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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第四十八話 軍議


 傭兵団側から団長であるバルムとベノ、そして伯爵側から司令官であるディルテード伯爵と副官のギレロがそれぞれ集まり民家にて作戦会議を開いていた。その中には無理を言って参加することとなったクロの姿もある。


「それで? 貴殿らはどのような策を用いるべきだと考える? どのような作戦であれば、あの堅守堅牢とも言うべき砦を落とせると思うかね?」


 顎をさすりながら最初に切り出したのは、当然ではあるがディルテード伯爵だった。油断のない目つきでバルムとベノの方を見やり、自身も脳内では必死に考えを働かせているようだ。


「……まず、思いつくのは素直に聖都へ援軍を要請することですね。遣いを出し、聖都から数千――場合によって万の軍を派遣してもらうべきではないでしょうか?」

「数千? 万? 馬鹿を言え。一体なぜ、そんな大規模な派兵の要請など……」


 人差し指をピンと天に向けて提案したベノに、ディルテード伯爵の隣にいたギレロが小馬鹿にするように呆れ声を出した。


「たしかに国境の砦は堅牢だが、籠っているのはたかだか二百五十程度だぞ? 聖国が派兵に応じるものか。だいいち、五百程の応援があれば事足りるだろう」

「ええ。砦を取り返すだけであればそれでもいいしょう。しかし――」

「――つまり、ベノ殿は帝国の本格的な侵攻を警戒しているのか?」


 ベノの言わんとすることが分かったのか、得意気な顔をするギレロとは裏腹にディルテード伯爵は思案気な顔をする。そして深刻そうに目を細めると視線を落とし、こめかみのあたりを親指で少々強めに押し始めた。


「……なるほど。帝国が聖国を何年もの間攻めあぐねていたのは、帝国側の国境地帯にある砂漠と堅牢な砦に阻まれてこそだ。奴らが砦を抑えてしまった今、逆に帝国に拠点ができたようなもの。砦を足掛かりに、帝国は近いうち必ず本格的に聖国に進軍してくると読んだわけだ?」

「ええ。もちろん厳しい砂漠を隔てているため、帝国とて一気に軍隊を送り込むことは困難でしょう。しかし国境の砦への派兵を繰り返すことで、帝国兵は近いうちに聖都を脅かす数になるかと。そうなる前に、早めに潰す必要があります」


 淡々と説明するベノに、バルムとディルテードが同意するように大きく首肯した。やや遅れて訝し気な顔つきでギレロも控えめに頷いた。あまり状況が呑み込めていないようだ。


「早めに砦を取り返し、現在今まさに向かってきている可能性もある帝国の兵を迎撃しなければならない。それを考えれば、数千の派兵要請も理解はできる。だが、実際は難しいだろうな」

「なんで?」


 ベノの言葉に納得した素振りを見せつつ、しかしディルテードはやんわりと首を横に振った。その姿に疑問を覚えたのか、今まで話を聞いていただけのクロが首を傾げる。


「……ここから聖都の距離は遠い。遣いを出して援軍を要請し、そして編成され実際にこの国境まで来るのにどれだけかかるか……奴らの狙いが砦をベレエム聖国攻略の糸口にするつもりならば、聖都から人員が送られる前に守備を固めてしまうだろう。そうなると、砦を落とすのが困難になる」

「たしかにその通りですな。こちらが増員をしている間に向こうも増員し、結局は泥沼化してしまいそうだ。その前になんとか手を打つべきですね」


 クロの方へ目を向けることはなかったが、それでもディルテードは説明らしきものをしてくれた。そしてそれにバルムも頷きを返す。


「それを考えると兵糧攻めもあまり効果は無さそうだ。砦の食料が尽きる前に、おそらく帝国からの増援と物資が届くはず……そうなると四百程度では勝ち目はなくなる」

「つまり私たちは、帝国兵の支援が砂漠を越えてくるまでに砦を何とか取り返しておかなくてはいけないというわけですね?」

「ああ、そういうことだな」

「……ちょっと待て。我々が砦を取り返したとして、それで帝国の増援は素直に引き下がるのか? 再び取り戻そうとするんじゃないか?」


 バルムとベノが砦の早期奪還の必要性を話していると、解せないと言った面持ちでギレロが問いかけてくる。その思わぬ角度からの質問に、『月喰らい傭兵団』の団長と副団長は顔を見合わせた。


「……多分、それは大丈夫だと思う」

「クロ?」


 そんな二人の代わりに、視線を宙に彷徨さまよわせながらクロがギレロに応えた。


「色々な条件が重なったからこの時期を選んだだけで、帝国だって今はそれほど余裕はないはずなんだ。苦労して砂漠を超えた後に、少数とは言え固い砦に守られた兵士を相手には戦えないと思う。すでに砦を落としていると聞いていたらなおさらね」

