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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第三話 実力試験



 閑散かんさんとした広場に、二つの影が対峙していた。


 一人は大柄な男。真っ直ぐな刀身の長剣を構え、油断なく相手を見下ろしている。

 見下ろされるのは随分と小柄な影だ。未だ剣は抜いていないが、外套の中で柄を握っている事は分かる。


 互いに間合いを測るようにり足でじりじりと移動し、相手の動きに即座に対応できる形だ。

 それが既にこの状態で数分は経過している。つまり両者とも互いに隙を見せず、相手に隙を見つけられないでいるのが現状と言う事だ。


――こいつは驚いた。全く隙がねぇ。


 油断なく相手を見据えながら、グラッツは内心で驚愕していた。何なら一種のおそれさえ感じていたと言ってもいい。


 それなりにできるとは思っていた。

 すぐに傭兵団の戦力にならずとも、一定以上の力があれば足りないところは自分が補ってやればいい。まだ子供だ。多少手間ではあるが、成長して戦力になるまで自分が面倒見てもいい。そう、思っていた。


――とんでもねぇ。こいつ、この時点ですでに一端いっぱしの戦士だ。


 剣を構えて対峙し、グラッツは改めて目の前の少年の異質さを知った。体格で優に上回るこちらが、間合いと言う面では圧倒的に有利なはずだ。だと言うのに、自分の間合いに入れない。

 間合いに入れば最後、何故か相手の剣もこちらに届き得ると直感が告げているのだ。

 

 それもただの直感ではない。

 

 少数精鋭をうたい、拠点地であるベレエム聖国にて最強の一角を担う傭兵団『月喰い』の五本の指に入る傭兵の直感だ。自分の命を何度も救ってきてくれた直感なのだ。

 無視などできようはずもない。


――けど、これじゃあ試験にはなんねぇーよな。


 構えは洗練されブレることもなく、目の前の少年が何らかの剣術を会得している事は歴然。

 また体格に圧倒的な隔たりがあるこちらを前に、少しも臆さないところを見るに、度胸も満点。

 そして対峙するこちらに放たれる威圧感もなかなかのものだ。試験と解っているためか殺気は乗っていないが、それを抜きにしたって及第点と言えよう。


 ここまでは完璧。だが、実際ににらみ合っているだけではここまでしかわからない。当然、実戦で不用意に動くような真似をするグラッツではないが、今回に限っては自ら動くべきだろうと判断した。


 お互いに隙を見せるのはまだまだ先の事だろう。長引けば戻って来た仲間たちに横やりを入れられるかもしれない。

 それに、相手は試される側でこちらは試す側だ。それぐらいのきっかけを作ってやるのは筋と言うものだ。


 大体、しゃくではないか。

 

 ただ構えている十をようやく超えたばかりに見える少年に対し、大の大人が斬り掛かることもできずにいるなんて。


「――はっ!」


 覚悟を決めると短く息を吐き出した。

 そして同時に一歩踏み出す。自分の間合いに。そして同時に――おそらくは相手の間合いに。


「――シッ!」


 踏み込みに合わせて上段から振り下ろしたこちらの剣を、素早く鞘から引き抜かれた少年の剣が受け止めた。

 

「――っ?」


 手加減はしていない。自分の出せる全力で振り下ろした自信のある一撃だ。大柄であるグラッツは、見た目通り人並外れた力を誇る。剛腕揃いの傭兵団にあっても、その膂力りょりょくは抜きんでていると言っていい。そんなグラッツの剣を右手に握る細身の剣だけで正面から受け止めて、少しも力負けしていない。

 いやそれどころの話ではない。

 少年の力が緩み引き込まれたかと思った瞬間、今まで体験したことのないような力でグラッツの剣が勢いよく弾かれ、両手が頭上へとね上がる。

 

 がら空きになる胴体。そこに少年の返す剣がひらめいて――。


「おらっ!」


 少年の剣が振るわれる瞬間に、その剣の柄を握る手を狙って直蹴ちょくげりを放つ。少年はそれを素早く見切って一歩下がるだけでかわし、再び油断なく構える。


「……へっ、やるじゃねぇーか」


 一瞬の攻防を経て口かられたその言葉は、紛れもなく本心である。

 両手で振り下ろした剣を弾かれ胴が開かされたとき、思わず冷や汗をかいてしまった。経験から咄嗟とっさに足が出たが、あれがなければただでは済まなかったに違いない。


 この少年の剣は確かに、一回り以上年上であるこちらに届き得るほど見事な物だった。


「お前さんの実力は大体わかった。試験の結果も出た。これ以上続ける必要もないが……白黒つけるかい?」


 傭兵をやっているとはいえ、グラッツはそれほど争いごとに熱心ではない。今よりも若い時分は血気にはやり無茶したものだが、二十六となり傭兵団の中でも頼られる存在になってからは落ち着いてしまった。

