第四十七話 混入
「なるほど……我々が留守にした一日の間にそんなことが……」
川の南にある山の麓村。そこでディルテードから経緯を聞き終えたバルムは吐き出すように呟いた。
「ステレッド領にて、我々とロヴィーム子爵が配置交換をする際、彼の兵は二百程いました。それが砦到着時に百五十しかいなかったのであれば、聖国側からの伏兵は間違いなくロヴィーム子爵の兵でしょうね」
「やはりそうか……」
バルムの言葉に、予想していたのかディルテードが重々しく頷いた。
「ああ、なるほど。彼らが川の橋を壊したにしてはほとんど遅れることなく砦に辿り着いたというのが疑問でしたが――百五十で先行し、伏兵として残る五十で壊したんですね。それなら時間のロスはありませんね」
「ちっ。あいつらそんなことまで考えて……手が込んでやがる」
思い至ったように淡々と頷いたベノに、グラッツが忌々しそうに舌打ちをした。それを見て、ヴルドがわざとらしく肩を大袈裟に竦めた。
「けどよぉ、あの砦がこんだけあっさり落ちるとはなぁ。いくら何でも酷すぎるぜ」
誰もが堅守で知られる国境の砦が、よもやここまで見事に落とされるとは思わなかったに違いない。無論、ディルテードにロヴィームの裏切りを予見しろなどと無茶は言えないが、それでもディルテード本人が言ったように司令官として然るべき責任は生じる。それはどうしようもないことだ。
「……今さら処罰を受けることに躊躇いはない。しかし、しかしだ。あ奴にいいように砦を奪われ、そのままおめおめと引き下がるつもりは私にはない。必ずや砦を奪い返し、せめてもの汚名は返上しよう」
「ええ、その意気です。して、ディルテード伯爵はどのように砦を取り戻す算段ですか?」
勇ましく言い切ったディルテードだったが、バルムにそう問いかけられると苦々しい顔をして腕組みをした。
「……情けない話だが、現時点では何も思いつかん。騎兵が百四十に、歩兵が二百程度――はっきり言ってこの戦力では砦は落とせまい」
「ええ。相手はたかが二百――いや、おそらく国境に元からいた帝国兵と合流しているでしょうから二百五十。対するこちらは伯爵の兵と俺たちの傭兵団で約四百。数の上で勝ってはいるが、相手が砦に籠っているとなると厄介だ」
「まず、どうやって城門を突破するかだな。あの強固な門扉を打ち破らない限り、まず砦は落とせないぞ」
「こちらは本来であれば攻められる側だからな。攻城兵器なんて物は用意されてないんだろう? 数で押そうにも四百程度では話にならん」
「兵糧攻めしかないのではありませんか? 砦には元々そんなに食料はないはず。周囲は砂漠地帯で食料も碌に手に入らないでしょう――」
色々な意見が飛び交い、案のある者たちが次々と発言する。そして自分の作戦を取り入れてもらおうと必死に推す中、傭兵たちの間からクロが進み出た。
「団長、一ついいか」
「――なんだ?」
「作戦の立案は上の者の役目だろう。兵士全員を集めて話し合っても仕方ないんじゃないかな。代表者を集めて軍議を開けばいい。この場で目の前で話し合われても、現場は無駄に混乱するよ」
「……ああ。それもそうか。伯爵、クロの言う通り主要な何人かで作戦会議といきましょう。船頭多くして船が山に上ってしまう」
クロのもっともな言い分に、迂闊にも全員で一から作戦を話し合うなんて間抜けな事をしていたバルムは我に返りディルテードに提案する。
ディルテードもその言葉に一つ頷くと、自身が先ほどまでいたと思われる村の右隅を顎で示した。
「あそこは村人に借りている家で一番広い。それなりにしっかりとした造りにもなっている。そこで話し合うとしよう」
「わかりました。では、月喰い傭兵団からは俺と副団長のベノが出ます」
「ああ。こちらは私とギレロが代表者だ。とにかく移動しよう――他の者は警戒を怠らず、何かあったらすぐに知らせろ。いいな?」
「はっ!」
そうして作戦を考えることとなった四人は、民家へと場所を移動した。
「って、なんでお前までついてくるんだ? クロ」
「へへ」
民家へと移動した四人だったが、呼ばれてもいない少年の姿を見つけて皆一様に呆れ顔となった。
「お前が四人だけで話せと言ったんだろう? なんだってついて来る?」
「ちょっと興味があるから参加させてよ。ほら、石ころだと思ってさ」
「いや、石ころと言われてもなぁ……」
「ふん……やれやれ。田舎傭兵は自分の部下も満足に躾けられないのか?」
諫めるバルムに笑みを浮かべて応えるクロ。それに対し、ギレロが嘲笑うかのような視線を向けてくる。
「よさんか、ギレロ……だがバルム殿。この子どもは一体何のつもりだ? 軍議を遊び場にされては困るんだが」
少し言い過ぎのきらいがあるギレロに制止を掛けたディルテードにしても、やはりクロがついてくるのは快く思えないらしい。訝しむ様な目をバルムへと向けた。
「別に遊び場だとは思っていない。ロヴィーム子爵が思いのほか策略を巡らしているから、この村に味方のふりをした子爵の手の者がいるかもしれないだろう? そう言った奴らが聞き耳を立ててもオレならすぐ気づけるから、見張りがわりになると思ってさ」
「なんだと?」
胸を張って答えたクロの開き直るような言葉に、ギレロは面食らったような顔で目をパチパチとさせる。
ディルテード伯爵に至っては冷めきった目でバルムへ物言いたげな視線を送っていた。
「あー……いや、ディルテード伯爵。この坊やは新入りなんですがなかなかの変わり種でしてね、色々と面白い奴なんですよ。まぁ、害にはならないでしょうし置いといても構わないのでは?」
「しかしだなぁ、バルム殿――」
「ディルテード伯爵。私からも彼を推薦します。なにを隠そう彼をスカウトしたのは私でして、彼が人並外れた勘を持っていることは保証します。子どもにしては目端も利きますし、我々が気付かないような点にも気づけるかもしれません」
バルムの取りなすような言葉とベノのお墨付きを受け、それでもディルテードは胡散臭そうにクロをしばし観察していた。しかしそんな場合ではないことを思い出したのか、煩わしそうに首を何度か振った後に一つ大きく頷いた。
「よかろう。このような無意味な問答をしている時間が惜しいのでな。しかしその少年が騒がしいようならすぐにでも追い出したまえよ」
「はっ! ありがとうございます」
ディルテードの了解を取り付け、バルムとベノが深々と頭を下げる。クロも小さな笑みを浮かべた後、会釈するように軽く頭を下げた。




