第七話 紹介2
「おい、ギル」
クロの視線を睨み返すように真正面から見据えたギルデーク。そんな彼に苦笑しながら、グラッツは自己紹介を促した。
不満げな顔つきのルデークが言葉を発するよりも早く、クロの方から首を横に振った。
「うーん、ギルデークの事はいいかな。何となく、どういう人か分かったから」
「……ちっ。会ったばかりの小僧が俺の何を分かるっていうんだ。大体、年上を呼び捨てにするなんざ一体どういう教育受けてきたのか疑問だぜ」
「ほら、そういうところ。オレが思うにギルデークって、意外と常識的なんだよ。だから年下は年上を敬うべきだと思っているし、こんな餓鬼は傭兵団に入れるべきじゃないと思っている。うん、すごく真っ当で正しい考えだと思う」
「……オメェ、おれの事を馬鹿にしてんだろう?」
クロの言い方に少し眉毛を吊り上げたギルデークに、当の本人は落ち着いた様子で首を振った。
「とんでもない、褒めているんだよ。傭兵団の人間って、みんな常識がなくて粗野な無法者ばかりだと思っていたよ。でも昨日や今日関わっただけでも、副団長もグラッツもギルデークもサムも……みんなそこらの兵士よりもちゃんとしてるんだよね。オレ、びっくりしちゃった」
「ハッハッハ、そいつはどうも」
怖ろしいことにこの少年は、それでグラッツたちの事を心底から褒めているつもりのようだ。立場が上の者が言えばまた違うのだろうが、昨日入団し、それも正式には認められていない状態の新入りが口に出していい言葉ではない。
グラッツは呆れるのを通り越して笑ってしまった。
片やギルデークに至っては、怒りに口をわなわなと震えさせてどう答えていいかすら分からないように佇んでいる。その様子を見て、グラッツは一層笑みが込み上げてしまうのだ。
見れば副団長であるベノもグラッツと同じ気持ちのようだ。しかめっ面をして見せているが、よくよく顔を見れば笑いを噛み殺している事が察せられる。
たしかにギルデークの怒りはもっともであるが、だからといってクロが間違ったことを言っているかといえばそうではない。
傭兵団は世間一般の評価として、クロが言った通り「常識がない荒くれ者ばかりである」と言う認識に相違ないのだから。もちろん、グラッツたち『月喰い傭兵団』は他の傭兵団とは違い真っ当であると自負しているが、知らない者から見れば同じように思われても仕方ないだろう。
その誹りは甘んじて受け入れるべきなのである。
「あー、コホン」
そしてついに耐え切れなくなったのか、わざとらしくベノは咳払いをする。そして空気を変えるように一歩踏み出しクロを見下ろした。
「……次は私の番ですね。私は昨日も言いましたが、『月喰い傭兵団』の副団長を任せられているベノと言います。一応君を団の拠点まで連れていきますが、ついてこられなくなったら容赦なく置いていきますので、そのつもりで」
「了解。改めまして、オレはクロ。色々迷惑かけると思うけれど、よろしく」
「ええ。では、行くとしましょうか?」
簡単な自己紹介を終えると、さっそく一行は拠点までの旅を開始した。とは言っても、ここは関所の前。もちろん関所を通れなければどこにも行けはしないのだが。
「おや、お前さんたちはたしか……何とか傭兵団の傭兵だな? 四五日前くらいに通ったろう?」
「ああ、そうだ。覚えていてくれたのか」
関所の兵士が、通ろうと通行許可証を提示したグラッツたちを見て声を掛けてきた。どうやらこの街へ入る前にグラッツたちを応対した兵士と同一人物のようだ。運がいい事に、話が早く済みそうだ。
「たしか、聖国の商人を護衛して送り届ける用向きだったか。無事、依頼はすんだんだな? まぁ、この街に入れば、そうそう危険なんてないから当然と言えば当然か」
「あ、ああ」
四五日前も思ったことだが、兵士にしてはよく口が回る男だ。普段から泰然としているつもりのグラッツとしても、こんな兵士には面を喰らってしまう。
新しく仲間に加わったクロと言えば、何故か殺気すらも纏って兵士を見ていた。あまりにも微かな殺気であるため、気付いたのはグラッツや副団長であるベノぐらいだろうが。
「しかし、お前さんたちも惜しいタイミングで出ていくもんだ。今晩には二三日前にこの街の領主、ベルフィリス伯爵に男児が誕生したってことで、祝祭があるんだがな」
「ほう、それはそれは。ならなおさら、余所者はとっとと退散した方が良さそうだな」
「ふふん、この街の人間はそんなに度量は狭くねぇが、まぁ好きにするさ」
「あ、ああ。じゃあ、もう行っていいか?」
「おう、気を付けてな」
クロの殺気が少しずつ膨れ上がってきているのを感じ、グラッツは冷や汗をかきながら兵士との会話を切り上げて、通行許可証をしまい直す。兵士の方にしてもやる気がないのかおざなりなチェックを終わらせると、あっさりとグラッツたちを通した。当然、この街に入る前にはいなかったはずのクロのことなど気にも留めない。全くいい加減な仕事であった。
「クロ、どうしたってんだ?」
関所を抜け、少しずつ殺気が治まっていくクロに、それでも気になったグラッツは立ち止まって問いかけた。
サムやギルデークの二人は怪訝そうにクロに問いかけたグラッツを見て、反対に殺気に気付いていたであろうベノは興味深そうに眺めてくる。
「別に、ちょっとあの兵士を試しただけさ」
「試した?」
「ああ、どの程度ならソレに気付くかなぁーって。まぁ、この街出身だから、やっぱり関所の兵士の質ってのにも興味があるんだよ」
「……それだけが理由か?」
「うん? それ以外に理由がないとダメか?」
「……いや」
そう正面から聞かれてしまえば何と言っていいか分からず、見上げてくる彼の視線から目を逸らした。
そんなグラッツを押し退け、ベノが少しだけ表情を険しくしてクロを見下ろす。
「あまりよろしくありませんね。彼らの機嫌次第で関所を抜けるのに難儀する可能性だってあります。あまり喧嘩を吹っ掛けるような真似は慎むように」
「了解。次からはもうしないよ」
「……副団長、一体何ごとでさぁ? この餓鬼、一体何をしたんで?」
神妙な声音で頷いて見せたクロに、ギルデークが不思議そうな顔でベノへ視線を向ける。その横ではサムも関心のない顔をしながら視線は落ち着かない。どうやら気になっているようだ。
「気付かなかったのであれば、その程度の事……まぁ、気にする必要はありません」
だが、ベノはその質問に答えることなく、止まっていた歩みを再開させたのだった。