第五十二話 蹂躙
夜の闇に蹄の音を轟かせ、月をも喰らわんとばかりに威勢よく傭兵たちの騎馬が駆け抜けていく。
元々砦に迫っていたこともあり、クロと合流して大した時間もかけずに彼らは薄ぼんやりと浮かび上がる城壁を見つけることができた。
そしてその城壁の周囲には、警戒するように無数の蝋燭の火が揺らめいている。
「……しまったな。弓矢を持ってきていればここから狙い撃てたのに」
馬上で手綱を握るバルムが、クロの手に腰を掴まれた状態で呟いた。
たしかにバルムの言う通り、城壁付近で灯りを手に持つ砦の兵はいい的だ。彼らの姿は見えずとも、火を狙っておけばほとんど外れることはないだろう。惜しむらくは、射かけるべき矢がこの場にはないことである。
「ええーいっ! ままよっ! お前ら、あの灯りを目掛けて突進しろっ! 間違っても仲間を斬るような間抜けはいないだろうなっ?」
「おおっ!」
バルムの発破を受け、傭兵たちは間近に迫った城壁に怯むことなく馬を走らせる。
「て、敵だっ! 攻めてきたぞっ!」
「き、奇襲だっ!」
傭兵たちがある程度まで近づいた段階で、砦の兵たちも蹄の音には気付いていたはずだ。にもかかわらずここまで接近を許し一塊になって動けなかったのは、おそらくはいもしないクロの幻影に悩まされていたのだろう。
その場から離れた途端、暗闇から浮かび上がるように現れる白刃を怖れるあまり、迫ってくる戦闘の気配に準備できなかったのだ。
「へっ! 今さら騒いだっておせぇーぜっ!」
先頭を走っていたバルムの馬を一気に追い抜かすと、大槌を振り上げたヴルドの騎乗する馬が子爵の兵へと迫る。
そしてすれ違いざまに兵士の頭に大槌を振るった。
「ぐへぇあっ」
耳障りな音を生み出しながら、まともに喰らった兵士の頭蓋が陥没――どころか爆発するように破裂し、周囲に脳漿を飛び散らかす。
「派手ですねぇ……ふっ」
そんな風に派手に命を散らして見せるヴルドを他所に、バルムの近くにいたベノは優雅な動きで片手に持った剣を一閃。それだけで正確に相手の命を刈り取っていく。
もちろん、グラッツや団長であるバルム――いいや、それどころかほとんどの者だって負けてはいない。剣を振るえば振るうだけ、相手の戦力は確実に減少していくのだ。
「……やっぱり、『月喰らい傭兵団』ってすごいね。みんな、一騎当千の猛者って感じ」
「いや、お前に言われても皮肉としか感じられないんだが……本当に、一ノ門が開けられている……」
心からの称賛を送ったクロに対し、クロの前にて片手で手綱を握るバルムはげんなりとした声を出す。その表情と雰囲気から察するに、現実味がなさ過ぎてどう反応すればいいか分からないようだ。悩まし気に剣を持つ手の甲を額に当てる。
だが、それも一瞬。
「……まぁいい。よしっ! 塀の外の敵は粗方片付いたっ! 門の傍に十名を残して俺に続けっ! 砦に踏み込むぞっ! 残った十名は背後への備えだっ! 挟撃なんて真似、させるなよっ?」
「おおっ!」
すぐに鋭い檄を飛ばし、即座に有言を実行に移し一ノ門を通り抜ける。一ノ門の内側はクロが先ほど騒いだためか篝火が焚かれており、門の外側よりもお互いの姿が見えやすくなっていた。
「来たぞっ! 伯爵の兵だっ!」
「まさか今夜中に来るとは……気でも違ったかっ?」
「構わんっ! 放てっ!」
傭兵たちが一ノ門の内側へ踏み込んだ途端、二ノ門の塀上部に設置された狭間から一斉に矢が放たれる。
おそらく砦内部にいた者たちが蹄の音を聞きつけ準備をしていたのだろう。十数名からなる効果的な斉射だった。
「――ふん、舐められたものだ」
しかしその不意打ちが効果を発揮するのは、踏み込んできた相手が雑兵であればこそだ。子爵の兵士たちにとって誤算だったのは、襲撃を駆けてきたのがディルテード伯爵の兵ではなく月喰らいの傭兵たちであったことだ。
