第三十話 秘密
「……副団長、知ってたのか?」
口の端を吊り上げて面白そうにこちらを見てくるベノへ、クロは硬い声で問いかけた。
「確証はありませんでしたが、その反応。やはり私の見立て通りでしたか。鎌もかけてみるものですね」
「――あーあ、バレちゃったか」
「仕草や戦い方は娘とは思えないものがありました。しかし、さすがに数日を共にしていれば気付きます。まぁ、ガサツなグラッツたちは君が男だと信じ込んでいるようですがね」
ここにいない鈍い傭兵たちを揶揄うように笑みを深くするベノとは対照的に、クロの表情は一層険しくなった。
「それで? 副団長はどうするんだ?」
「うん?」
「見たところ『月喰い傭兵団』に女はいなかった。つまり、団は女人禁制なんじゃないのか?」
観念するように尋ねたクロに、ベノは顎に手を当て視線を宙に向けた。そして考えるように間を置いてから、クロの方へと視線を戻す。
「特に意識したことはありませんが、そうですね。やはり男が多い組織ですから、女性の入団は難しいかと。どれだけ規律で縛ったところで傭兵は傭兵。根は荒くれ者が多いですからなにが起きてもおかしくはありません。狼の群れに、子羊を一頭投げ込むようなものです」
「じゃあ、オレはクビか?」
「……本来であれば他ならぬ君のために退団処分にすべきでしょうが――私は自分の身の安全のためにこそ、君への処分は保留にしておきましょう」
「……」
やはり口元に笑みを浮かべる副団長の眼はしかし、一切の油断を含まずにクロへと向けられていた。
「グラッツは、団でもずば抜けて他者の戦闘力を測るのに長けています。そのグラッツの見立てでは、どうやら君は私よりも強いらしい。つまり君を力ずくで追い出すのは無理なようだ。君の性別を団長に告げ口するにしても報復が怖い」
「……オレが副団長を手にかけるとでも?」
「おや、その気ではないのですか? 私が君を「クビにする」と言った瞬間、斬りかかられるものだと思いましたが。周囲に人はいませんし、私は『月喰い傭兵団』の副団長。誰に狙われていてもおかしくはありませんから」
「……そんな風にばかり考えていて疲れないか? 副団長。オレはあんたに危害を加えるつもりはないよ。あんたは――あんたたちはオレをこの国まで連れてきてくれた。それだけで感謝しているんだ」
クロはベノから顔を背けると、視線を地面へと落とす。
「副団長が「団から去れ」って言うなら従うさ。別に傭兵だけが生き方じゃないからな」
「……そうですか、それは意外です。けれど『月喰い』から離れたところで、きっと君は戦う道を選ぶのでしょうね。そうしていずれ、私たちと戦うことになるかもしれない――そんなのはごめんですね」
ベノは自分自身の言葉にうんざりするように首を振り、乾いた布で手早く身体を拭いて傍に広げていた服を着始める。
「君が男にしろ女にしろ、一端の戦士なのは間違いありません。戦力として申し分ない。なによりすぐにクビにしてしまうのは、ここまで連れてきた私どころか入団を許可した団長の面目まで潰してしまいます」
「じゃあ――」
「私が君に命令する内容は「団を去れ」ではなく、「できうる限り女であることを悟られるな」ですね。傭兵たちの士気にも影響しますし、なによりも君自身のためです」
「――っ! ありがとう、副団長っ!」
喜びを表すようにベノへと抱き着いてきたクロに、さしもの副団長も苦笑いを浮かべる。
「ちょっと、クロ。離してください。まだ、完全に服を着ていないんです。あ、これは駄目だ。ギルが振りほどけなかったのもわかるくらい、君は力が強いですね……」
「いやぁ、副団長が話の分かる人で助かったよ。本当にありがとう」
「いえいえ。ただし、君の存在が団に悪影響を与えると判断すれば容赦なく粛清させていただきます。そのことは気に留めておいてください」
解放されたベノが一応釘を刺してから着衣を再開すると、反対に目の前でクロが纏っていた外套を脱ぎ捨てた。
そして腰元に差していた剣と狩猟用ナイフを取り外し、外套の中に着ていた服まで脱ぎ始める。
その様子をぼんやりと眺めていたベノは、ふと我に返っていささか慌てたように声を掛けた。
「え? あ、クロ? 君は一体何をしているんですか?」
「なにって……これから水浴びをするんだよ」
「いや、まだ私がいるんですが」
「副団長にはもうバレちゃったし別にいいじゃないか。副団長はオレみたいな小娘の裸なんて何とも思わないんだろう?」
言いながらさっと上着を脱ぎ捨ててしまうクロ。ベノは素早く後ろを向いた。
「いや、欲情はしないと言いましたが、何とも思わないわけでは――まぁ、いいです。私はもう行くので、どうぞごゆっくり」
「うん、ありがとう」
できるだけクロの方を見ないように二振りの剣を拾うと、ベノは元来た道を引き返す。そして背後から聞こえた水音に、どうやらクロが川の中に飛び込んだことを悟った。
「川の中央は深くなっているから気を付けて――まぁ、あの娘なら問題ないか」
振り向き注意を促そうとしたベノだったが、水面から顔を出す楽しそうなクロに肩を竦め、構わず立ち去ることにした。
「やれやれ……団長には報告しておくべきでしょうか?」
報告したとして、この秘密を知ればバルムは絶対に面白がるだろう。そうして余計な真似をしでかしかねない。本音を言えばこれ以上の面倒ごとはごめんである。
「――やはり、今しばらくは黙っていましょう」
ベノは背後から聞こえる少女の泳ぎ回るような音を気にしつつも、そう心に決めるのであった。




