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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第五十三話 一騎打ち


 子爵の兵のほとんどが大人しく武器を捨てて降伏し、いよいよ『月喰い傭兵団』は砦の奥へと踏み込んでいく。


「おい、子爵はどこだ?」

「あ、し、子爵は大広間に……」


 降伏した兵の一人を脅しつけて居場所を吐かせると、バルムは二十名ほどの傭兵たちとまっすぐにそこを目指す。そして警戒しつつも威勢よく飛び込んだ。


「……来たか。貴族を気取る下賤の民が」

「ロヴィーム子爵……」


 大広間には兵士の言った通り、苦虫を嚙み潰したような表情の子爵の姿があった。背後には百人ほどの兵士がすぐに飛び出せるように配置され、ロヴィームを守るように武器を構えている。


「解せんな。ディルテード伯爵の兵はどうした、傭兵?」

「……置いてきた。さすがにお前らの相手をするには過剰戦力だ」

「――ふん、相変わらず気に食わん男だ」


 侮るようなロヴィームの言葉に、バルムが一歩踏み出して答えた。それに対し一瞬眉根を寄せるも、ロヴィームは肩をすくめて首を振った。


「思えば貴様らの存在を知った時から気に食わんかった。余所者のくせにベレエム聖国でデカい面をし、下賤の民の分際で爵位を与えられるなど――虫唾が走る。貴様らにも貴様らを重用する聖国にも虫唾が走るわっ!」

「……だから裏切ったのか? 帝国と手を組み、砦を乗っ取り――それでお前は帝国でデカい顔をして爵位を与えられるつもりか? お前に俺たちを非難する権利はないな」

「黙れっ! 元より貴様らさえいなければこんなことには……」


 せせら笑うように挑発して見せたバルムに対し、ロヴィームは怒りを隠し切れなかったのか怒鳴りつけてくる。当然そんなものに怯むバルムではなかったが、そんなバルムを庇うようにクロが一歩前に出た。


「クロ?」

「ロヴィーム子爵。聞きたいことがあるんだ」

「――なんだこの餓鬼は? はっ! 可愛らしいが貴様らの愛妾か? 随分といいご身分だな、傭兵」 

「副団長やグラッツたちが護衛依頼でスラディア王国に向かうことを密告し、ギレンレダ伯爵領の山中に帝国兵を潜ませたのは子爵でしょ?」

「……」 


 姿を見せたクロを揶揄やゆするようにバルムへ嘲笑を浮かべたロヴィームは、クロの確認をとるような問い掛けに一瞬で真顔となった。


「ふん……あの待ち伏せで、『剛腕』と治癒師、それにそこの優男を始末できれば私も随分と楽になったものを……」

「ああ、やはり貴方の差し金でしたか。貴方が帝国と繋がっていると聞いて半ば確信していましたよ。たしかに国境近くに領地を持っており、情報を手に入れることができる立場の貴方であれば我々のことを帝国に流すことは可能だ。まったく、とことんクズですね」

「黙れっ! クズは貴様らだっ!」


 忌々しそうに呟いたロヴィームに、優男呼ばわりされたベノが冷やかな眼を向けた。その眼に対し敵愾心剥き出しとなって剣を抜いたロヴィーム。

 応じるように傭兵たちも素早く剣を構え臨戦態勢となる。


「――ふん、まぁ待て。いくら貴様らと言えど、その少数では百を超える我らには勝てまい」

「試して見るか?」

「いや、その必要はない」

 

 侮るように鼻を鳴らされ、バルムが不敵な笑みを浮かべて返す。すると落ち着きを取り戻したのか、ロヴィームは意外にもゆっくりと首を横に振った。


「一騎打ちをしよう。団長である貴様と私、二人だけで決着をつけるのだ。私が勝てば、貴様らは大人しく撤退しろ。だが貴様が勝った時は、私の兵は素直に降伏する――無勢のそちらにはいい条件だと思うが?」

「……一騎打ちか」

「団長、間違いなく罠です。乗る必要はないかと」


 その提案を受けて興味深そうな顔をしたバルムに、ベノがロヴィームから目を離さず注意を促してくる。

 ベノだけではない。

 傭兵の多くが、案じるような顔でバルムを窺っている。

 そしてそれが分からないわけではないのだろうが、バルムはロヴィームに向けて首肯した。


「いいだろう。その一騎打ち、受けよう」

「何言ってんだよ、団長っ!」

 