「それはそうだが、どうして帝国に余裕がないだなんて――ああ、そうか。今は『殲滅期せんめつき』なんだっけか?」


 クロの言わんとすることを読み取り、ギレロの代わりにバルムが大きく頷いた。そもそも帝国兵が国境から撤退をしたのは、『殲滅期』のためであったのだ。おそらくは『殲滅期』を理由に一度兵を引き揚げこちらの油断を誘ってから、少数で砦を押さえるつもりだったのだろう。

 そしてベレエム聖国としては気に食わないことに、その帝国の目論見は現時点で上手くいっていると言えた。


「ならばいっそう、奴らの援護が届く前に砦を取り戻さなくてはならんな。帝国の都市から国境までは四、五日かかる。砂漠辺りで見張りをしているノワールたちから昨日までに敵の報告はない――少なくとも二、三日の猶予はあるだろう」

「けれどそれは、逆に言えば二、三日しか猶予がないかもしれないと言うことですね。やはり、どうにか早急に砦を取り戻さなくては」

「だがどうやって?」


 そうして結局は振り出しに戻るのである。


 早期奪還が求められることは分かったが、しかし少数で砦を攻略する方法が見えてこないのだ。


「あのさ、国境の砦ってそんなに頑丈なの?」

「当たり前だろう? 建城以来、一度も落ちたことのない不落の砦だぞ?」

「へぇ。じゃあ今回は初めて落とされたんだね」

「ぐぅ……」

 

 クロの素朴の疑問に胸を張って答えたギレロは、返す刀でばっさりと斬られてしまいぐうの音しか出せなかったようだ。


「それよりも、どういう造りなのかもう少し詳しく教えてよ」

「ふむ。簡素だが見取り図ならここにある」


 ディルテードは部屋に散らばっていた紙の中から一枚を取り出すと、それを全員に見えるように置いた。

 その紙に書かれているのは国境に建てられた砦の、簡略化された見取り図だった。おそらく「無いよりはマシ」と伯爵の兵士の誰かが描いたのだろう。


「まず、砦の周囲を頑丈な城壁がぐるりと取り囲んでいるんだ。それも二つな? そのうえ外側の城壁を幅のある深い堀がこれまたぐるりと囲んでいる。こいつをどうにか埋めない限り、城壁に取り付くことすらできないな」


 見取り図を指さしながら説明するバルムに、クロは真剣な目で頷いた。


「なるほど。この外側の城門――一ノ門の扉が開くことで堀に架かる橋代わりになるってことか」

「ああ。その内側にある城壁の門はまだなんとかなりそうだが――やはり分厚い鉄でできている一ノ門を壊すのは厳しいな。一ノ門の開閉に十人近くの兵士が必要らしい……でしたよね? ディルテード伯爵」

「うむ。一ノ門は扉に繋がれた鎖を内側から巻き上げることで閉めることができる。開くときは逆に鎖を伸ばす必要があるが、重みで勝手に開こうとするからな。開くときに関しては、閉める時ほど力を必要としない」

「ふーん」


 バルムとディルテードの説明を聞き、興味深そうに頷いたクロだった、が。


「うん?」


 唐突に背後を振り向き鋭い目を向ける。しかし一瞬でその視線を切ると、再び砦の見取り図へと没頭し始めた。


「クロ、どうかしましたか?」


 そんなクロの不自然な動作を見逃すことなどできなかったようで、ベノが怪訝気な顔で首を傾げる。


「……いや。誰かに呼ばれたような気がしたけど気のせいだった」

「こんな時に紛らわしい反応をしないでください……それよりもどうです? 砦の見取り図を見たくらいで、なにか妙案が浮かびますか?」

「うーん……この城壁は少し傾斜がついてるの?」

「ええ。とはいっても上に行けば行くほど垂直になっていますし、上部は完全に垂直ですが」

「高さはどれくらい?」

「そうですね……大体私を縦に並べて四人ほどでしょうか? 無論、人間が飛び越えられる高さではないですよ」

「副団長が四人か……何とかなるか――」

「え?」


 何気なく呟かれたクロの言葉の真意を問い正す前に、クロがバルムとディルテードを交互に見た。


「ねぇ、一ノ門さえ突破できれば砦を落とせるかな?」

「なんだと?」

「……そうだな。一ノ門さえ無傷で通過できれば、あとはこっちのもんだ。たかが二百五十程度、造作もない――クロ、なにか策があるのか?」


 突然の質問に驚きの表情を浮かべるディルテードとは裏腹に、クロの言動にある程度耐性が付いたのかバルムが気負うことなく返事を返す。。

 そんなバルムに、クロも大きく頷いた。


「うん、一応。ただし、一つ注意しておく」

「なんだ?」

「オレのこれから言う作戦に、ぜったい「そんなの不可能だ」なんて言わないで欲しい。オレには勝算がちゃんとあるし、現状でベストなのはこの策しかないんだから」

「おいおい、やけに勿体ぶるじゃないか。一体どんな作戦なんだ?」

「教える前に約束だ。ぜったいさっきの言葉を言わないでくれ。団長だけじゃない。副団長も伯爵も――そこの騎士も」

「言ってみろ、小僧。つまらん策なら容赦せんぞ」


 クロに指を差されたのが気に食わなかったのか、ギレロが凄むような声を出す。だがクロはまるで気にしないかのように、素知らぬ顔で軽く首肯した。


「よし、じゃあ作戦を話すよ。とりあえず、夜が深まったら子爵の兵に見つからないようにオレが門を飛び越える。そんで一ノ門を開けるから、それに乗じて襲撃を掛けて欲しい」

