第二話 クロと言う名の少年
フードを取り払った素顔は見事な美貌――そうとしか言えなかった。
夕日に照らされ斜陽を反射する奇麗な銀髪と、それに誂えたかのような調和のとれた青く澄んだ瞳。名前とは対照的な白くキメの細かい肌に、狙って作られたかのような整えられた顔の造形。
一種人間離れしたようなその顔立ちに、普段であれば美醜に頓着しないはずのグラッツにしても呆けてしまった。現時点でこれなのだ。将来どうなってしまうのか……他人事ながら勝手に不安視してしまう。
「もういいか?」
「え? あ……ああ」
辺りを見渡した後、クロは素早くフードを被り直した。本来ならばフードを被ったままの面接などもってのほかだが、そんなことを言う余裕もなかった。それにあの美貌だ。きっと今まで苦労してきたのだろう。
グラッツは自分自身をそう納得させ、特例としてクロがフードを被ったまま面接を受けるのを内心で許可した。元々道理に縛られるような人間でもない。
「なぁ坊主。どうしてこの傭兵団に入ろうと思ったんだ? ベレエム聖国じゃあ割と名を売っているが、この国には『月喰い傭兵団』を知る奴はあんまりいねぇーだろう。坊主は知ってたか?」
クロを「坊主」と呼んでしまってから、グラッツは性別を確認するのを忘れていたことに気付いた。だが、クロと言う名に肩まで届かない短い髪。おまけに「オレ」と言う一人称や傭兵になりたいと言うその性根。まず、少年で間違いないだろう。
そもそも、少女であれば「坊主」と呼ばれた時点で否定するはずだ。
そう考え、確認するほどの事でもないと思い留まった。
「悪いけど、『月喰い傭兵団』の名前は聞いたことない。ただ、このチラシに「直ぐに旅立てる者を求む」って書いてあったから……この街を直ぐに発つの?」
「ああ、明日には発つぜ。なんだ、お前さん。この街を出たいのか?」
「出たい。できるなら今日中にでも」
何気なく聞いた言葉に、並々ならぬ決意を込めた言葉が返ってきた。フードから覗く目を見れば分かる。目の前の少年は、本気でこの街を出たいと思っているのだ。そしてその理由は、おそらく聞いたところで教えてはくれまい。
「……参ったねぇ、こりゃ」
こういう目をした子供は厄介だ。自分の少年時代を思い出してしまう。つい重ねてしまって、何かしてやりたくなるのだ。面接官としてあるまじき行為だと思いつつも、つい肩入れしたくなってしまう。
何とか冷静を保ちつつ、面接官の仕事に集中する
「傭兵団は厳しい。なんせ命のやりとりが日常だ。この街を出るのが目的なら、他にも道はあると思うぜ?」
「他の道?」
グラッツの何気ない一言に、目の前の少年は一瞬固まったようだった。
そして少しだけ、その視線に鋭さが増したように見える。
「わ――オレに他の道なんてない。オレには剣しかないんだ。戦いしかないんだ。他の道があったとしてもそんなものは捨ててやる。オレは捨ててここに来たんだ」
まるでグラッツにではなく己に言い聞かせるようなそんな言葉。しかしその絞り出された声には、百戦錬磨のグラッツをも気圧されるような迫力が伴っていた。とてもではないが並みの少年が出せるものではない。
――面白い。
グラッツは心の奥底からそう思った。
怖ろしいほどの美貌と、そして強い意志と確かな戦士の風格をあわせ持っている。
素性やその心の奥底は杳として知れない。だが構わなかった。
この少年なら、『月喰い傭兵団』に欲しい――そう思った。
だから面接は合格だ。そう、面接は。
「……お前さんの気持ちは分かった。別に街が出るのが目的で傭兵団に入るのは構わねぇさ。けどよ、自慢じゃねぇが『月喰い傭兵団』は精鋭揃いで知られている。坊主がうちの団に入るに足るかどうか試させてもらうぜ」
家柄やコネが重視される騎士団と違い、傭兵は実力が第一だ。傭兵の世界では、素性よりも実力が大事だ。素性よりも実力を知ることが入団試験の本分なのだ。
「さて、実力テストと行こうか」
グラッツは剣を手に取りゆっくりと立ち上がった。