 グラッツが慌てたように声を荒げたが、バルムはそちらに一瞥もくれない。黙ってロヴィームに向けて近づいていく。


「ふん、その度胸は認めてやろう。貴様ら、少し下がっていろっ! 貴様も兵を下がらせろ」


 ロヴィームは背後の兵たちに声を掛けると、バルムにも傭兵たちを下がらせるように言う。


「お前ら、下がってくれ」

「団長っ! 構うことはねぇ、全員で戦おうぜ」

「グラッツの言う通りです。なにもこの程度の数、譲歩してやることはないんです」


 素直に下がったロヴィームの兵とは打って変わって、傭兵たちはなかなか下がろうとしない。そんな彼らに、バルムは小さな笑みを浮かべて再度促した。


「いいから下がっていろよ。ロヴィームは裏切り者だが、剣の腕は相当なものだと聞いている。戦わせてくれ」

「いや、だからこそ止めてんだが……参った。俺たちの団長は、とんだ戦闘狂だぜ――団長、勝てよ?」

「誰に向かって言っている? お前たちの団長、バルム様だぞ? 言われなくとも、俺は勝つさ」


 バルムの眼を見て一切の翻意を諦めた傭兵たちは、素直に応じて距離を取った。ただし何があってもすぐに動けるよう、武器は抜いたままロヴィームの背後の兵に目を光らせている。


「……なるほど」

「うん? どうした、クロ?」


 剣を抜いて向かい合ったバルムとロヴィームを見やりながら、クロが納得したように頷く。その声が聞こえたグラッツが首を傾げれば、クロはにらみ合う二人の傍の床を指さした。


「あの床の部分だけ中が空洞になってる。微かに音がするから、多分中に誰かいるよ」

「なにっ! じゃああそこから不意打ちされるんじゃ――なんでそれを早く言わねぇっ! 早く団長に――」

「落ち着きなよ、グラッツ。団長、気付いてるよ」

「え?」

「団長、子爵に近づくときにあの床をさり気なく迂回したんだ。たぶん、下から剣を突き出されるのを避けたんだと思う」

「そ、そうか……」


 慌てて二人の元に駆け付けようとしたグラッツはクロに制止され、訳を聞いてほっとしたように頷いた。だがすぐに、納得いかないとばかりに首を傾げる。


「けど、じゃあなんで団長は一騎打ちを受けたんだ? 罠だって気付いているだろうに……」

「想像だけど、腹が立っているんじゃないかな?」

「なに?」

「たぶん、気に食わない相手ならオレもおんなじことすると思う。相手のしたり顔を凍り付かせてぎゃふんと言わせる――団長の気持ち、何となく分かるなぁ」

「そいつは……趣味が悪いぜ」


 腕を組んでグラッツが呆れた顔で首を横に振ると同時に、睨み合っていたバルムとロヴィームに動きがあった。


 まずはバルムが動いて一気にロヴィームとの距離を詰めにかかったのだ。

 そして勢いよく振り下ろされた刃に、辛うじてロヴィームが反応して剣で受け止める。話に聞いた通り、たしかに剣の腕は並み以上にはあるようだ。そうでなくてはこの一振りで勝負はついていただろう。 とはいえ、相手がどうにも悪い。

 剣の腕が並外れて優れているバルムの一撃は一つ一つが重く、ロヴィームは防戦一方を余儀なくされている。それも一振りごとにロヴィームの顔色が悪くなっている辺り、紙一重の防御も長くは続かないだろう。


「く、そっ! たかが傭兵がっ! 下賤の民がっ! 貴様ごときに私が――」


 バルムの鋭い横薙ぎの一閃を、左腕を微かに斬られながら強引にかわして距離を取ったロヴィームは、息も絶え絶えにじりじりと後ろに下がる。


「終わりだ、ロヴィーム。貴様の最期だ」


 そんなロヴィームを見やりながら、バルムもじりじりと距離を詰めていく。そしてある程度まで近づくや否や、駆け出し再び一気に距離を詰めた。


「――今だっ!」


 距離を詰めるバルムに対し、ロヴィームが大声で叫んだ。

 その瞬間、バルムの駆け抜けた場所の側面の床が開き、剣を手にした兵士が姿を見せる。そして背中を晒したバルムに、有無を言わさず斬り掛かった。


「死ねぇっ! 傭兵っ!」

「――残念だったな」


 背後からの一撃は――しかし読んでいたであろうバルムが後ろ手に回した剣であっさりと止められていた。さらに言えば、振り向きざまに振るった剣が、不意打ちを仕掛けた兵士の首をあっさりと斬り飛ばす。


「あぁぁぁっ!」


 そして兵士の首から血が噴き出す中、ロヴィームは自身へと背中を向けたバルムへと一気に迫り――だがやはり、その攻撃が届くことはない。

 突き出した剣は避けられ、逆にバルムが繰り出した刺突がロヴィームの胸に深々と突き刺さっていた。


「が、はっ……馬鹿、な。よ、傭兵……」


 自分の身体を貫くバルムの剣を驚くように見つめ、ロヴィームは膝から崩れ落ちた。口元からは血が零れ、徐々に生気を失いつつある瞳でバルムの方を見上げている。


「う、ぅ……私は、間違っていない……貴様に――聖国に災いあれ――」


 バルムの剣を両の掌で血が出るのも構わず握りしめ、ロヴィームの頭がガクッと下がる。それが聖国を裏切った、ロヴィーム子爵のあっけない最期であった。

 


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