第四十話 秘密の取引き
ロヴィーム子爵の使用人による毒物混入騒動から一晩経った翌日の朝。大広間の隅で他の傭兵たちと雑魚寝していたクロは騒がしさに目を覚ました。
「おーい、どうかした?」
「え? あ……なんだ、新入りか。いや、どうやら見張りの奴らがポカをやらかしたらしい」
大広間を出てから通路を慌ただしく走っていた傭兵を捕まえて尋ねれば、傭兵はクロを一目見るなり怪訝そうな顔をする。しかしすぐに新たに入った仲間だと思いだしたのか、一つ頷きそんな風に答えてくれた。
「見張り? もしかして、子爵の使用人を見張らせてた人たちのこと?」
「ああ。なんでも副団長の指示通り使用人どもをまとめて閉じ込めていたんだが、朝、見張り番がその部屋を確認したら全員死んでたらしい」
「全員死んでたの? 見張り番は見てたんじゃないの?」
「いや、中に一緒にいたんじゃ情が湧いて逃がしてしまうかもしれないからな。まぁ、俺たちにそんな甘い奴はいないが「一緒の空間にいると何があるか分からない」ってんで、部屋の外で逃げ出さないように見張ってたんだと。そんで、このざまってわけだ」
傭兵は腕を組んで肩を竦めながら首を傾げて見せる。どうやらこの結果には納得がいっていないようだ。
「あいつら、まさか自決用に毒物を隠し持ってたとはな。手足縛って拘束してたってのに、見事にしてやられたぜ。口の中にでも隠してのかもな」
「……ねぇ、さっきの言い方からすると、見張りの人たちの考えじゃないんじゃない? 部屋の外で見張っていたのって」
「うん?」
「誰が言ったの? 「一緒の空間にいない方がいい」なんてことを誰が助言したのかな? もしかして、副団長?」
腕を組む傭兵に倣うようにクロが首を傾げて尋ねれば、傭兵はキョトンとした顔になる。
「そりゃあもちろん副団長さ。けどそれが結果的に裏目に出たな。へっ、あの人らしくもないが、まぁなんでも副団長の思い通りに行く方が怖いってもんさ。そうだろう?」
「うん。本当に――怖ろしいよ」
「はっはっ、まったくだぜ。それよりお前も早く準備しとけよ? ギルも元気になったことだし、おっ死んでた奴らの処理が終わったらすぐに出発するらしい。そんじゃあな」
小さく笑みを浮かべて同意したクロの背中を強めに叩いてから、親切な傭兵はやはり駆け足気味に通路を渡っていく。
クロはその様子を見送ってから一息吐くと、準備をするため大広間に戻るのだった。
それから半時後、子爵の使用人たちの話が全員に知れ渡り傭兵たちの準備が終わると、彼らは子爵の屋敷を出発することとなった。
まだまだ陽が上っている途中であるため、このペースで行けば昼頃には砦へと戻ることも可能であろう。たしかに距離があるといえばあるのだが、今までの旅を思えばそれほど苦ではない。
「副団長、ちょっといいか?」
そんな旅とも言えない移動の最中、最後尾にいたクロは前の方へとさりげなく進み、バルムの隣を歩いていたベノへと声を掛けた。
「うん? どうしました、クロ? あまり無暗に列を――」
「子爵の使用人たちのことで話があるんだけど」
勝手にクロが列を離れたことに苦言を述べようとしたベノは、その言葉を聞いて一瞬だけ目を光らせた。
「――そうですか。団長、少しクロと話をしてきますね。そう言えば、彼に伝えたいことがあるんでした」
「なんだ? 別にこの場所で話してもいいぞ」
「いえ……まぁ、個人的なお話ですから。では、しばしお時間をいただきます」
怪訝気な顔をするバルムにそれだけ言い、ベノはクロを促して団から少し距離のある場所へと移動した。
「……そのぶんだと、どうやらある程度のことは察しているようですね」
そうして二人の会話が他者に届くことがなさそうだと確認できたのか、ベノが苦笑しながらクロへと訪ねた。
「ああ。見張りを外に立たせたの――あれ、わざとでしょ?」
「クク、やはり君は勘がいい。ええ、もちろんです。「人質にする」と脅しておけば、子爵に捨て駒を任せられた彼らならばああするでしょうとも。時間を稼げず、それだけではなく子爵のお荷物になるかもしれない。もともと死ぬ気であれば――そんなことになるくらいならば死を選ぶでしょう」
