第二十六話 傭兵団の動機
山賊が拠点にしていた洞窟付近で一晩過ごした傭兵たちは、翌日の朝に旅支度を整え予定通り出立となった。
団長であるバルムが選別した五人が、無駄な抵抗をせず捕虜となっていた山賊たちをベルフィリス家領へと連行することも決まっている。残りの傭兵たちは一足先にベレエム聖国とガルザー帝国との国境まで引き返すのだ。
ちなみにクロとここまで道中一緒だったグラッツやギルデーク、サムやベノは連行役には選ばれなかった。つい先日までベルフィリス家領にいたと言うことで配慮されたらしい。
「よし。じゃあ頼んだぞ、お前たち」
バルムが自分の選んだ五人を激励すると、傭兵たちは思い思いの表情で頷いた。
「任せてください、団長。きっとベルフィリス伯爵に引き渡してみせますよ」
「ああ、その意気だ。もう一度言っておくが、ちゃんと麓の村に寄って村長から事の経緯を記した書状をもらうんだぞ? できれば事情を話してくれる村人も同行してもらえればありがたいんだが」
「ええ、分かってますよ。無理強いはしねぇが、頼んでみます」
いきなり武装した傭兵たちがベルフィリス伯爵の元へと訪ねたところで、追い返されるのが関の山である。
そのため、あらかじめ山の麓村で村長から身分を証明してもらえるような書状を書いて貰った方が都合がいいのだ。もちろん、実際に事情を説明してくれる村人が付いてきてくれるのであればなおいいだろう。
「まぁ、どのみち確認のためにベルフィリス伯爵は村に遣いを寄越すか、領主代行に経緯を聞くんだろうが――それもある程度の信憑性がなければお話にもならんよなぁ。というわけで、どうにか信じてもらうんだ」
「はい……ではご無事で」
「ああ」
連行役の五人とバルム率いる傭兵団は別れ、クロたちは大所帯での移動を開始した。
だが、大所帯とは言えその規模は精々一個小隊程度。『月喰らい傭兵団』はもともとの総数が少ないため、主力の揃った状態であっても二、三十名ほどにしかならないのである。
「ねぇ、『月喰い傭兵団』の総数ってどのくらいなんだ?」
国境への道すがら、グラッツの隣に歩いていたクロが今さらのように尋ねてくる。
「そういや話しちゃいなかったか。まぁ、いっても五十程度だな。うちは傭兵団にしては欠員もそんなに出ないし、定期的に今回のような募集をしているからなかなか減らない。ただ、それなりの実力がなければ入団できないから頭数も増えないがな」
つまり少数精鋭であるために人員は減らないが、少数精鋭であるが故に増えることもままないのである。
「ふーん。五十か……じゃあ、たった五十人で帝国兵を追い返したってことか?」
「いやいや、そんなわけがないだろう。国境に駐在してるベレエム聖国の兵も五百はいるし、頑強な砦もある。それに、帝国兵って言ってもそんな大規模なものじゃない。帝国の主要都市や町からは国境が遠すぎて、大規模侵攻なんてよほどの覚悟がなければ無理だ。帝国側の国境地帯には作物のとれない不毛な土地が広がっているだけだからな」
「なるほど。帝国としても大人数でベレエム聖国を侵攻するには、物資の供給が難しいのか。だから少数での小競り合いで落ち着いてるんだ?」
「ああ。まぁ、そうでもなければ今頃帝国の本格的な侵攻を受けてベレエム聖国は侵略されちまってるだろうよ。まったく、今になってどうして帝国は聖国に手を出して来たんだか。奴らだって、小競り合い程度にしかならないと分かっているだろうに」
腕組をしながら首を傾げるグラッツに、クロも真似するかのように腕組をして首を傾げた。
「うーん、何か他の狙いがあるとか?」
「他の狙い? なんだそりゃ?」
「いや、国境に目を向けさせておいて他の場所から攻める――みたいな?」
