数人の男たちが倉庫街で追いかけまわしてるって通報したような気もするわねぇ。なかなか来ないから結局私たちが手出ししちゃったけど」
楽しそうな老婦人の声に俺はどこか残っていた不信感や不安も吹き飛んだ。結局最初からこの2人は俺があいつらに追いかけられているのから助けてくれる予定だったことに気付いて。
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