「どうしてそんな風に追い込んだの? 実際に子爵への人質に使えたかもしれないのに」
探るような目で問いかけたクロに、ベノは笑みの種類を変えて首を横に振る。
「冗談はやめてください、クロ。君にだって、我々の足止めを任せられた使用人たちが人質になるはずがないなんてことは分かり切っているはずです。逆に連れて行けば、命がけで我々の邪魔をして来るでしょう。無論、屋敷に置いて行っても同じことが言えるでしょうね」
「だから先手を打って処理した……けど、本当にわからないんだよ。なんでわざわざ自殺だなんて回りくどい真似させたの? 別にその場で首を刎ねても良かったんじゃない?」
クロの無邪気な問いかけに、そこでようやくベノの笑顔が固まった。そして肩を竦めると、諦観をちらりと覗かせ首を横に振る。
「それは、無理です……まず、そんなことは団長がお許しにならない。団長が彼らを「砦に連れていく」と言ったからには、正当な手続きを踏んでから処罰を決めるつもりなのは明白。それを翻意することなど私にはできないし、独断でことを為してしまえば団長の不興を買ってしまう。しかし、同時に彼らを砦へ連れて行くことがどれだけリスクのあることなのかもわかっていました」
「……なるほど。だから追い詰めて自ら命を絶たせた。そういうこと?」
「ええ。もちろんですが、団長や他の者たちには黙っていてくださいね? 彼らは純すぎるので、私が嫌われてしまう」
口元に笑みを浮かべて釘を刺すように言ってきたベノだが、その眼は微塵も笑っていない。中々の威圧感である。
「別に、オレに何か不都合があるわけじゃないから告げ口したりしないよ。ただ、そっちもオレの秘密は黙っていてくれよ?」
しかしクロはベノの威圧に少しも臆することなく、そんな風に堂々と胸を張って言ったものだ。
「秘密? あ……ああ、あのことですか」
ベノは虚を突かれたようにキョトンとした顔になり、次いで思い至ったように頷いた。
「前も言ったように、むしろ君の秘密は私としても守り通したいところですよ。もちろん誰かに言ったりはしません」
「ふふ。そうだろうけど、やっぱり一方的に弱みを握られているのは落ち着かないからさ。これで対等だからね、副団長」
「対等って……まぁ、君がそれでいいのならいいですが……それより、お話がそれだけなら団長の元へ戻ります。君も自分の場所に行きなさい」
クロの言いように呆れた顔を露骨に見せると、ベノは背を向けてバルムのいる団の先頭へとゆっくり歩きだす。
「はーい。あ、そうだ副団長」
そんなベノへ、クロが思い出したような声を出して呼びかけた。
「はい? 今度は何ですか?」
「いや、ほら。子爵の使用人たちってさぁ――本当に自殺?」
「……ふっ――クック」
クロの唐突なその言葉に一瞬固まったベノは吹き出すように小さく笑い、そして堂々と首肯した。
「ククク、ええ。本当に、彼らは自ら命を絶ちました。それは自信をもって言えますとも」
「そう?」
「ただそうですね……仮に彼らが自ら命を絶つ選択肢を選ばなかったとしたら――あるいは君の想像通りになっていたやもしれません」
「ああ、やっぱりそうなんだ?」
今度はクロが呆れ顔となったが、それでもベノは笑みを絶やさない。
なにせ、ベノにとってそれは確定事項だったのだから。
子爵の使用人たちは砦へは連れていけない。屋敷にも置いてはおけない。なら死んでもらうより他はなかったのだ。
団長であるバルムの不興を買わない彼らの死に方は二通り――自殺してもらうか、ベノ自身の手で自殺に見せかけ内密に処理するかである。
そして今回はベノの狙い通り彼らは自らの意志で死を選んだ。たしかに、彼らの持っていた毒物を没収せずに黙認はしたが――それだけの話である。
「ふふ。やっぱり怖いね、副団長。じゃあ、オレも戻るよ」
確認したかったことは無事に聞き出せたのか、クロが最後に笑みを作って団の最後尾へと戻っていく。そんなクロの姿を、ベノも笑みをなんとも言い難い表情へ変えて見送った。
「まったく……怖いのはどちらでしょうね?」