「それは難しいだろう。陸地で帝国が聖国に面しているのは砂漠地帯の国境だけだ。帝国だって海からこちらを攻められるような造船技術はないだろうし、あったらすでに実行しているだろう」
「……そう、だね」
グラッツの冷静な言葉に、クロも眉を顰めながら頷いた。そんなクロを擁護するようにグラッツは続ける。
「帝国に何か別の狙いがあるってのは間違いではないかもな。なにせ、帝国は勝てる戦しかしないことで有名だ。表向きとは言えそれなりに友好関係を築いていたベレエム聖国を今頃になって攻撃してきたのには、なにか意図があってのことだろう」
「帝国との小競り合いはいつから始まったの?」
「半年ほど前からだな。その以前からベレエム聖国にちょっかいは出していたが、適当な理由をつけた散発的なものだった。だが今回は随分と長期化しているな」
ベレエム聖国の国境に位置する町にはもともと砦が造られ、数百人規模の兵士が帝国の侵攻を監視している。そして半年前のある日、突如攻め入ってきた帝国の兵士たちを何とか追い返し、現状も迎撃する日々が続いているのだ。
基本的にベレエム聖国を拠点に活動する『月喰い傭兵団』も、帝国が攻めてきたのを知り志願して国境の町へとやってきた。それが団長であるバルムの意志であったからだ。
「俺たちは本来、各国で帝国相手に戦ってきてたんだが、二年前からベレエム聖国に支援してもらってほとんどこの国が拠点みたいなものになったんだ」
「二年前からか……それ以前も帝国と戦っていたの? もしかして……『月喰い傭兵団』って帝国と戦うためにつくられた組織なんじゃないか?」
グラッツの言葉に、クロは団の先頭で傭兵の一人が背中に差している団旗をみやる。
そこに描かれた、満月を両側から齧りついたような紋様――それは月の神を信仰し、月を国章に描いている帝国への挑戦とも考えられるのだ。
「……ああ、十中八九そうだろう。旗の意味は団長と副団長しか知らないし、俺たちには教えてくれないが……多分間違いはないだろうぜ」
「あれ? グラッツは団の結成時にはいなかったの?」
「五年前の傭兵団設立時には団長と副団長しかいなかったはずだぜ。あの二人に誘われて、もともと傭兵だった俺とヴルドが最初に加入した。その時から団長たちは「主に帝国を相手に戦う」って宣言してたな。なにか因縁があるんだろう」
当時を振り返りながらグラッツが言えば、この奇妙な新入りは不思議そうな顔をする。
「グラッツたちは「帝国相手に戦う」って言われても怯まなかったの? 小さな組織が帝国に歯向かうなんて、それこそ大きな魔物に小動物が挑むようなものでしょう?」
「まぁ初めは冗談だろう? って思ったさ。けどなぁ、俺はもともと腕っ節には自信があったし、そんな俺の鼻っ柱を圧し折るぐらい団長も副団長も強かった。ヴルドの奴も俺くらいには強い……そんな俺たちなら、やってやれないこともないか――そんな風に思えたのさ」
「……それ、ちょっと無謀過ぎない?」
クロの呆れ顔に、グラッツは声を上げて笑う。
「あっはっはっはっ! 今思えばな? だが当時はまだ若くて、圧倒的な力の差を持つ相手に挑むのも悪くはないと思えたのさ。それに当時から帝国の横暴は深刻だった。少しでも目に物を見せてやりたいと思ったのかもな」
「ふーん。でも、案外それって成功しているのかもね」
「うん?」
「だって帝国は、わざわざ賊を雇ってグラッツたちを襲撃させるために待ち伏せにしたんだ。それって『月喰い傭兵団』を厄介に思っている証拠だと思うよ」
「……ああ。おっかないが――そう思わせられていればいいな」
そんな素直なクロの言葉に、グラッツは場違いにもしみじみと頷いたのである。




