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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第四話 賛成と反対と


「正気ですか?」


 フード姿の少年、クロを仲間に加えたいと言ったグラッツに、案の定ベノは難色を示した。彼だけではなく、他の仲間たちも半信半疑と言った顔つきだ。


「らしくないですね、グラッツ。実力主義者である君が、そんな年端もいかない少年を仲間に加えようなどと」


 傭兵団の副団長であるベノは両方の腰に剣を一振りずつ携え、傭兵にしては理知的な顔つきのスラリとした長身だった。彼が正装に身を包んでいる姿を見たことはないが、そう言った格好をしていればまず傭兵には見られないだろう。むしろその甘いマスクと相まって、どこぞのお貴族様にしか見えないはずだ。

 そしてそんなベノは見た目同様に、傭兵にしては理性的な口調でグラッツの提案に反対した。


「グラッツ。現在の我々が欲しているのは即戦力です。これからすぐに忌々しい帝国との小競り合いに戻らなくてはいけません。とてもではありませんが、素質があるからと言って子どもを一から育てている余裕はないのです」

「副団長の言う通りでさぁ、グラッツの兄貴」


 ベノの言葉に、隣にいた禿頭とくとうの若い男が追従ついしょうするように頷いた。一年前に加入し、傭兵団ではまだ新参と言えるギルデークだ。

 腰元には片手剣と背中に小さな盾を担いでいる。

 団では下っ端が任せられる主に炊事等の雑用を、例のように担当していた。ただ、傭兵団でもかなりの実力はある方なので、彼は早々にその雑務から抜け出せるだろうが。


「兄貴の事だから何か考えがあるんだろうが、見た感じサムよりも歳が若そうだ。とても俺たちの足についてこられそうには見えねぇ……」

「歳か……そういや坊主、お前さんいくつだ?」


 ギルデークの言葉に、クロと言う少年の歳を聞いていなかったことを思い出して問いかける。そのグラッツの方を何か言いたげにベノが見たが、


「今年で十二」


 クロの言葉に呆れたように首を振った。


「十二っ! おい、サムっ! お前が団に入団したのはいくつでぇ?」


 大袈裟に驚いて見せたギルデークが、無関心を装いながら横目でクロを見ていたサムに問いかける。

 まだ十五歳と団の中では圧倒的に若い治癒師のサムは、少し考えるように首を傾げた。


「うーん、十三の頃ですね。今から二年前なので……まぁ、僕の場合は少々事情が異なりますけど」

「話に聞く限りそりゃそうだ。おいおいグラッツの兄貴、やっぱり無茶でさぁ。俺たちが認めたって、第一、団長が許してくれねぇーよ」

「……団長には俺から掛け合う。俺はもう、この坊主に合格を与えちまったんだ。今さら取り消せるかよ」


 思った以上に強い反対を受け、グラッツもそう言い返すのがやっとだ。たしかに本来であれば、自分だってこんな幼い少年を切った張ったが常である傭兵団に誘ったりしない。それどころか誘おうとする者がいれば軽蔑してしまうかもしれない。


 だがグラッツは、この少年に関しては譲る気はなかった。


「副団長たちが留守にする間、受験者の入団の可否は俺に一任すると言ったはずだ。今さら取り消すなんて、それこそ副団長らしくねぇーぜ」

「それは受験者なんて一人も来ないと思っていたからで……そもそもそんな子どもを君が合格させるなんて思わなかったからです」


 ベノはグラッツから視線を外し、クロの方へと冷たい眼差しを向ける。


「名前は?」

「クロ」

「そう、クロ。君は身寄りがいないのですか? 生きている親族や家族は?」

「血の繋がっている人間はいるけれど、オレにはもう、家族はいない」

「……どういうことです? 捨てられたと言う事ですか?」

「ああ。だからこっちからも捨ててやった。オレは全て捨ててここに来たんだ。この生まれ育った街だって、捨てるためにあんたたちについていきたいんだ」

「……」

 

 フードの下から覗く目に見上げられたのか、常に冷静沈着で知られるベノが少しだけ片方の眉を動かす。

 あまりに小さな変化で見落としやすいが、グラッツは辛うじて気付くことができた。それはきっと、ベノが一瞬だけ気圧された証である。


「ふっ、なるほど。グラッツが推薦するだけあると言う事ですか……クっ、クク」


 クロの返答にベノは何かを思い出すように苦笑し、少しだけ視線を緩める。十歳以上年の離れた少年に生意気な口をかれ、なぜ笑ったのかがグラッツに分からなかった。しかしきっと、副団長の気に入るなにかがあったのだろう。


「さて、もう日が暮れてしまいますし、こんな問答をいつまでも続けていても仕方ないでしょう。ギル、君はこのクロと言う少年の入団をどう思いますか?」

「もちろん、反対ですぜ。俺たちの足手纏あしでまといになるだけならまだしも、あまりにも危険すぎる。もう少し体を大きくして、一端いっぱしのモノになってからがいいんじゃねぇかと」

「ふむ、サムは?」

「……僕は連れて行ってもいいと思います」

「サムっ?」


 意外なサムの言葉に、反対意見を表明したギルデークが驚いたように声を上げる。そんなギルデークにサムは「すみません」と頭を下げ、それでも意見を撤回しない。


「この少年が団でやっていく力がなければ、拠点に戻る道中で僕たちについていけなくなって挫折するはずです。その時は容赦なく、「入団する資格なし」と断じればいい。仮に彼が拠点までついてこられるのであれば、一応その程度の実力はあると言う事になるんじゃないでしょうか。帰りは険しい山道を通って行きますから」


「……なるほど」


 サムの意見を黙って聞いていたベノは、ゆっくりと顔を上げて仲間の傭兵たちを見渡した。


「グラッツはもちろん賛成でしょうから聞きません。つまり賛成が二人に反対が一人――中立が一人なので……連れて行きましょうか」

「はぁっ?」


 そして呆気なく言い放った言葉に、再びギルデークが驚きの声を上げるのだった。



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