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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第六話 紹介


「悪い、遅くなったか?」


 翌日の朝、この街の東の関所傍にて待っていた『月喰い傭兵団』の四人は、落ち着いた足取りでこちらへとやってくるフードと外套姿の人物を出迎えた。

 相変わらずな怪しい風体だが、その背丈と少女と聞き違えるような高い声は、昨日出会ったクロに相違なかった。


「いや、まだ八の刻には余裕がある。早いぐらいだぜ」

「そうか、良かった」


 グラッツが懐から取り出した時計で確認し否定すると、クロは安堵したように息を吐き出した。


「ちょっと用意に手間取って、間に合わないかと思ったよ」

「ふむ。しかしその様子を見るに、やり残したことと言うのは無事に済ませられたようですね」

「ああ……そうだ、ちょっとこれを見てくれ」


 ベノの問い掛けに頷くと、クロは自分の顔を覆っていたフードを外した。

 昨日はあれほど抵抗を示していたにも拘らず、その迷いのない動作にいぶかしがるのも一瞬、フードの下から出てきたクロの頭に揃いも揃って目を丸くした。


「お、お前さん……その頭はいったい……」

「どうだ? ベリュの実の汁で染めたんだ。似合ってるか?」


 驚きで目をくグラッツとは対照的に、クロは自分の頭を指さして誇らしげに聞いてくる。

 似合っているか? 冗談ではない。


 あれほど美しかったクロの銀髪は黒と茶が入り混じった酷い色合いになっているし、おまけに顔にも汁が付着したのか、頬に黒い染みができたようになっている。


 それでも一般的には美しいと称される容姿に変わりないが、昨日の美貌びぼうを知っているグラッツたちからしてみればとんでもない暴挙であった。


「な、何だってそんな事を……」

「いや、オレの髪が目立つとかいうから染めてみたんだよ。黒色の髪ならどこにでもあるし、オレの名前にぴったりだろう?」

「そういう問題じゃないだろう。大体ベリュの実は衣服の染料に使われる物であって、頭髪に使ったらとんでもないことになるぞ」


 グラッツとてあくまでも聞いたことがあるだけではあるが、なんでも白くなった髪をベリュの実の汁で染めようとした老人の頭皮が、真っ赤にかぶれて髪も全て抜け落ちてしまったとか。そういった話もあって、どれだけ身近にあるからと言ってベリュの実で髪を染めるような阿呆あほうはなかなかいない。


「そのうちお前さん、頭が被れてきて髪が抜けるぞ」

「オレさ、皮膚とか強くて被れたりただれたりってあんまりないんだよ。それに禿げたって別にいいし。髪の本数で強さが決まるわけじゃないだろう? なぁ、ギル」

「お、おう……って、オメェなんで俺にそんなこと聞いた? ていうかオメェ、どこ見てそんなこと聞いたっ?」


 同意を求めるクロに頷きかけたギルデークが、その意味とクロの視線に気付いて憤然ふんぜんと怒り出した。まぁ、気持ちは分かる。


「大体、馴れ馴れしくギルって呼ぶんじゃねぇっ! 俺はまだ、オメェの事を認めたわけじゃねぇんだからなっ!」

「そうなのか? 意外とギルって頑固なんだな」

「――っ! だから馴れ馴れしく呼ぶんじゃねって言ってんだろうがっ!」

「そこまでにしておきなさい、ギル」


 いい加減に我慢の限界を超えたのか、ギルデークがクロに掴みかからんばかりに近寄るも、ベノに止められ歯軋はぎしりをしながら一歩引いた。大の大人でもその迫力に怯んでしまいそうだが、当のクロと言えば涼し気な顔で迫るギルデークを見据えていたのには感心する。

 ベノが止めると分かっていたのだろうか? いいや、きっとギルデークに掴みかかられたとしても対応できる自信があったのだろう。グラッツはその強さの一端いったんを、昨日じかに感じ取っている。


「しかし、もったいないことをしましたね。いずれは生え変わるかもしれませんが、あの銀髪は見事でしたのに」

「それ以上は言いっこなしだよ副団長。オレは黒髪のクロさ。じゃあ、ちょっと早いけど出立しよう」

「おいおい、お前さんが仕切るのかい」


 ベノの惜しいと言わんばかりの視線をさらりと受け流し、なぜか仕切るように言い放ってフードを被り直すクロ。さすがにグラッツも苦笑を浮かべてしまった。


「ふむ、まぁ出立するのは良いでしょう。ただその前に軽く自己紹介だけしておきましょうか?」

「あぁ、そういやまだだったな。俺は昨日も言ったがグラッツだ。んでこいつがサム。団唯一の治癒師をしている」


 グラッツは近くにいたサムの背中を押して、クロの傍へと押しやった。


「さ、サムです。僕は十五なんで、君より少しだけ年上かな」

「まぁ、オレは十二だからな。へぇ、治癒師なんだ? 大陸でも珍しい治癒師が傭兵団に所属してるっていうのはなかなか聞かない話だ……騎士団とかはあまり良い顔しないんじゃないか?」

「は、はは。どうかな? 僕は専門的に勉強したわけじゃないから……」


 クロにずばり問いかけられて、サムは苦し紛れにそう返す。

 クロの言う通り、治癒師としての力を持つ者は絶対数が少なく、才能ある者は半ば強制的に軍や王国に召し抱えられるケースが多い。

 ましてや、一介の傭兵団所属など言語道断であると言わんばかりの国だってある。聖国で名を売っている『月喰い傭兵団』と言えども、治癒師が所属していることをよくつつかれたりもする。


「まぁ、俺たち傭兵団は根無し草だからな。どこかの国に所属しているわけでもねぇーし、ごちゃごちゃ言ってきても無視してるのさ」

「ふーん」


 興味があるのかないのかいまいち判断の付かない相槌を打ってから、クロは険しい顔をしているギルデークにフードの下の視線を向けた。





PVがたくさんっ!

ありがとうございます。

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