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出奔令嬢物語  作者: 津野瀬 文
第一章
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第三十八話 急転


 ヌウロの掌から生み出された小さな火は地面に落下すると、煌々(こうこう)と燃え上がる炎となって辺りを照らした。その明かりに照らされたクロは、疑問に満ちた面持ちで火を生み出した魔術師を見やる。


「これは?」

「見ての通り火じゃ。ただし、魔力を元に創られた魔力のみを燃やす特別な火じゃがな」


 ヌウロは言い様に燃え盛る炎に向かって右手を突っ込み、乱暴にかき混ぜてみせた。咄嗟のことで止めることすらできなかったクロだが、ヌウロの右手は燃えることなく、炎も消えることなく生み出された風にあおられ揺れるだけだ。


「へぇ、すごいっ!」

「ほっほ。いくらエザールとて、奴一人の力ではサファード鉱山とこの林を繋いで魔物を送り込むことなどできん。この地に膨大な魔力があるが故に可能なだけじゃ」


 ヌウロは笑みを浮かべると、再び掌から火を生み出して地面に落とす。生み出された新たな火もその場に存在する膨大な魔力を吸って、大きな炎へと変化した。


「この火はこの場所に魔力がある限り決して消えん。そしてここに蓄積されていく魔力よりもこの二つの火が消費する魔力量の方が圧倒的に上――つまり、この林に集まった魔力は近いうちに消費され尽してしまうじゃろうな」

「なるほど。じゃあこの場所からエザールが利用できる魔力がなくなるってこと?」

「うむ、その通りじゃ。火が消えればいつかまたこの地に魔力が蓄積されていくことになるじゃろうが……それもはるか先のことじゃ。少なくとも百年二百年では今のような魔力濃度にはなるまいよ」


 ヌウロのげんを信じるのであれば、一先ずエザールによる魔物の脅威は去ったと見ていいだろう。クロは安堵するように息を吐き出す。


「それは良かった。お爺さんをここに連れてきて正解だったよ」

「ほっほ。これくらいならいくらでもやってやるわい。さて、肝心の帝国の狙いじゃが……考えられるのは、『月喰い傭兵団』の足止めくらいかのう?」

「そうなんだけど……何か引っかかるんだよね。でも、もうこの場所でできることは無さそうだから、一旦屋敷に戻ろうか?」

「そうじゃのう」

「じゃあ、帰りながらお爺さんが昔なにをしていたか教えてもらえないかな?」


 燭台しょくだい蝋燭ろうそくに灯った火に照らされるヌウロを見ながらクロが言えば、彼は小さく首を横に振った。


「断る。帝国の狙いを考えるのに忙しい」

「――ケチ」

「ほっほっほ。ケチでけっこうじゃわい」


 祖父と孫ほど年の離れた二人の傭兵は、そんな風に言い合いながらものんびりと屋敷へ向かって歩き始めたのだった。




「――やっぱり妙だ」


 林から離れた屋敷へと向かって歩き始めしばらく、辺りを見渡していたクロが唐突に立ち止まって呟いた。


「ふむ? どうしたんじゃ?」

「いや、やっぱりおかしいんだよ。団長が魔物が現れる前に言っていたんだ。「魔物の出現はロヴィーム子爵の狂言の可能性がある」って」

「狂言? しかし、実際にエザールが魔物を呼び出しておったんじゃろう?」


 バルムが子爵の言動に疑惑を抱いた際、その場にいなかったヌウロが不思議そうに首を傾げた。そんな彼にクロは忙しなく周囲を見渡しおざなりに頷く。


「そうだよ。だからこそ、子爵への疑いは晴れたんだ。魔物を討伐した後、もう誰も子爵のことを疑問に思わなくなった。でもさ? 実際に魔物が現れたからこそおかしいんだよ」

「どういうことじゃ?」

「団長が言っていた通りなんだ。「魔物の死体がない」、「争った形跡がない」、「子爵の兵たちの怪我が不自然すぎる」――本当に魔物が現れて子爵の兵が戦闘をしていたなら、そんなはずがないんだ」

「ふむ……言われてみればそうじゃのう。儂らが到着する前に子爵たちが魔物と戦っておれば、どこかにその痕跡があるはず――しかし、たしかになかったのう」

「実際には、オレたちが到着するまで魔物は一度も現れていなかった。オレたちをいもしない魔物でおびき寄せ、のこのこ来たところで本当に魔物と戦わせる。それが奴らの狙いなら……そんなことが実際に可能だということは――」


 その呟きに、ヌウロははっと目を見開いてクロの方を見やる。

 暗い闇の中、蝋燭の明かりで照らし出されたクロの瞳は、爛々(らんらん)とまるで宝石のように輝いていた。


「つまり、帝国と子爵はグルだ」

「――なんとっ?」


 ヌウロは信じられないと言った面持ちでクロの方を見やり、即座にその言葉を否定するように首を横に振った。


「馬鹿な、ありえん。ロヴィーム子爵は並外れてプライドが高い男じゃと聞く。古くから仕える聖国を裏切り、帝国に寝返るような真似をするとは思えん」

「うん? オレは子爵の事をよく知らないから何とも言えないけど、プライドが高いからこそこんな真似をしでかしたんじゃないかな?」

「なに?」

「考えてみてよ。古くからこの国の貴族である自分を差し置いて、本来は余所者の団長が聖王から『亜聖爵あせいしゃく』なんて与えられて持ち上げられているんだ。ロヴィーム子爵は元々団長のことを面白く思っていなかったみたいだし、帝国にそそのかされて寝返る可能性もあるんじゃないかな?」

「……いや、じゃが……」


 クロの言葉を否定しようとヌウロは必死に頭をめぐらせているようだが、現実に起こっているのは子爵の不可解な行動だ。現状はクロの推測を否定する材料が乏しいのは明らかであった。


「とにかく戻ろう。子爵の狙いが『月喰い傭兵団』なら、魔物を無事に撃退して一件落着ってことはないはずだよ」

「……うむ、そうじゃのう」


 ペースを上げ、できる限り急いで子爵の屋敷へと戻ってきた二人が大広間で目にしたのは――。


「な、なんと……」

「――遅かったか」

 

 居並ぶ傭兵たちに囲まれ、すっかり拘束されて怯える屋敷の使用人たちの姿であった。



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