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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第五十四話 月を喰らうその日まで



 その後、報せを受けて駆け付けてきたディルテード伯爵が砦へ到着する頃には、ほとんど事態は収束していた。


 散乱した子爵の兵士たちの死体は砦から運び出され、すでに遠くの方で埋められていた。ロヴィーム子爵が一騎打ちの形で討たれ、多くの者が降伏したため、それほど死体が出なかったからこその迅速な処理だった。

 そして降伏した者たちと言えば武装は解除されたうえ、上半身がきつく縛られ全員が一つの縄で繋がれている。これでは逃げ出そうにも逃げ出せず、身動きすら満足に取れないだろう。


「……バルム殿、これは一体……」


 忙しなく砦内を動き回る傭兵たちの中からバルムを見つけたディルテードは、驚きながらも問いかけた。


「ああ、ディルテード伯爵。事情を聴かれましても……まぁ、見てもらった通りです。無事に砦は取り戻し、一件落着と言うわけですよ」


 両腕を広げておどけるように笑みを見せたバルムに、ディルテードは真顔で眉をひそめた。


揶揄からかうのはやめていただこう。一体どのようにして、難攻不落とも言うべきこの砦をわずかな数で――それもこんな短時間で落としたのだね? 魔法でも使ったとしか思えん……」

「これは失礼。しかし魔法……そう言えなくもないですね。まさに、この砦を落とせたのは魔法の仕業としか思えない」

「なにっ! 本当に魔法を?」


 神妙な顔で頷いたバルムに、ありえないと理解しつつもディルテードは驚くのを止められなかった。

 魔法と言えばもはや使用できる者がいないとまで言われる古代の秘術だ。当然、そんなものを使える存在などこの場所にいるはずもない。しかしこの砦をこれほどまで素早く落とすには、それくらいしか方法は思いつかないのだ。戦術などの問題ではない。


「ふっ――」


 そのように驚きを露にしたディルテードに対し、バルムは堪え切れなかったように噴き出した。固いところのあるディルテードがこのような反応を示したことに対し、耐え切れなくなったに違いない。


「バルム殿っ。先ほどから失礼だぞっ!」

「いや、本当に申し訳ありません。どうもこの砦を落とせたことが、我ながら信じられなくて……少し気分が高揚しているようです」

「……まぁ、分からなくもないが……」


 バルムの言わんとすることは、歴戦の将であるディルテードにも理解はできる。

 勝利が困難と思われる戦闘で相手を打ち負かせたときは、武人であれば誰でも気持ちは昂るものである。だからこそ油断も大きくなり、思わぬ不覚をとったりもするのだが――しかし実際には勝利して冷静にいられることはほとんどないのだ。

 とはいえ、それが上官に不躾な態度をとってよいことの理由になりはしないが。

 

「では、お詫びと言ってはなんですが、この砦を落とすのに活躍した、我が団の魔法使いを紹介いたしましょう」

「バルム殿、いい加減にしたまえ。貴殿の団に所属するヌウロ殿のことであればすでに知っている。だが彼は、魔法使いではなく魔術師だったはずだ」

「ええ。ですから、紹介するのは魔術師ではなく魔法使い――正確には、砦を落とす魔法を使った者です」

「なに?」


 眉を顰めるディルテードを意に介さず、バルムは周囲を見渡してから目当ての人物を見つけると、大きな声で呼びかけた。


「あ、おーい、クロ。ちょっと来てくれ」

「うん? なに?」


 バルムに呼ばれたクロは、傭兵たちの間を縫って小走りで駆け寄ってくる。そしてバルムとディルテードを見比べてから、バルムの方へ首を傾げた。


「どうかしたか、団長」

「いや、ディルテード伯爵がどうやって砦を落としたか聞きたいらしくてな。どうやったのかを教えてやってくれ」

「へぇ?」


 バルムの言葉を受け、クロが面白そうな顔でディルテードを見上げた。当然、話の見えないディルテードは面白くない。


「なんのつもりかね? その少年は、軍議の際に頓珍漢なことを言って場を乱していたように記憶しているが? よもや、この少年が例の奇天烈な作戦を遂行したとでも言うのかね?」

「ええ、その通りです。はい」

「はっはっはっ! 馬鹿も休み休み――本当なのかね?」


 不躾な態度を取られた意趣返しとして高笑いをしたディルテードだったが、思いのほかバルムが真剣な眼を向けてくるために途中で笑みを引っ込めた。

 しばらく半信半疑と言った様子でバルムと見つめ合う形になっていたディルテードは、視線をクロへと移し――そしてやはり首を横に振った。


「いや、騙されんぞ。さすがにそれはあるまい。言いたまえ、バルム殿。一体如何にして、この砦を落としたんだね?」

「ですから、ここにいるクロに聞いてください。俺たちが伯爵の馬を借りてここまで辿り着いた時には、すでに一番厄介な一ノ門が無効化されていたんですから」

「まだ言うか……では少年。一体どのような手を使ったんだね? うん?」


 明らかに信じてはいない視線をクロに向けるディルテードに、クロは右手で自分の左手を飛び越える動作をして見せる。


「こうやって塀を飛び越えて、内側から門扉と滑車を繋ぐ鎖を剣で切断したんだ」

「……ほう。暗闇の中、良くできたものだ」


 わざとらしく目を見開いて驚いて見せたディルテード。そんな彼に、クロは真面目な顔で頷いた。


「ああ。オレは目が良いんだ」

「はっはっはっ! そうか、そうかっ! ふぅ――話にならんな。バルム殿、貴殿はあくまでもこの少年が一ノ門を無効化し、砦の陥落に貢献したと言うのだな?」

「ええ」

「よろしい。さすがは『月喰い傭兵団』だ。立場上は上官である私にも奥の手は見せない。つまり、そういうことだな? 貴殿が砦を攻略した方法を隠しておきたいのであれば、これ以上は聞かん。砦を奪われた間抜けは私で、その砦を奪い返してくれたのは貴殿らだ。詮索するなというのであれば、やめておこう」