「――なるほど。それなら砦を落とせそうだ――って、貴様は馬鹿かっ! そんな作戦は不可能だっ!」


 何でもないように言ってのけたクロに対し、ギレロが一度頷いてから盛大に罵声を浴びせてきた。

 周囲の者たちもさすがにクロのことを擁護できなかったのか、皆一様に呆気に取られている。


「さっき約束したじゃないか。オレの作戦に「不可能だ」って言わないって」

「ほざけっ! そのような荒唐無稽な妄言を作戦などと呼べるものか。これだから餓鬼が軍議に参加するなど言語道断なのだっ!」

「少し落ち着け、ギレロ」


 クロの抗議の声に苛立ったような声で机を叩くギレロ。そんな彼に、ディルテードが細めた目を向ける。

 しかしそんな風にギレロを注意したディルテードにしても、なにやら冷淡な目をクロの方へと向けた。


「名はクロ、と言ったか? その歳で軍議の場で意見できるのは大変素晴らしいことだ。だがやはり、ここへ来るには早かったようだな。君はもう、席を外したまえ」

「なんでかな、ディルテード伯爵? オレの作戦が気に食わない?」

「気に食わない、以前の問題だ。いいかね、クロ。まず一つ、砦の見張りをしている兵士にどうやって気付かれずに塀を超えるつもりかね? そんなことは不可能だ。さらに一ノ門を開門する? 先ほども言ったが、開門には人手がいる。君一人では不可能だ」


 ディルテードはクロが言わないで欲しいと言っていた「不可能」という言葉を意図的かあるいは無意識か、二回も使って作戦を否定する。これにはクロもうんざりしたような表情でバルムとベノの方を見た。


「団長や副団長も無理だと思う?」

「……クロ。君の身体能力の高さや夜でも不自由しない能力には一目置いています。しかしいくらなんでも塀を越え、重い一ノ門を開けるなど現実的ではありません」

「そうだな。仮にそれができるのだとしても、あまりに危険が大きい。そんなことを、入団したばかりのお前にはさせられない」

「けど、他にどんな手を打つって言うんだ? もたもたしていたら帝国から増援が送られ、こんな少数じゃ勝ち目はなくなる。この村だってすぐに制圧されて、オレたちは皆殺しだぞ? オレはそんなの御免だ」


 団の二人にまで反対され、クロは少し苛立ったような声で反発する。そんなクロに再びギレロが机を叩いた。


「いい加減にしろっ! ぬけぬけとできもしないことをほざくんじゃないっ! 貴様は黙るかここから出ていけっ!」


 その一喝に対しクロの眼が一瞬怪しく光ったが、すぐにその瞳の色は落ち着いて、クロは降参するように両手をひらひらと上げて見せた。


「わかったよ。オレはもう、余計なことは言わない。どうぞ軍議を続けてよ」

「……偉く物分かりがいいな。何を企んでいるんだ?」


 突然大人しくなったクロにバルムが訝し気な視線を向けるが、クロは無表情で腕を組んだだけだった。


「うん?」

「バルム殿。とにかく話を続けるとしよう。時間がないのは間違いない」

「……ええ」


 それから軍議は二時近く続けられたが、結局は大した案が出ることはなかった。現状は聖都に援軍を求める他なく、明日の早朝に遣いを出して再び軍議を開くことで結論が出た。


「そうだ、ディルテード伯爵」

「……なにかね?」


 軍議がお開きになり、部屋から出ようとしていたクロは振り返って残っていたディルテードへ首を傾げた。


「今、砦の方は見張っているの?」

「もちろんだ。何か動きがあればすぐに報せが入るよう、常に見張りはおいている。それがどうかしたかね?」

「いや、別に。けど、見張りがいれば砦に異常があってもすぐに解るね」

「うん? ああ……」

「へへ。じゃあありがとう」


 小さく笑みを浮かべて去って行ったクロにディルテードは言い知れぬ奇妙なものを感じた。軍議中、本当に黙り込んでいたクロが何故このタイミングでそのようなことを聞いてくるのか――とはいえ、所詮は子どもの言動だ。そこまで注意を払う必要などないだろう。


「おい、少し休む。有事の際か、半時したら起こせ」

「はい」


 何かあった時にいつでも動けるよう、ディルテードはギレロに声を掛けてわずかな仮眠を取ることにした。

 

 

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