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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第五話 やり残したこと


 驚きの声を上げたギルデークは、クロの方を指さし険しい顔でベノへと詰め寄った。


「連れて行く? ふ、副団長、冗談でしょう? 相手は子供ですぜ?」

「子供と言えど、グラッツが認めるに値するだけの力は持っているのでしょう。どのみち、全てを判断するのは団長です。連れて行って、団長に判断してもらいましょう」

「け、けどよぉ……道中で何かあったら……」

「戦場じゃあるまいし、子ども一人守れなくてどうするのですか? そもそも団に入るのであれば、自分の身ぐらい自分で守ってもらわなくては……その覚悟はありますか? クロ」

「もちろん」

「ならいいでしょう」


 あっさり頷いたクロに、これまたあっさりと頷きを返すベノ。ギルデークの表情を見れば納得いかないという色がありありだった。

 別にギルデークは年の若い人間が入団することに嫉妬して怒っているわけではない。彼がクロの事を純粋に心配しているだけなのは、一年程度とは言え付き合いがあるグラッツには分かっていた。


「大丈夫ですよ、ギルさん。彼が怪我した時は僕が治しますから」

「サム……って、オメェだって満足に戦えねぇーじゃねぇかっ! オメェーが怪我したらどうすんだよっ!」


 ギルデークに怒鳴られて、サムは慌ててベノの後ろに隠れた。ただその楽しそうな表情を見れば、本気で怖がっているわけではなくギルデークをからかっているのだろう。たぶん、ギルデークの注意を他に向けるために。


「……はぁ。副団長やグラッツの兄貴が認めたんじゃ俺に勝ち目はねぇ。分かったよ、もう、何も言わねぇ。あ、いや一つ言わせてくれ」

「うん? なんだよ、ギル」

「いえ……おい、クロとか言うの。せめてフードは外して顔を見せろってんでぇ」


 さすがにすんなり同行を認めるのはしゃくだったのか、ギルデークが負け惜しみのようにそう言う。一方言われたクロと言えば、少し戸惑うようにグラッツの方を見た。


「これ、また取らなきゃいけないのか?」

「そうですね、入団許可が下りるかどうかまだわかりませんが、しばらくは一緒に旅をするのです。顔は知っておきたい」

「あ、僕も少し気になります」


 クロが嫌がるようならば取りなそうとしていたグラッツだが、三人ともがこう言ってしまえばさすがに擁護はできない。無理を言って同行を許可してもらったのだ。これくらいは譲るべきである。


「……クロ」

「はぁ、分かったよ」


 グラッツの呼びかけに諦めたように息を吐き、クロは自分の顔を隠していたフードを取り払った。


「……へぇ」

「……ちっ。なんでこいつ、顔を隠してやがんでぇ?」

「……」


 一度は見ているグラッツは何とか反応せずに済んだが、やはりクロの素顔を見た三人は、それぞれ分かりやすく反応した。

 それも面白いことに、三者三様――それぞれ違った反応だ。


「ふむ、見えていた目元から何となく想像はついていましたが、かなりの美形ですね」


 副団長のベノは感心したように呟き、


「くっそ、やっぱり人間ってのはこんくらいの餓鬼がきからでも顔の造形が決まってんだよなぁ。俺なんて二十二で禿げてんのに……」


 ギルデークは悔しそうにぶつぶつと愚痴をこぼしている。


「……」


 一方、一番年の近いサムと言えばまるでクロに見惚れるように黙り込み、一言も発することができない。全く以って面白い反応だ。


「なぁ、もういいか?」


 グラッツも含めて四人に見つめられ、クロは少し照れたようにフードを被り直す。見るのはこれで二度目だったが、クロの素顔が隠れたことによって少しだけグラッツは惜しい気持ちになった。おそらくは、他の三人も同様ではないだろうか。


「いやぁしかし、傭兵になるにはもったいないくらいの美貌びぼうですね。その顔であれば、貴族の令嬢方も放っておかないはずですが」

「……別に興味ない。それより……やっぱりオレの顔って目立つのか?」

「そりゃあ目立つだろう。お前さんのその美貌に加えて、人目を惹くような見事な銀髪。これで目立たないでくれっていう方が、無理な注文だぜ?」

「……そうか」


 自覚のない少年に言い聞かせてやれば、クロは考え込むようにフードの下でうつむいたようだった。

 そして何か思いついたのか、この場で一番発言力のあるベノへと顔を向けた。


「なぁ、出発は明日の朝か?」

「うん? まぁ、そうですが」

「待ち合わせ場所は?」

「おや、どうせならこのまま同じ宿へ行きませんか? 団長が判断するまでは、君は一応、同じ『月喰い傭兵団』所属になるのですから」


 意外にもベノの好意的な提案に、しかしクロは首を横に振った。


「いや、ちょっとやり残したことがあって。ベノの提案は嬉しいけど、別行動させて」

「そうですか。そういうことなら明日の朝、この街の東の関所へ八の刻までに。あと、他の団員の手前があります。私のことは副団長と呼ぶように」

「了解、副団長。じゃあ、また明日の朝にっ!」


 やり残したこととやらを片付けるためか、せわしなく広場から出ていくクロ。そんな彼を見送り、ギルデークが嘆息してから呟いた。


「はぁ。やっぱり、今のうちに出立する――ってわけにはいかねぇですか?」

「諦めなさい、ギル。ただ、私としても彼が明日の八の刻までに待ち合わせ場所へ現れなければ、幾分か気が楽になるとは思いますけどね。ねぇ、グラッツ?」

「いや、俺は心底あいつが団に入ればいいと思ってるぜ、副団長」


 含みがあるようなベノの言葉に、グラッツは真正面から見据えて返す。そんな彼にベノは、ギルデークへ自身が言ったように諦めたような表情を浮かべる。


「まぁ、今回の件はグラッツの顔を立てて折れるとしましょう。問題は団長次第ですし……さぁ、我々も宿へ帰りましょうか?」


 ベノの一言で、引き揚げるために動き出す団員達。その中にあって、未だ陶然とうぜんとしたように呆けているサムの姿を見つけ、グラッツは軽く小突いたのであった。



 

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