 バルムとクロとのやりとりから、ディルテードは『月喰い傭兵団』には聖国には黙っている奥の手があり、そしてそれが難攻不落と名高い砦を落とすのに一役買ったのだと判断した。

 それを見てくれが良いだけの少年が成し得たなどと言い張り、上官であるディルテードすらも煙に巻く――おそらくはその奥の手の存在を聖国に匂わせることで、聖国での立場を優位に進めようとするバルムの処世術、あるいは策謀なのだと理解した。

 

「これはあくまでも善意からの助言だが、報告書に纏める際はもう少しまともな戦術をでっち上げるべきだ。聖国の上層部に痛くもない腹を探られたくなければ、な」


 これ以上は有意義な話を聞けまいとディルテードは踵を返し、ついでとばかりにバルムへ伝えておく。

 バルムはそれに対し何かを言いかけたが、結局は黙って頷き会釈をしてディルテードを見送ったのだった。





「――つまり、こういうことだ。クロ」

 

 去って行ったディルテードが見えなくなってから、クロの隣に立っていたバルムが何でもなさそうな声で言った。


「なにが?」

 

 もちろん、そんな脈絡のない言葉の意味など理解できるはずもなく、クロは素直に彼を見上げながら尋ねる。


「お前の為したことは、実際に目の当たりにしなければ信じられない。比較的物分かりが良いであろうディルテード伯爵でさえ、実際に眼にしなければ、お前が一ノ門を開門したことなど信じてくれないんだ」

「ああ、そうみたいだ……それが?」

「いや。過ぎた力って言うのは、時にその存在すら認められない……報われない話だと思ってな」

「……団長、なに言ってるかさっぱりだ」


 クロの方を見ることもなく、どこか遠くへ眼を向けしみじみと呟くバルム。彼が何を想ってそんなことを言っているのか理解できず、クロは眉を顰めた。


「ふぅ……あのさ、クロ。お前はこれからその常人離れした力で、何度も傭兵団を助けてくれるだろう。いつだって大活躍してくれるだろう。けれど、そのあまりにも大きすぎる貢献は、場合によっては今回のようになかったものにされるかもしれない。誰かが、あるいは俺がお前の手柄を横取りすることになるかもしれない――それをお前は、許してくれるかい?」

「……ふっ」


 一息吐くと、横目でこちらに問いかけてくるバルム。彼を青の澄んだ瞳で見返して、クロは小さな笑みを浮かべた。


「団長、オレは一介の団員――それも新入りだ。過度の期待は困るよ。凄腕揃いの傭兵たちに囲まれてオレが活躍できるわけもないし、もちろん一番活躍するのはいつだって団長であるあんたのはずだ――そうだろう?」

「クロ……」


 茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せたクロの言葉の裏にあるものを読み取ったのか、バルムは何とも言えない表情を浮かべた。

 そして一度大きく肩を竦めると、クロの頭の上に掌を置いて乱雑に掻き混ぜてくる。


「うおっ! なにするんだよ、団長っ!」

「うるさいっ! ったく、本当に可愛くない坊主だな、お前は。まぁ、そう言うならとことん扱き使ってやるから、覚悟しとけよ?」

「ああ、わかった。わかったからやめてくれよ、もう……」

 

 クロはバルムの手から何とか逃れると、髪を整えながら吹っ切れたような顔つきのバルムを見上げる。バルムの瞳には、とても強い意志が宿って見えた。

 だからクロは髪を触られたことによる憮然とした表情を引っ込めて、自分が所属する団長へと改めて手を伸ばして笑いかけた。


「じゃあ、今後ともよろしくってことで。とりあえず、面白そうだし団長にしばらく付き合うことにするよ」

「ああ、頼む……って、しばらくかい。お前のしばらくっていつまでなんだ? いつまで付き合ってくれるんだよ?」


 一度肩眉を跳ね上げてから、手を伸ばされたバルムが面白そうにクロの掌を握る。そしてクロの言葉に笑いを含んだ声で問いかけてきたので、クロは眼を爛々(らんらん)と光らせ獰猛に笑った。


「――もちろん、あんたが月を喰らうまでさ」








いつもお読み下さりありがとうございます。

今話で第一章は終了です。


本当はもう少し混ぜ返したかったのですが、これ以上長くするのはさすがに……というわけでお終いです。


そろそろ別の作品(最強剣士のRe:スタート)の方を進めたいと思いますので、第二章の投稿時期は未定です。

ただ、近いうちに主人公の父視点での幕間を投稿したいと思いますので、興味のある方は引き続きよろしくお願いいたします。


17万字以上の長い第一章となりましたが、お付き合いいただきありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] お父さん視点を読みたいです。
[一言] こっちは更新されないかな。
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