「おっと!」
「ちっ! あぶねぇなっ!」
一斉に射かけられた不意打ちの矢を、傭兵たちは毒づきながらも所持していた武器であっさりと弾き返す。矢傷を負う者など一人もいない。
「ば、馬鹿な……」
「嘘、だろう?」
呆気にとられる子爵の兵を他所に、傭兵の内の一人が二ノ門の門扉へと馬を走らせる――ヴルドだ。
「へっ、二ノ門の扉はただの加工された木材でできてやがるのか。歯ごたえがねぇーな」
ヴルドは馬からズシリと重たい音を立てて飛び降りると、門扉の作りを確認する。そして一ノ門とは違い両開きになる木製の扉であることを見極めると、大槌を頭上でぶんぶんと振り回す。
「そおぉらあぁっ!!」
そして遠心力を十分に効かせたその大槌を渾身の力を込めて門扉へと叩きつければ、轟くような衝突音を響かせただの一撃で亀裂が入った。
「ま、まずいっ! あのデカブツを止めろっ!」
「二ノ門を死守しろっ!」
一ノ門が落ちた今、要である二ノ門を守ろうと子爵の兵がヴルドへ殺到する。だが当然ではあるが、それを見逃す傭兵たちではなかった。
「お前らの相手は――」
「――俺たちだぜっ!」
立ちはだかった傭兵たち一人一人が、類い稀なる戦闘力を有していた。
貴族の私兵としてそれなりに戦いの力を磨いてきた兵士たちが、為す術もなく圧倒されてしまう。ほとんど一合と打ち合うこともできず、ただの一振りで屍へと変えられていくのだ。
「や、やばいっ! こいつら単なる兵じゃないっ! 月喰らいだぞっ! 傭兵たちだっ!」
「なにっ? 通りで……砦から増援を呼んで来いっ! 酒飲んで寝ている奴も叩き起こせっ!」
子爵の兵たちがようやく敵兵の正体を悟った時には、ヴルドが二ノ門の扉を大槌で叩き壊してしまっていた。そこから一気に傭兵たちが馬から飛び降り雪崩れ込んでいく。
まさかこれほど短時間で堅牢とされる砦の城門が突破されるとは思ってもみなかったのだろう。砦にいた子爵の兵たちは蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
「た、助けてくれっ!」
「こ、降参だっ! 降伏するっ! 命だけは……」
「だから俺は聖国を裏切るなんて嫌だったんだっ!」
威勢よく侵入してきた傭兵たちを見て、我を忘れて逃げ回る者。剣を投げ出し投降する者。やぶれかぶれに喚きながら突撃してくる者。様々な反応に出迎えられた。
傭兵たちはそれらに対し、バルムの指示を受けて抵抗する者は殺し、降伏する意思を示した者は剣を奪い一旦放置することにした。
「聞けっ! 剣を捨て投降するのであれば兵士らの命はとらんっ! だが、あと十数えるうちに剣を捨てぬ者は抵抗の意思ありとみなす。いいなっ!」
砦内の大広間にて、傭兵たちを迎え撃たんと集まった子爵の兵たちにバルムが大音声で告げる。そしてそれに対し居並ぶ傭兵たちも鋭い目つきで兵士たちをねめつけ凄んでみせた。
総数が五十程しかいないはずの『月喰らい傭兵団』ではあるが、威圧感では二百を超える兵力の子爵側を明らかに上回っている。
気圧された兵士たちの多くが、慌てたように剣を投げ捨て跪き命乞いをし始めた。
「ば、馬鹿っ! 戦えっ! 相手はたかが傭兵で――数も俺たちの半分もいないじゃないかっ! こ、こんな奴ら――」
「……六……五……四……三――」
「――っ! あ、う……」
みっともなく命乞いをする仲間たちを罵倒した位の高そうな兵士の一人。たが、カウントダウンを淡々と行うバルムを見やり、顔に怯えを宿して冷や汗を額に浮かび上がらせる。
そして結局は剣を捨てると、
「わ、分かった。こ、降参する。許してくれ……」
他の兵士たちと同じように跪き、許しを請うのであった。