 だからこそ、これ以上少年と疑似的な戦いを続ける必要はないのだが、逃げたと思われるのもしゃくだ。

 少年がその気であれば、決着をつけるのもやぶさかではなかった。


「……いや、いい」


 少年は少し考えるようにこちらを見上げた後、ゆっくりと構えを解きながら鞘に剣をしまう。


「驚いたな。アストーよりも力持ちに出会ったのは初めてだ」


 そして同じく剣を鞘にしまったグラッツを見ながら独り言のように呟いた。


「アストー?」

「知り合いの騎士。すごく力持ちだけど、グラッツほどじゃない」

「そいつはどうも……しかしお前さん、そんな俺の剣を弾いたよな? どうやったんだ?」

「別に。ただオレの方が、アストーやグラッツよりも力が強いだけだ」

「ほう?」


 気負いもあなどりも見せることなく、少年は決まりきった事実をただ言葉にした――そんな風情で淡々と告げる。


 その態度や先ほどこちらの一撃を弾き返した力から言って、あながち単なる虚勢や妄想ではなさそうだ。


 子供の背丈と見た目でしかないこの少年の身体の中に、いったいどれほどの力が眠っていると言うのか。このまま少年が成長した時、いったいどれ程の戦士になるのか。


 出会って間もない少年に抱くにはあまりにも大それた考えではあるが、グラッツは半ば確信にも似た想いを抱いた。


――間違いねぇ。こいつは将来、とんでもない怪物になるな。


 うかがうようにこちらを見上げてくる少年を見下ろしながら一人、「うん、うん」と頷いていると、痺れを切らしたように少年が首を傾げた。


「それで?」

「うん? それで?」

「だから、オレは合格なのか? 不合格か?」

「あ……いや、言わなきゃ分からんか?」


 少年の剣技があまりにも見事なものだったため、結果も発表せずに自分の世界に入ってしまっていた。

 大体、あれほどの力を見せつけたのだ。通常は自分でも合格だと察せられるはずではないだろうか。


「分からない。不合格なのか?」

「いや、合格だ。お前さんほどの腕を持つ人間を不合格にしたら、大抵の人間は不合格になっちまう」

「そうか、良かった」


 グラッツが改めて言葉にした途端、フードの下で少年が笑ったような気がした。当然、口元は隠れているので実際に笑ったのかは見えないが、彼を包む空気が柔らかくなった気がしたのだ。


 泰然たいぜんとしていて場馴れしているようであっても、そこはやはり少年らしかった。どうやら少なからず入団試験に緊張していたようだ。


「けれど『月喰い傭兵団』ってすごいんだな。グラッツみたいな猛者もさでも下っ端どまりなのか?」

「あん? あ、そういやそんなこと言ったけな。まぁ、実際何の役にも付いてねぇーし、御覧の通り留守番を任されるような木っ端さ。ただまぁ、団じゃそれなりに強いぜ」

「そう来なくっちゃ。いくら何でも自信なくしちゃうよ」


 一層笑みを深くした気配のある少年に、グラッツも肩の力を抜いて傍の長椅子に腰を落ち着けた。

 フード姿にはまだ慣れないが、性格的にも自分と気が合いそうだ。

 たしか名前はクロと言った。この少年が団に入った時は、自分が面倒をみようと心に決める。


「待たせましたね、グラッツ。掘り出し物がないかと欲を出して、少し遠いところまで足を伸ばしてしまいました。まぁ、結果は空振りに終わりましたが」


 そんなグラッツの前に、見慣れた顔の仲間たちが声を掛けながら戻って来た。副団長のベノに、治癒師のサム。新参で、主に炊事担当のギルデーク……いずれも『月喰い傭兵団』の中ではくせの少ない方ではある。この少年を仲間に引き入れるのに、まだ説得が容易ではありそうだ。


「……それで? そのフードの人物は何者ですか?」


 ただし、他の団員と比べれば容易と言うだけであって、ベノの胡散臭げなその目を見れば一筋縄ではいかないことなど明らかであった。


「あー……その事なんだが、ちょっと話したいことがあるんだ」


 自分が見つけた人材を、如何いかにして仲間たちに入団を認めさせるか。グラッツの試験官としての大仕事が、今まさに始まろうとしていた。

 


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